第625話

 「そこを何とか! お願いします!」

 「だから駄目だって」


 真剣で一生懸命な叫びが、淡々とした冷たい声に叩き落される。


 王都二等地の、大通りのど真ん中。

 真昼間のそんな場所で大声を上げていれば、普通は何事かと人が集まってくる。


 しかし、道行く人は誰も足を止めない。

 道のど真ん中で止まったキャラバン型馬車を見て、「荷下ろしかな? 邪魔だな」という顔をして去っていく。少女の叫びなど聞こえていないように。


 馬車の中には、カノンとアンテノーラ、そして案内役であるリック翁が乗っている。

 その外では、二人の所有者であり使役者であるフィリップと、どこからか話を聞きつけて来たイライザが話していた。


 投石教会でカノンとアンテノーラを拾って王都を出ようとしたとき、自分も連れて行ってくれと言いに来たのだ。


 「強くならないといけないんです! 今よりもっと、もっと!」

 「そうだね。でも駄目」


 僅かな期待さえ抱かせない、冷たい否定。

 悪意も無く、敵意も無い、それ故に純粋な拒絶だ。

 

 特に口調を意識していなかったフィリップだが、傷付いたように口を引き結んだイライザを見て、最低限の気遣いというものを思い出した。


 「あー……君が弱いから来るなって言ってるわけじゃない。ただ単純に邪魔なんだよ」


 フィリップはそう言って、言い終えてから、よりキツいことを言っていることに気付いた。


 咳払いを一つ。方向修正を試みる。


 「イライザでも、ルキアでも、ステラでも、先代が来たって邪魔なだけだ。本を読んでるとき横から覗き込んで、勝手にページを進めたり戻したりされるくらい邪魔だ」


 まあ、そんな無作法をされたことはないというか、そんな友人がいないので想像にはなるが。

 実体験から「ミナと喋っている時に横から「紳士として」「夫として」云々言ってくるディアボリカぐらい邪魔」とか言っても、イライザには伝わらないだろう。


 「僕はね、イライザ、んだ。君が僕以上にカルトを凄惨に、苦しめて、痛めつけた上で殺せるのなら──一人で行く以上に楽しめるなら、一緒に来ても構わないけれど」


 遊びじゃないんだぞ、ではなく。遊びだから来るな、と。

 そんなことを言われたのは初めてだったイライザは、一瞬だが聞き間違いかと思った。


 「え、あ、え……?」


 困惑に揺れる声。

 遊びじゃないから──なにかを教えている余裕が無いから、という理由なら、見取り稽古という形でもいいから同行させてほしい、と言えた。


 フィリップの戦形は特殊で、見たところで真似できるものではない。教えられたって、才能が無ければ無理だろう。

 しかしアンテノーラの“歌”を使い、肉体性能を人外の領域へ引き上げての戦闘は、見る価値がある。


 いずれ敵として相対する、上位吸血鬼や高位の魔物への対策として。


 それはフィリップも分かっているはずで、その上で「遊びだから来るな」と言われると、イライザに食い下がる言葉はなかった。


 「一緒に来ても、君が強くなることはないよ。ルキアとか殿下とか学院長に教えて貰うといい」

 「……はい、師匠」


 弟子は小さく項垂れたが、すぐに背筋を伸ばし、教え込まれた軍隊式の例を以て師に応える。


 「じゃ、行ってくるね」

 「お気をつけて」


 カルト狩りに余分な荷物を持ち込まずに済んだフィリップは、安堵の息と共に馬車に乗り込む。


 王都内の制限速度を守ってゆっくりと進み出した馬車の背に、イライザは折り目正しく頭を下げた。



 ◇


 

 フィリップたちは二週間ほどかけて、王国領を北上していった。

 次第に雪が降り、積もり、凍り付いた湖や樹氷も見られるようになる。


 街道は雪かきされていて往来に支障はないが、その外は膝まで積もっている。

 曇り空の今は寒いだけで、昨日替えたばかりの馬の足並みに淀みはない。しかし雪が降り始めたら、馬車の動きも随分鈍るだろう。


 王都を出てから街道沿いの駅宿で定期的に馬を替えて、今は何頭目だっただろうか。


 外神の気配がこびりついたフィリップに、あからさまに魔物なカノン、頂点捕食者のアンテノーラ。

 よく訓練された軍馬でも怯える面々を運ぶ、可哀そうな草食動物たち。


 その背中をぼーっと見ていると、御者役をしていたリック翁が振り返った。


 「次の駅宿から、三十分ほど歩きます」 

 「はい。……エレナと合流するのかと思ってたんですけど、そうじゃないんですね」


 エルフの首都があった森は既に通り過ぎ、案内役の老翁の他に合流してくる者もいない。

 

