第48話 こいつが俺達と一緒にC級昇格試験を受ける、3人目のD級冒険者です

 冒険者ギルドのロビー。


 午後一番の喧騒の中、俺はベンチで虚空を見つめていた。



「……マサキ、大丈夫?」



 隣で、シズクが心配そうに覗き込んでくる。



「ああ、大丈夫だ」



 俺は遠い目をして答えた。



 あの日の出来事――


 スフィンクス討伐、メディナとの和解、そして帰還。



 俺たちは、転移門のログと魔石の残骸を持ち帰り、潔白を証明した。


 ライセンスの絶縁体コーティングについては、メディナの操るスライムの粘液がうっかり付着してしまったことによる事故として処理された。



 その結果。



「ようマサキ! 聞いたぞ!」


 顔馴染みの先輩冒険者が、ニコニコしながら寄ってきた。



「お前、あの"スライムマスター"メディナと組んでたんだってな!」


「ええ、まあ……」


「すげえなあ! あの幻のスキル持ちを見つけてくるなんて!」



 先輩が、俺の肩をバシバシ叩く。

 そう、これまで門外不出だったメディナの"スライム支配マスター"の能力が公表される結果になってしまった。



「カッカッカ!相変わらず慕われてんなあ!若い衆に!

 これもおめえさんの人徳ってやつか!?」


「はは……そうすかね」


「運も実力のうちって言うけど、お前のツキはS級並かもな!

 ガハハ!優秀な後輩の足引っ張んじゃねえぞ!」


「……はい、ありがとうございます」



 先輩が去っていくと、入れ違いに別の冒険者が声をかけてくる。



「マサキ君、よかったねえ」



 今度は、食堂のおばちゃんだ。



「あんたみたいないい子が、ようやく報われて嬉しいよ」


「あ、どうも……」


「天才治癒士ちゃんに、スライム使いちゃんかい?

 あんたは本当に、『あげまん』だねえ!」


「……男なんで、あげちんですかね」


「ははは! 謙遜しないの!

 これからはその子たちに楽させてもらいな!」



 おばちゃんは飴ちゃんをくれた。



 どいつもこいつもなぁ――。



 俺は、飴ちゃんを口に放り込んだ。

 甘いのに、しょっぱい味がした。



「……マサキ」



 シズクが、俺の袖を引く。



「……気にしない」


「わかってるっつうの」



 俺は泣きそうになった。



「マサキさーん」



 ギルドの職員が、声をかけてきた。



「午後のC級昇格試験の件ですが……エントリーシートの3人目が空欄のままですよ?

 ええと、3人同時に受験するということなんですよね?」


「ああ、すみません」



 俺は答えた。


 そう。今日は大事な大事なC級昇格試験の当日。

 午後一番の受験ってんで、昼前からギルドの受付でシズクと2人で待機しているのだ。



「3人目なら、そろそろ来ますから」


「いや、そろそろって……」



 職員が困惑顔で時計を見る。



「試験開始まで、あと5分しかありませんよ?

 このまま空欄ですと、お二人も今回は受験できなくなりますからね。

 開始時間までに一緒に受験するD級冒険者の方を指定していただかないと……」


「お待たせしました、先輩!」



 その声を遮るように。


 ギルドの扉が、バーン! と開かれた。



 逆光の中、颯爽と現れた小柄な人影。


 こいつが現れたのは――D級昇格試験からの帰還門だった。



「おい、あれメディナだぞ!」



 ロビーがざわめく。



「噂のスライムマスター、メディナじゃねえか!」


「あの子、もうD級に上がったのか!」


「まだ2年目だろ!? 早すぎる!」


「"光の勇者"、アラン・ムサシノはデビューから何年で昇格した?月数的にはメディナの記録が上か!?」


「マジかよ!もう新しいスターの登場かよ!」



 どよめきが広がる中、メディナはカツカツと足音を立てて俺たちの前まで歩いてくると、ビシッと敬礼した。



「只今戻りました!

 D級昇格試験、完了です!」


「おせーよメディナ。ギリギリだぞ」



 俺はニカっと笑った。



「へへっ、そう言わないでくださいよ!

 これでも全速力だったんスよ?」



 メディナが得意げに鼻を鳴らす。


 その顔には、昨夜までの陰鬱な影は微塵もない。


「職員さん、お待たせしました。

 こいつが俺達と一緒にC級昇格試験を受ける、3人目のD級冒険者です」


「え、えええええ~~~~!!?」



 職員が、素っ頓狂な声を上げた。



「メ、メディナさんと組むんですか!?

 しかも、昇格したての彼女と、そのまますぐにC級試験へ!?」


「ええ、そうですけど」



 俺は首を傾げた。



「制度上は可能ですよね?

