吹雪の宿にて
第641話
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
昨年も読者の皆様には大変お世話になりました。本年もよろしくお願いいたします。
◇
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ29 『吹雪の宿にて』 開始です
必須技能はありません。
推奨技能は【図書館】を除く各種探索技能、【オカルト】です。
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王都北方の街道沿い。
雪や寒さに耐えるためか、他より少しばかり立派な出で立ちをした木造の駅宿。
その二階にある一室で、フィリップは“飼い主”の母親と相対していた。
「ミナを知っているの?」
「知ってるというか……まあ、はい、そうですね」
カイナは詰め寄る勢いだったが、間に入ったカノンを見て我に返って踏み止まった。
視線はそのまま、あからさまに人間ではない外見の従者の頭から爪先までを一巡する。
ゴツい防毒マスクで顔の半分が隠れて見えないが、四肢の先は甲殻に覆われているし、背中には蝙蝠のような羽が生えている。見たことのない種だが、魔物に類するのは間違いないと彼女は判断した。
ミナと面識があって、魔王軍幹部と魔物を連れた子供。
自分の記憶や認識に絶対の自信が持てなくなったカイナだが、それでも、100年前でも現代でも変わらずイレギュラーに属するモノだとは分かる。少なくとも一般人ではない。
「もしかして、きみも魔王陣営なのかしら? ミナとはどういう関係なの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
フィリップはムニャムニャと言い淀む。
魔王隷下かと言われると、そこは自信を持ってNOと言える。だがミナの敵かと言われると、それも違う。ルキアやステラが彼女を殺そうとすれば止めるし、どうにか説得を試みるだろう。
ではミナの味方なのかと言われると、やっぱりそんなこともなく。
仮にステラが「何が何でもミナは殺さなくてはならない」と判断したら、それに従って邪神の投入まで考える。神罰術式がある以上、出番は無いだろうけれど。
「えーと……貴女は魔王陣営の幹部、鍵守護者……「だった」じゃなく、今でもそうなんですか? アンテノーラの話からすると、記憶障害すら貫通して強制召集されそうなものですけど」
フィリップは暫し黙り込み、悩んだのを誤魔化すために問いかけた。
と言っても、実際に気になっていることでもある。
ミナはペットに一言も残さず帰ってしまったし、アンテノーラもトルネンブラに守られなければ危うかったという。
それだけの強度がある命令、魔術契約が、果たして記憶を失ったからと言って無効化されるのか。
まあ知ったところで意味のない、単なる興味本位ではあるけれど。
雑談程度の心持で投げかけられた問いは、しかし、冷たい視線に跳ね除けられた。
「質問をするのは私よ」
他者を従え傅かせることに慣れた者に特有の、有無を言わせぬ声。
ミナや、ルキアやステラのような。相手を自然と従わせる、覇気と威厳のある声音であり──フィリップにとっては馴染みのあるものだ。
「……答える僕の機嫌は取っておくべきでは? 不定期に嘘を混ぜるも黙るも、にこやかに誠実に話すも、全て僕の機嫌次第なんですから」
カイナは目を瞠る。
どこか嘲笑を感じさせる表情で応じるフィリップの態度は、かなり不思議なものだった。
「ミナ」なんて呼ぶ辺り、敵対していたわけではないのだろう。
ハーフエルフ・ハーフヴァンプのミナがどういう状態なのか、カイナは知らない。
5歳のとき、娘の気質は中庸だった。
取り立てて残虐ということも、慈愛に溢れているということもなく、不死の怪物である父と長命種の母に育てられた子供だった。
テーブルに乗せられた人間を吸い殺すことには何の疑問も無く。しかし吸血鬼のメイドたちの来歴や、書庫に収められた人間の書物には興味を示していた。
それから100年。
もはや彼女の知る娘ではないだろう。
だがそれでも、確実なことが二つある。
彼女は変わらず食人種であること。そして、魔王陣営における吸血鬼の棟梁であること。
人間にとって、絶対に相容れない存在のはずだ。
なのに、「ミナ」に「ミナのお母さん」。
敵意や隔意を感じないし、鍵の守護者と魔物を連れ歩いている。では魔王側なのかと問えば、微妙な表情だったが確かに否定した。曖昧な態度だが嘘の気配は無かったし、本当に魔王に与する者ではないのだろう。
じゃあ何、と言われると、ぱっと思いつくものは無いのだが。
「……読めないわね。分かったわ、降参。答えはイエスよ」
結局、カイナは両手を挙げて折れた。
