第一節 不穏な依頼 4
「フィル君。ちょうどいいところに」
私は依頼の顔合わせを終えた後、陽が沈むころまで時間を潰してからマスターを訪ねに冒険者ギルドへ戻ることにした。するとどうやらマスターも私を探していたようで、私が冒険者ギルドに入ると同時にマスターの方から声がかかってきた。
「少し話があるのだが、時間は大丈夫かい?」
「はい」
「それではついてきてくれ」
マスターについて行くと、案内されたのはいつものギルド長室だった。中にはもちろん誰もおらず、人目を避けるという意味でこれ以上適している部屋はない。
しかし、マスターはいつも私のことを爆炎という名で呼んでいたはずなのだが。
「話というのは、他でもない君のことでね。…………今日軍議があったのは知ってるかい?」
「軍議?」
「ああ。まあ軍議と言っても正確な軍というわけではないのだがね。この街の有力な者たちを集めて街を護る軍と見立て、定期的に開かれている会議のことなのだが…………そこでレク・サレムの長に声を掛けられたのだよ」
「…………ん?」
「私は今まで君に降りかかる厄を排除すべく、なるべく君の素性を漏らさないようにと尽力してきたのだが、そのレク・サレムの長が君のこと…………つまりアグマリエンを三つ持つフィル・ママーニエという少女の存在をほのめかした発言をしてきてね。どこから漏れたのかはわからないが、君の情報が流れてしまったみたいなのだよ」
「はあ…………」
それ、私から漏れたことですね。
「…………っていうか、私がアグマリエン三つ持ちだということは知れ渡ってるんじゃ?」
「ん?いや…………魔力配列についてはアグマリエンが二つあるというところまでしか公表していないよ。三つ持ちというのは、それだけで様々な危険を招いてしまうのだよ」
そういうマスターは極めて深刻そうな顔をしていて、私の認識とはかけ離れているということは明らかだった。
「とにかく、君の存在が知れ渡ったとなるとこちらも何か手を考えなければ…………」
マスターはそんな言葉を呟くと、何かを考え込むように俯いた。マスターの話が途切れたので、私はちょうどいいタイミングだと思って例の話を切り出すことにした。
「あ、マスター。ちょうどその件で私からも話があるんだけど」
「話?」
「うん。私レク・サレムに入学したんだよね」
「…………ん?」
ポカンとした顔で首を傾げるマスター。
「だから、多分それ漏らしたの私」
そんな私の言葉を聞いたマスターは二転三転と表情を変え、最終的には怒の表情で怒鳴り上げた。
「バカモン!!自分の身が恋しくないのか!!」
「え…………」
「そんな馬鹿な真似を…………もしあいつらに知られたら…………」
「あいつら?」
しかし聞き返した私の言葉はマスターの耳には届かなかったようで、マスターはしかめっ面で数秒俯くと、そんな気を晴らすように首を振った。
「いや…………すまない。もう起こってしまったことはしょうがないだろう。…………それに、考えようによってはそちらの方が安全かもしれない…………か」
「…………」
ドユコト。
よくわからないけど、マスターが私のことをよく考えてくれているということだけはわかる。それも、ただギルドに転がり込んできた人とそのギルドのマスターとは思えないほど過剰に、だ。
「結果的にだが、冒険者でありレク・サレムの学生でもあるとなれば迂闊に外部からは手を出せんだろう。だから、気を付けるべきなのは内側…………こちらは私が注意するとして、問題なのはレク・サレムの連中だ。フィル君は、なるべく三つ持ちだということは明かさずに学生生活を過ごすように。いいね?」
「…………」
マスターの瞳から目を逸らす。
ごめんなさい。もう結構喋ってます。
「フィル君?」
「…………ハイ」
まあ、大丈夫だよね。まだユニットメンバーにだけだし。
「おそらく、レク・サレム側も君のことはなるべく隠し通すだろう。三つ持ちがいるなどと言いふらせば、要らぬ危険を巻き込むからね」
「…………ん?でも、マスターには言いふらしてきたよね?」
「ああ…………それは、私のことを目の敵にしているからだろう」
目の敵って。
仲が悪いとは聞いてたけど、本当に悪いんだね。
「とにかく、これからはフィル君も自分の素性はなるべく隠しながら行動してくれ。特に注意すべきなのは貴族だ。指名依頼は私が断っているが、普通の依頼でも貴族からのものはあるからね。とはいえそのほとんどは護衛だし、フィル君が受けることはないと思うが」
「…………」
受けてます。今。なう。
…………これ、流石に言った方がいいよね。黙っててもバレそうだし。
「貴族からの依頼なら…………」
「ん?」
「今日…………受けちゃった」
「…………まさか」
「いや、でも、魔力の話とかはしてないよ」
「そうか」
マスターはその言葉を聞いて、ホッと息を吐いた。
しかしそれも束の間、再び険しい表情に戻る。
「それで、どんな依頼なんだ?」
「普通…………とは言い難い護衛依頼かなあ」
「護衛?君が?」
「うん。なんか十四近くの女性限定の依頼らしくて、どうしてもって受付さんに紹介された」
「なるほど…………そんな手が。たしかにそれなら私の確認をすり抜けて君に依頼を受けさせることができるな」
天晴と言わんばかりに感心するマスター。
というのも、マスターが管理している依頼は指名依頼だけで、通常依頼に目を通すことはないのだ。それに貴族からの依頼ともなればギルド側は断りづらいので、可能な限り冒険者に受注させようとする。つまり、今回のように通常依頼で私しか受けられないような条件を付ければ、マスターの目を通らずに実質指名依頼のようなことができるのだ。
「しかし、その普通とは言い難いというのはなんだね?」
「んー…………さっき顔合わせをしてきたんだけど、様子がおかしいというか」
「様子か…………ちなみにどこの貴族なんだい?」
「ミュース伯爵家ってとこ」
「ミュース伯爵家?それはまた…………」
マスターは難しい顔を浮かべると、その理由を語り始めた。
「ミュース伯爵家というのは東に領地を持つ貴族でね。王家とは仲が悪い部類の貴族なのだ」
「へー」
「というのもこの国の王家は腐りきっていてね。私からすればそんな王家に歯向かうミュース伯爵家は好印象だし、実際評判も良かったと思うが…………ああ、確か子供に過保護なのが玉に瑕なんて言われていたかな」
うん。それは何となくわかるかも。
「しかし、それでもなるべく素性は隠すように」
「ん」
「本当にわかっているのかい?…………いや、言うだけ無駄か」
マスターはため息交じりにそう言うと、困り顔を浮かべたのだった。
素性を隠せなんて、毎日のように言われてることだしね。私が全く気に留めてないだけで。
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