 D級資格はライセンスの発行前から有効だし、こいつは10階層到達の実績も報告済だ。

 何か問題でも?」


「問題というか……!」



 職員が絶句する。


 周囲の冒険者たちも、感嘆の声を上げた。



「すげえ……あの子、そのままC級受ける気かよ!」


「無謀すぎるだろ……。そんな奴いるのか?」


「ルール的にアリなのかよ。前例はあるのか?」


「確か200年前のS級冒険者が同じことやってるハズだぜ……。彼女の場合は冒険者デビューの当日にC級まで上がっているが……」


「当時はまた制度が違うだろ……」



 みんな、動揺してるな。

 まあそりゃそうなるか。



「じゃあ、行きますか」



 俺は立ち上がり、刀を肩に担いだ。



「さあて、ちょいと合格してきますかね」



 *



 C級昇格試験。

 多くの迷宮都市外からの入居者がタチカワの永住戸籍を夢見て挑む難関試験だが。


 ハッキリ言って今の俺達の敵ではなかった。



「よし、これで5部屋目のボスも倒したな」


「……普通ならこれで合格。でも私たちにはもう一つ、やることがある」


「えーと、これがエクストラボスの部屋への鍵ッスか?期間限定ミッションってやっぱり報酬が美味しいんスかね」



【期間限定ミッション】

 ・エクストラボスを倒そう!



 荘厳な教会を思わせる部屋で、パイプオルガンを奏でながら俺達を迎えたのは、C級ダンジョンの深層『血殺の試練』やB級ダンジョンでの出現を報告されている吸血鬼ヴァンパイアだった。


 悪魔のような敏捷性。

 オーガ以上の腕力。

 強烈極まる攻撃魔術に、恐慌状態を誘う精神波マインド・ブラスト

 噛まれた者を狂戦士化バーサークする吸血攻撃、霧への変身、低位種レッサー・ヴァンパイアの召喚などの厄介かつ多彩な攻撃手段を持つ、紛れもなく強敵ではあったのだが。



「んー、スフィンクスのほうが強かったか?

 まあミナの店で状態異常系の装飾具アクセサリーを買いまくったおかげでもあるが。スポンサー契約を昇格前に結んでもらえて助かったよなぁ」


「……ツキもあった。まさか、新調した銀製の矢がピンポイントで効くボスが出てくるとは。

 ただ、メディナのスライムが問答無用で口を塞いで魔術を使わせなかったのはやりすぎだと思う」


蜃気楼の衣ミラージュ・クロスもリンちゃんの防御もドンピシャに有効でしたね。肉弾戦になるとあんなに単調な攻め方をして来るとは以外だったッス」



 そんなこんなで俺達のスキルレベルがまた上昇する。

 シズクとメディナが帰還門に向かう中、俺はミッション・コンソールを一人眺めていた。


【期間限定ミッション】

 ・斥候職をパーティに加入しよう! (達成済)

 ・パーティメンバー全員と同居しよう! (達成済)



「……ふふっ」


「おーい、マサキ先輩ー!

 置いてっちゃうっスよー!?」


「ああ、ごめんごめん。すぐ行くって!」



 俺は仲間たちの元へ、走り出す。



 *



 翌日。



 俺たちの快挙は、王都中を駆け巡った。



 『一日で、E級からC級。異例の2階級特進』


「これじゃ死んだみたいじゃないッスか……」



 新聞記事を眺めながら、メディナが愚痴をこぼす。

 俺も横から新聞を覗き込む。



 まずは一面トップ。

 デカデカと掲載された見出しに、俺はコーヒーを吹き出しそうになった。



 『光の勇者アランを超えた!?

 奇跡のスライム使い! 鮮烈のデビュー!』


 

