第20話
「片道用?」
「はずれても、戻ってくることはない。そういう機体だ」
「なんでそんなものを」
「そういう戦争もあったということだ」
「あった?」
このような技術力の高いものが戦争に使用されていれば、被害も相当なものだっただろう。しかしそのような痕跡は見られないし、何よりそのようなこと自体が見えなかった。僕は多くのことを見逃しはしたが、それでも全体的なことに対しては俯瞰できる立場にあったのだ。飛行機が飛び交う戦争の時代を見逃すなどということがあっただろうか。
「私もよくわからない。だれも、見たことはないし、使ったこともない」
雨雲はどんどん近付いてきている。チャンスは一回しかなさそうだ。そして、フューレンすらこの機体による実戦は初めて。期待値は高くないが、しかし、やるしかないのだ。
「いいですか、予想外の時にどうするかを、予想しておいてください」
「どういうことだ、イェ」
「計算できない要因が多すぎます。ただ、計算できない範囲については計算できています。絶対に、その場の判断が必要になる。攻撃を仕掛けたら、瞬時に状況を判断し、目的のために判断するんです」
「……わかった」
懸念材料は山ほどあるが、わからないことはわからないと断定するしかない。
「速度はどれぐらい出るんですか」
「そこそこ速い、はずだ」
「敵に装甲を破る武器は」
「それはわからないが、火器で撃ち込まれると思う」
「ならば、雨ですね」
雨雲がいよいよ近づいてきた。フューレンに眼で合図をする。これは赤外線も必要としない、便利な機能だ。
雨粒が落ち始める。もう少しだ。
風が機体を揺らし始める。
「今です」
機体の後ろの方から、ファンの回転する音が聞こえてくる。何かが温まっていき、そして凝縮していく。
「頭を低くして」
それまで黙っていたヴェルタが、言うや僕の頭を押さえつけた。おかげでその兵器がどんなものか、この目で見ることはできなかった。しかし、センサーのおかげで感じることはできた。熱量をもった「何か」が、何本にもわかれて螺旋を描きながら放出されていった。現実世界の歴史の中には、この種の兵器に関するデータは存在しない。
「なんというエネルギーっ」
風雨のせいだけでなく、大きく機体が揺れ続ける。それでもこのチャンスを逃すまいと、フューレンは機体を発進させる。ゆっくりと頭をあげ外を見ると、地面が大きくえぐられ、黒焦げの死体が転がっていた。しかし、被害は全体には及んでおらず、むらがあった。
「フューレン、モリタートを!」
「わかっている」
それは、目的地なのだろう。だが、機体は安定を欠き、がたがたと揺れ、まっすぐ飛ぶことができていない。そして、近くでいくつかの破裂音が轟いた。生き残った敵が、炸裂弾を投げてきた。この雨の中でも使えるというのはたいしたものだが、感心している場合ではない。
「迂回する。風の向きが悪い」
「風は巻いています、気をつけて」
予想より風が強い。データに異常は見られないが、意図的な力が加わっているような気がする。僕らへの向かい風なのか、敵への暴風なのか。
《ブースターを使え、と伝えてくれ》
突然、ハードディスク本体に呼びかけてくる声が聞こえた。これは……
《早く》
「フューレン、ブースターを」
「えっ」
「ブースター。ないですか?」
「どれが……」
《左下方だ》
「左下方です」
「これか、イェ」
「おい、なんでそんなもの知ってるんだ、イェ」
「教えてもらったんです」
それは、リードの声だった。どういうわけか、この状況下で僕にだけは語りかけることができるらしい。
ブースターの発動により、機体の速度はぐんと増し、揺れ方もぐんと大きくなった。風雨の強さに対して対抗はできているが、ハンドルはより難しくなった。左右だけでなく、上下の動きも激しくなってきた。
《左35度。風が通りにくい道がある》
「左35度」
加速したままの機体が、滑走路を見つけたかのようにまっすぐと進んでいった。リードには何が見えているのか。もはや確信できるのは、彼は根本的に人間とは違う存在だ、ということだった。彼は光を嫌い、そして確固たる実体を持たない(もしくは、とてつもなく小さい)。
《ブースターを切れ》
「ブースターを切って」
《高度を上げて。風を抜けろ》
「高度を上げてください。風を抜けられます」
機内には、僕の声だけが響いていた。そして、飛行機は高く舞い上がっていった。
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