二十話 黄泉渡しの尼君

「クワッ」

「クワッ」

「クワッ」


 ピンク髪の少女が着地すると、華都はるとに覆いかぶさっていた影たちは、カラスの如き奇妙な声を上げた。

 

 少女は腰を落とし、ファイティングポーズで挑発する。

「このフランチェスカ様に突っかかろうなんて千年早いよ!」


 どこからともなく吹く風が、少女の髪と胸元のリボンをなびかせる。

 が、少女の表情は『怖じず動ぜず』。

 修羅場を潜り抜けてきた自信が伺え、華都はるとは安堵の息を吐く。



「クワッ」

「クワッ」

「クワーッ!」


 煽られた影たちは一斉に飛び上がり、華都はるとを解放した。

 彼の眼に飛び込んだのは、影たちの集合体は、まるでシメジのようだった。

 下半身は融合し、そこから十数体の上半身が突き出ている。

 それは少女に圧し掛かり、ストッと突っ伏した少女は上目でチロッと舌先を出す。


「はあっ!?」

 華都はると は上半身を起こし、裏声で突っ込んだ。

「あんた、強いんじゃないのかよ!?」

「ごめーん、弱い者イジメはしない主義なの。それよりクルマ!」

「へ!?」


 立ち上がり、上下左右を見渡す。

 前には、炎使いの幽霊。

 斜め後ろには、少女と影シメジ。

 斜め上には、逆さまに停まっている人力車。


「きもいっ! 何とかしてっ!」


 座席の女性はバッグを振って叫ぶ。

 別の影の一団が、彼女めがけて塔を作っている。

 一体の肩に一体が飛び乗り、肩と膝が融合する。

 それは前後に揺れつつも、女性を引き下ろそうと手を伸ばす。

 五体目の手が上に伸びた時、女性の髪が下にバサッと垂れた。


「引っ張られる! 落ちそうっ!」


 重力がどうなっているのか不明だが、女性は両手をほろの内側に押し当て、上半身を突っ張らせて落下から逃れている。

 車夫は、何も知らぬ風で突っ立ったままだ。


 助けに行きたいところだが、火を放つ幽霊がズルズルと近寄って来る。

 振りかえった途端に、背中が炎上する予感しかしない。

 八方ふさがりの状況に、冷や汗が背を伝わる。






「いったい、どーなってるの!?」


 麻利絵は、かん高い声を振り絞る。

 真下には黒い影が集まり、どこかの国の祭り『人間の塔』の如く、自分めがけて近付いて来る。

 

 大家から振る舞われた夕食の見返りがコレとは、あんまりだ。

 熊の幽霊から生徒を救う使命感も、今は吹き飛んだ。

 真下に男子生徒が見えるが、二メートル以上もある黒い影と対峙している。

 自分には黒影塔が迫っており、フランチェスカは影たちの下敷きになっている。


 そして、ついに塔の先端の手がバッグに触れた。

 バッグを掴み、強い力で引っ張られる。


「ぎえーーーーっ!」


 絶叫し、上半身を限界まで伸ばして落下に逆らう。

 しかし斜めがけしていたショルダーストラップが身体から外れ、慌てて首を後ろに折った。

 ストラップは後頭部に引っ掛かったが、影の手の力は緩まない。

 容赦なく、バッグを引っ張り続ける。


「だっだっだれかストラップを切ってっ!」


 バッグにはスマホと財布が入っているが、それどころではない。

 死んだら終わりだ。

 死んだら終わりだ――



「お願い、ストラップを切ってーっ!」

「では、そのように」



 ――内側から、声が響いた。

 ――冷たい、低い女の声だ。


 麻利絵は、その瞬間を見た。

 バッグが内から切り裂かれ、

 捲れ上がった合皮の中から、

 灰銀を放つ刃が飛び出した。


 白銀の輝きは麻利絵を包み、

 心臓の内より声が響き渡る。


水影月みかげづき御方おんかたの御心に応えよう。我は、其方そなたを守護する霊姆たまもなり。そなたの意思のままに、我を繰るが良い……』


 声と白銀の輝きは溶けあった。

 麻利絵はほろから両手を離し、光をを受け取り、瞼を閉じる。


 人力車の床を蹴り、為すべきことを成す。

 誰をも滅せず、誰をも救う――。





「ああっ……!」


 華都は、額に腕をかざした。

 人力車の女性から光が迸り、黒影塔は大きくしなって地に叩きつけられた。

 影たちは分離し、手足をバタバタさせる。


 その傍らに――尼僧姿の女が着地した。

 

 淡い紫色の頭巾。

 白い小袖に、黒の法衣。

 紫の袈裟に、灰色の袴。

 両手には、短刀らしき得物。


「闇に囚われし魑魅すだまどもよ。そこに直れ。黄泉川のほとり案内あないしよう」


 尼僧の張りのある声が響いた。

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