第634話

 「魔王の寵児……外神の寵愛を受ける異常個体だな。話がしたい」


 煙のような外観に反して、ヴォルヴァドスの声ははっきりとしていた。

 流暢な人語で語られた内容に、取り囲むカルトたちから困惑の声が上がる。しかし二柱の神の前、それも強い側の一柱は明確に敵対していることもあり、仲間内での囁きの域を出ない。


 「──、」

 「あぁ……あぁぁ……!」


 答えようと、フィリップが息を吸った時だった。

 背後に転がっていたアベルが激しく呻き、思わず振り返る。


 「あ、そういえば居たっけ。うーん……」


 頭を抱えるように蹲ったアベルは、まだサイサロスの見せる“死”のショックから立ち直れていない。まあ幻覚とはいえ、五感を欺くマルチモーダルは現実と遜色ない。


 彼は、主観的には何度か死んでいる。

 幻覚の内容死因までは知らないが、胸に穴が開き体温が流れていく感覚や、骨と内臓が一緒くたに磨り潰される感覚なんかを味わったのなら、ショックも大きいだろう。


 叩き起こしてもいいが、眼前には異形。ちょっと離れたところに異形。取り囲む異形。

 うち二つはフィリップでも分かるほど神威を撒き散らしている。一目見ただけで発狂しかねないし、長く傍にいれば刻々と精神が蝕まれる。


 別にアベルが発狂しようが自殺しようが知ったことではないが、話の邪魔になるのは間違いない。


 「カノン、絞め落せ」

 「はぁい」


 楽しそうな返答と苦悶の声を背に、フィリップは改めてヴォルヴァドスへ向き直る。

 不愉快なBGMはすぐに止み、霞のようなヒトガタも今は人間大。話すのに何ら支障はないが──。


 「話、ねえ? ……待てよ? お前、どうしてなんだ? サイサロス……お前たち程度の旧支配者や信仰ベースの劣等種の天敵だろう? なのに、そのカルトを庇うの?」


 智慧も、ハスターも、眼前の存在はヴォルヴァドスだと言っている。

 しかし智慧にあるヴォルヴァドスの振る舞いとして、眼前の存在のそれは不自然だ。


 外神云々を措いても、フィリップがここの異形たちを惨殺することを止める立場ではないはず。


 その疑問は正しかった。


 「否。この者どもは我が指先。サイサロスを信仰する者ではなく、この断片を隔離し、死を信奉する者や神々に悪意を持つ者に利用されぬよう、守るためのもの」


 旧神を守る古き神は、厳かな口ぶりで語る。


 「今は人類を。かつては蛇人間を、ヴーアミ族を。この星に生まれた文明を守護するため、この星に根付く神々を守るため、我が知恵と力を貸し与えた者どもだ」

 「そう、俺たちは──!」


 蛇人間の一人が声を上げると、一行を取り囲むように散っていた化け物たちが素早く集まる。

 そして。


 「ヴェルム・オブスキュラ!」

 「レテの守り人!」

 「目を閉ざすもの!」


 神の意を汲み、化け物たちは高らかに名乗り上げた。

 しゅばっ、と擬音の付きそうな、或いは背景で爆発でも起こりそうな、九人一組のポーズ付きで。


 そのくせ、それぞれで口にした名前がバラバラだった。


 「……お前の組織?」


 ぽかんと口を開けていたフィリップは、脳内を埋め尽くす大量の疑問と困惑の中から、最も重要なものを引っ張り出すのに七秒を要した。


 影を纏ったヒトガタは、ゆっくりと頭を振る。否定の意思をはっきりと示すように。


 「否。我はただ乞われ、我が使命に沿う行いをしたまで」

 「こいつらに呼ばれたのか。……なら、話を聞くべきはお前じゃなくて、こっちの化け物さんたちってことかな。……オーケー、詳しく聞こう」


 言って、フィリップは剣を納めた。


 しかし、それは殺意が無くなったからではない。

 長い話になりそうだし、剣を抜き身で持ち続けるのは疲れる、というのが理由の一つ。


 もう一つは、単に必要ないからだ。

 ハスターが出てきた以上、そっちに投げた方が“面白く”殺せる。


 「……これ、聞いても判定が覆らなかったらヤバいですね。旧神の言葉に乗ってカルトと仲良くお喋り、なんて、フィリップ様はニッコニコですよ」