 神秘的なローブ(蜃気楼の衣ミラージュ・クロス)に見を包み、儚げな雰囲気でポーズを決めるメディナのグラビアがデカデカと紙面を飾っていた。



『デビュー2年目にしてD級昇格、同日にそのままC級へ。驚異の2階級特進!』


『彼女の操るスライムは、攻撃・防御・索敵を完璧にこなす万能兵器』


『この逸材は、なぜ今まで埋もれていたのか!?』



「そりゃあ、騒ぎにもなるよなあ」



 2面には、少し小さいが、やはり写真付きの記事。



 『可憐なる回復術師ヒーラー・シズク、デビュー4年でのC級昇格!』



 シズクの祈るような可憐な写真が、これまたデカく掲載されている。

 記事には、絶賛の嵐。



『待望の大型回復術師ヒーラー、C級到達!』


『その治癒能力は女神の再来!』


『彼女こそが次代の希望だ!』



「……まあ、シズクも凄いからな」


 俺は納得して、視線をずらす。



 そして、記事の端っこ。

 広告欄のようなスペースに、もう一つの記事があった。



 『彼女らを支える同居人、武具商ミナの内助の功!』



 ミナの写真はないが、彼女の店の宣伝まで載っている。



『天才たちを支える、縁の下の力持ち』


『勝利の鍵は、彼女のメンテナンスにあり!』



「…………早速うまく宣伝に使ってくれたな。スポンサー様に喜んでいただけて俺も嬉しいよ」



 俺は、新聞をめくった。

 裏返した。

 また戻した。



「……ない」



 俺の記事が、ない。


 いや、よく見るとあった。

 シズクの記事の、最後の行。



 『※なお、パーティーメンバーのマサキ氏(7年目)も同時に昇格した』



 (7年目)。

 その括弧書きに、記者の悪意を感じる。

 しかも「※」だ。

 注釈だ。



「……おはよー、マサキ」



 ミナが、あくびをしながら起きてきた。

 シズクとメディナも一緒だ。



「あ、新聞! 見た見た!?」



 ミナが興奮気味に駆け寄ってくる。



「私の店の宣伝、バッチリ載ってたわよ!

 おかげで朝から注文の電話が鳴り止まないの!」


「よかったな」



 俺は死んだ魚のような目で答えた。



「私も見ました!」



 メディナが嬉しそうに言う。



「『若き天才』ですって! えへへ、照れますね……!」



「……ん」



 シズクも、満更でもなさそうだ。



「みんな、大人気だな」



 俺は、新聞を畳んだ。



「あれ? マサキの記事は?」



 ミナが首を傾げる。



「……ここだ」


 俺は、指差した。

 一行だけの、注釈。



「……ぷっ」


 ミナが吹き出した。



「あはははは! 何これ! 『なお』って!

 ついで扱いじゃない!」


「笑うなよ」



 俺はため息をついた。



「マサキ先輩……」



 メディナが同情的な目で見てくる。

 その目が一番痛い。



「で、でもっ! 事実は違うッスから!」


「まあいいじゃない。マサキにはこのくらいがお似合いよ」


「やかましいわ」



 俺は、頭を抱えた。


 7年目でC級昇格。

 まあ、普通にしっかり冒険者をやっている人。

 チート2人に引っ張ってももらってなんとか人並みのレールに戻してもらった人。


 それが、世間の俺への評価だった。

 いやまあ、ちょっと前のことを思えばこれも相当の大出世なんだけどね?



「……マサキ」



 シズクが、俺の隣に座った。



「気にしない」


「シズク……」


「マサキは、私たちのリーダー」


「そうッスよ!」



 メディナも力説する。



「先輩がいなかったら、私たちは勝てませんでした!

 この記事を書いた人、何も分かってません!」


「……そうか」



 二人の言葉が、じんわりと胸に染みる。



 そうだ。

 世間がどう思おうと、関係ない。



 俺たちは、C級になった。

 7年越しの悲願を達成した。


 そして何より――

 俺には、こんなに良い仲間がいる。



「……ま、いいか」



 俺は、立ち上がった。



「メシにしようぜ。

 今日の当番はミナか。鶏むね肉の調理はできてるかな?」


「もちろんよ!

 山盛りで用意してるから、みんな思う存分食べなさい!」


「ありがとうな。それじゃみんな、まずはメシ、その後はトレーニングと瞑想と……」



 冒険者はC級に昇格して初めて人間になれる、なんて言葉がある。

 俺やミナはともかく、シズクやメディナはこれで名実ともに迷宮都市タチカワの市民として認められた。

 つい先日みたいに、急に住所不定無職の身に落ちぶれるってこともまあないだろう。



 でも、何が変わるわけでもない。


 これまでと同じく、しっかり食ってしっかり鍛えてしっかり戦って。

 そして夜にはしっかり眠る。



 ミッション・コンソールの導きに従い、淡々と自分を強化する日々が続いていくだけだ。

 

 C級冒険者になったことで、世間の目は変わるかもしれない。

 求められる役割や、付き合う人間も変わっていくのかもしれない。


 それでも、俺達のやることは、S級冒険者を目指してただ突き進んでいくだけだ。



 でも、今ぐらいは。今日ぐらいは。

 この温かい仲間たちと、ゆっくりと喜びを分かち合おうと思った。

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モブ底辺と呼ばれた最弱冒険者、「やり直し」の試練で爆速成長中 〜俺だけのデイリーミッションボーナスで256倍速で最強へと駆け上がれ〜 ジュテーム小村 @jetaime-komura

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