「魔術契約による召集は、そうね、強い義務感は感じたけれど、それが何に対するものなのか分からなくて、どうしようも無かったわ」
「ふむ……?」
魔術契約に、魔術的な記憶障害だ。
お互いにどんな作用があるかは、専門家ではないフィリップには分からない。そもそも興味本位の雑談じみた質問だったこともあり、「そうですか」と適当に頷いて終わった。
「それで、今度は私の質問に答えてくれるのよね?」
「あぁ、はい。簡単に言うと、僕は彼女のペットで、彼女は僕の飼い主です」
幾分か冷たい雰囲気を和らげたカイナは、今度は命令ではなく確認であることが分かる声で尋ねる。
その問いに、フィリップは端的に応じた。
嘘も誤魔化しも無く、正直に。
従者と楽器は「簡単?」「確かに難しい単語はありませんけれど……」と微妙な顔だが、フィリップは「必要十分量の説明だよね」と言いたげなしたり顔だ。
「……ん? ごめんなさい、なんて?」
「ん? 僕は彼女のペットで、彼女は僕の飼い主です」
「聞き取れなかったのかな?」と、フィリップは気持ちゆっくりはっきりと繰り返す。
当然そういうことではないし、やや遅れての「いや、人語の
言葉も意味も伝わっている。
伝わっているが、即座に理解できる内容ではないのだ。
しかし幸いにして、カイナは吸血鬼の文化や生態をよく知っていた。
単に愛玩用や飢餓衝動抑制用であったり、自分が化け物になったことを実感して悦に浸るためのよすがであったりと様々あるが、人間を連れ回す吸血鬼を何度も見ている。
「訳が分からない」という顔をしていたのは、ほんの数秒だった。
「それは……ええと……? あー……、つまりあの子は、吸血鬼に寄っているということね?」
「寄っている? いやいや、それどころか、物凄くちゃんとした化け物ですよ」
半分はエルフ。
カイナはその認識が強いようだが、フィリップにしてみれば、彼女こそ吸血鬼の中の吸血鬼だ。
最低限、化け物とは彼女のようであるべき。そんな指標のようにすら思っている。
嬉しそうな、いや愛おしさすら感じさせる口ぶりに、カイナは再び「訳が分からない」という顔になった。
「ば、化け物……? それは……褒めている、のよね?」
カイナは困惑を露に問いを重ねる。
彼女の中で「化け物」という言葉は、どちらかと言えば否定的な意味だ。
しかし人間が吸血鬼を見て「化け物」と言うのであれば、それは好悪とは関係のない、単なる事実の提示だろうとも思う。
エルフが人間に対して「異種族」と言ったところで、賞賛にも罵倒にもならないように。
そのはずだが、娘のペットを自称する人間は、ものすごく楽しげに語っている。
まるで美しい芸術品を目にして、その素晴らしさを広めたがるような調子だ。
「それはもう! 他の吸血鬼に会ったこともありますけど、ミナは傑出してますね。流石は生まれついての化け物って感じで」
「そう……なの?」
カイナは歯切れの悪い相槌を打つ。
脳裏に浮かぶのは、100年前の、小さかった娘の姿や振る舞いだ。
食卓に出た人間を喰らうことに抵抗こそ無かったものの、自分で狩りをしたことも、戦ったことも無い幼気な少女だった。
のんびりした性格で癇癪も起こさず、メイドの諫言もよく聞く利口な子供だった……ここまではっきり「化け物」と呼ばれるような要素は無かったはずなのだが。
娘はどうなっているのか、何があったのかと聞くより先に、フィリップが「そういえば」と指を弾いた。
「あぁ、そういえば、ディアボリカとも面識がありますよ、僕。不本意ながら」
「……彼と?」
カイナは放心したように目を瞠り、小さく呟いた。
ミナの名前が出た時より、驚きようは控えめだ。
娘の無事を聞いて期待を持っていてもおかしくないが、そういう風でもない。
「彼は無事だったの? 生きているのね?」
「無事も無事ですよ。王都から僕を拉致して1000キロ離れたお城まで連れてって、ミナと結婚させようとしてたぐらい無事です」
囁くように重ねられた問いに、フィリップは半笑いで答える。
深く安堵したようでいて、それだけではなさそうな複雑な顔と声のカイナが愉快だったわけではない。
思い出し笑いだ。
かいつまんでみてもやっぱり頭おかしいなあいつ、と。
「……」
一方、そこまでの話を聞いていなかったアンテノーラは静かに引いていた。
100年ぶりに娘と再会してする話が結婚相手の紹介というディアボリカにも、その経緯でしれっとペットになっているフィリップにも。
無言ではあるが、顔を見れば「えぇ……」と困惑の声が聞こえてきそうなほど。
そして、彼の吸血鬼の妻であるエルフはというと。
「…………?」
もはや一言も絞り出せないくらい、表情を取り繕うこともできないくらいに困惑していた。
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