 それはもう、大層ゴキゲンに──ハスターなんか目じゃないくらいにヤバいモノを、何の躊躇もなく使うだろう。


 カノンも、アンテノーラも、アベルも……或いはこの星のことすら忘れて、言いくるめられかけた自分を笑いながら。

 いや、思い出したところで、「まあいいか」と捨て置かれる可能性だってある。


 「歌を捧げる機会が減ってしまうのは惜しいですわね」なんて、生きた楽器は安穏としたことを言っているが。


 「ヴェルム・オブスキュラの行動原理はシンプルだ。秘されるべきを秘す」

 「星外の智慧。古代文明の技術。別次元の論理。俺たちは現行文明が知るべきではないモノ全てを、お前たちの目に触れないよう覆い隠す」


 ヴォルヴァドスに続き、一団の一人が代表して語る。さっきの蛇人間だ。

 

 「旧支配者に触れんとする者。外なる神に手を伸ばす者。それらも此奴らの排除対象であり、我の排除対象でもある。我々はその点で利害が一致している。故に、力を貸すこともある。今のように」

 「僕がハスターを呼んだから出てきた、ってことか。ふむ……」


 ハスターの触手に腰掛けて、フィリップは暫し、顎に手を遣って考え込んだ。


 言っていることは理解できる。

 だが、引っかかる点もある。


 この状況で嘘を吐くとは思えないが、この状況だからこそ、生き延びたくて嘘を吐く可能性だって否定はできない。


 「……君たちがサイサロスの信奉者じゃないって点は、本当なんだろう。ヴォルヴァドスの庇護が証明だ」


 あれも劣等とはいえ神。それも明確に役割を持ち、目的のために行動するタイプの神格だ。

 存在意義を果たすためなら、黄衣の王の眼前だろうと顕現するし、魔王の寵児の獲物であろうと刈り取る。


 自らの所有物を窃取されたモルディギアンが、フィリップに構わず追手を差し向けたように。


 まあヴォルヴァドスとて星外の神だ。

 旧支配者の封印だの何だのは、人間や人類文明のためではない。旧神の保護も、旧神を守ること自体を目的としてではない。


 ヴォルヴァドスにとって、地球は旧支配者を封じる監獄だ。

 旧神は、言うなれば監獄の整備要員。或いは監獄を形作るパーツの一つと言ったところ。


 星そのものが大切なわけでも、人類を守りたいわけでもないが、監獄機能の維持に必要なら人だろうが虫だろうが守る。

 機能や存在に対して忠実な神の振る舞いがどういうものかは、フィリップも良く知るところだ。


 だからヴォルヴァドスは、まあいいとして。


 「だが蛇人間やヴーアミ族が、どうして人類の文明を守るんだ?」


 彼らにとって、人類は新興種族のくせに星の表層を我が物顔で歩き回り、そのくせ碌な智慧も技術も強さもない、目障りな猿モドキだろう。文明未開の猿、という奴だ。


 旧支配者の封印が解かれたらマズいのは、彼らも人類と同じかもしれない。

 だが人類より遥かに智慧の深い彼らなら、絶滅の危険はないだろう。精々、地上の覇者に返り咲くのが遅れるくらい。


 サイサロスの断片なんて、傍にいるだけで生命体を狂わせかねない代物に、わざわざ近づく理由になるだろうか。


 「、ではない。、だ」


 代表者なのか、同じ蛇人間が頭を振って語る。


 「詳しいことは知らないが、我らの第一王朝時代……つまり約三億年前には、同様の組織があった。そして彼らは蛇人間の文明を守っていた。……これは、星外では珍しいものではない。別の星では別の星で、そこの現行文明を守る文化人たちが存在している」


 文化人、という言い回しに、フィリップは思わずくすりと笑った。

 自分たちと違う文化や文明を保護しましょう、というのは、確かに文化的な思想だ。王城の宝物庫に、王国成立以前の陶磁器なんかが収められているのも、似た思想からだろう。


 個人的には古い食器がそれほど貴重かと首を傾げるところだが、蛇人間文明産の武器を使い、剰えアップグレード品を持っている身としては、異文化を知ることのメリットまでは否定できない。


 温故知新。承前啓後。

 技術にしろ文化にしろ、何かから着想を得て進歩していくものだ。


 が、このド田舎のド田舎惑星の、未開の猿の文明が、如何ほどの価値を持つものか。

 少なくとも蛇人間が人類から学ぶことは無さそうだ。


 となると、


 「我々はその援助や指導を受けつつ、我々は文化と歴史を尊重するという信念で動いているのだ」


 目的は学習のための保護ではなく、保護そのもの。


 人間の中にも歴史学者や生物学者はいるし、エルフにも人間学者がいる。

 その延長線上に、神話生物の異種学者や異文明学者がいるのは、考えてみれば不思議なことではない。


 尤も、動機が単純な尊重なのか、学術的希少価値を認めてのことかは知らないが。


 「……でも、蛇人間の第一王朝は滅んだんだろう? 確か、恐竜とかいうイグの末裔によって」

 「それは正しい滅びだ。より強いものが、弱いものを駆逐する。自然の淘汰にまで、俺たちは干渉しない」


 ぱっと思いついただけの重要性の低い疑問にまで、蛇人間は真摯に答える。


 「今後、例えば大規模な寒冷化によって人類が滅びる場合、俺たちはそれを見届ける。それは文明が自ら立ち向かうべきものであり、乗り越えられなければ滅ぶのが、文明にとって正しい末路だ」

 「観察対象に干渉したら正常な観察にならないって話? それとも、巣から落ちた雛鳥を見つけても触らない方がいい、って話?」


 実験も観察も、巣から落ちた雛鳥の保護もしたことがないフィリップだが、なんとなく思いついた喩えを口にする。

 まあ後者に関しては、「人間の臭いが付くと親鳥が助けなくなる」とか、「安直に助けても人間の手なしには野生で生きられなくなる」とか、色々と理由があるらしいけれど。


 「両方だ。お前の言う通り、星外の“文化人スポンサー”の中には研究者もいる。ド田舎惑星の未開環境、原住原始生物、ウボ=サスラの末裔……如何にも研究テーマになりそうな感じだろ?」


 最後が腑に落ちすぎる理由だった。

 確かに、ウボ=サスラに繋がる──外神の智慧や秘密が手に入るかもしれないのなら、どんなことでもするという手合いは多そうだ。


 それがド田舎惑星の未開文明の、原始的な猿モドキの保護であっても。


 まあ地球産に限らず大抵の生物は、系統樹上のどこかしらでウボ=サスラが入っていると言っていいが、進化を重ねれば形質も薄くなる。特に、環境が過酷であればあるほど、特殊な形質を獲得していくものだ。祖からは離れていく。


 そう考えると、多種多様な生物にとって快適な環境である地球は、シャーレとして有用なのかもしれない。監獄や水槽としても。

 

 「ふむ。……納得はした」

 

 要は──なのだろう、彼らは。


 蛇人間として云々、ヴーアミ族として云々ではなく。

 一個人として、異種族や異文明に尊重の意を持ち、保護活動をしている。種族的な信仰や主義主張ではなく、単体の意思で動いている。


 そう考えると、フィリップに否定の余地はない。

 彼らの思想は彼らのものであり、他人が否定できるものではない。知識に照らして「蛇人間らしくない」とは思うが、人間と外神の視座しか持たない身では、「そういうものだ」と言われると「そうなんだ」としか言えない。


 だから、まあ、彼らの主張は信じよう。

 異種族の異文明に価値を感じ、保護しようとする文化人であるという主張を受け入れよう。


 その上で──。


 「君たちが何者かは分かった。“外神の寵児”は排除対象だってのも分かる。……で? どうしてそんなに馬鹿なんだ?」


 分からない。

 智慧はある。経験もある。人類以上の歴史を持つ種族の集まりだ。


 なのにどうして、“魔王の寵児”に喧嘩を売ってきたのか。


 それだけは、どうしても理解できなかった。



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