 フィリップは正直、「ボクも一緒に行くよ!」とか言うに違いないエレナを、どうやって説き伏せて帰らせるかと頭を悩ませていたのだが。

 しかし王都を出てからというもの、会ったのは人間の旅人数名、商団数個、街道警備の兵士だけ。


 あとは、魔王復活に際して活発化しているという魔物くらいだ。

 そのせいか、或いはそれによって街道の治安維持が強化されたせいか、盗賊の類には一度も会わない、なんとも平和な旅路だった。


 勿論、カルト狩りの邪魔になりそうな飛び入りの同行者もいない。


 「この時世ですから。殿下には安全な場所に居て貰わねばなりません。ご本人がどれだけ不満でも」

 「ははは……」


 恐らくは千年単位で生きているエルフの老人は、深い皺の刻まれた顔に苦労の気配を滲ませる。


 エレナは百歳くらい。

 人間からすると老人を通り越して死体になっているのが大半だが、エルフにしてみれば、まだまだ若造だ。エルフの中でも年を重ねたリック翁にしてみれば、公園を駆け回る子供のようなものだろう。


 そう考えると、孫に振り回されて疲れたお爺ちゃんといった風にも見えた。


 ややあって馬車は駅宿に着き、そこから彼の言葉通り半時ほど歩く。


 膝まで積もった雪を懸命に踏み分けながら歩いているのは、フィリップ一人。

 リック翁は齢を重ねた容貌からは想像もつかないフィジカルで易々と。カノンは蝙蝠のような羽を使って浮遊し、「不便ですねえ、ベタ足の種族は」とかフィリップを煽りながら。


 フィリップは当初“足”一年目ユーザーのアンテノーラを心配していたが、彼女のホームは全ての動作に抵抗がある水中だ。その上、海面から六メートル上空まで飛び上がるフィジカルを以てすれば、膝丈の雪など抵抗が無いに等しい。


 結局、フィリップはリック翁と並んで歩くのを諦めて、彼とアンテノーラが作った道を後ろから付いていくことにした。

 その後ろから煽ってくるカノンを、後で一発殴ろうと心に決めて。


 しばらく歩くと、一行は街道から離れた森に入った。

 

 「見えてきました。あれが、件の集落です」


 先頭に立って案内していたリック翁はそう言って振り返ると、微笑ましいものを見たように柔らかに破顔した。


 フィリップとカノンが仲睦まじく腕を組んで歩いていたから、だろうか。

 或いは、フィリップがカノンの手首を極めていることに気付いた上で、子供同士のじゃれ合いを見て心を和ませたのだろうか。


 カノンは顔のパーツがズレるくらい悶絶しているが。


 「見るのは二回目だけど、凄いよねえ」


 腕を組んだまま、或いは極めたまま、感動が漏れる。


 集落はエルフの首都と同様、樹上にあった。

 ツリーハウスと、それらを繋ぐ回廊が、十メートルくらいの頭上に散見される。首都より人口は少ないようだが、外からでも十棟以上のツリーハウスが見えた。


 「フィリップ様のジャンプ力じゃ、ノックも出来なイタタタタタ!」

 「左手要らないの? 珍しいね」


 このまま折ってやろうかな、なんて物騒な思考も過ったが、カノンの骨格は古龍ベース。筋も腱も相当に強い。

 道化の演目として「馬鹿なことを言って折檻されている馬鹿」を演じているだけで、フィリップが本気で力を込めても折れはしないだろう。


 「失礼、少しお待ちください」


 じゃれ合っている二人に断りを入れ、リック翁が足早に離れる。

 一応は地上もテリトリーらしく、彼の向かった先には槍を持ったエルフの立哨がいた。

 

 『リック殿。お戻りになられましたか。そちらの方々が?』

 『えぇ。姫様のご友人で、此度の援軍です』


 エルフ語なのだろう、フィリップには理解できない言葉で何事か交わす。


 ややあって、立哨のエルフが恭しく頭を下げ、リック翁が半身を切って促し、フィリップたちを集落へと招き入れた。


 そもそも閉鎖的なエルフの集落に、宿にあたる施設はない。

 都合のいい空き家なども無かったが、フィリップたちの泊まる場所に関しては、集落の長の屋敷──幾つもの樹に跨って作られた、ひときわ大きなツリーハウス──の一部を使わせて貰えるよう、事前に話が付いていた。


 「さて……近郊にカルトらしき人間の一団が居て、過去には死傷者も出ている、ですよね。……ここのエルフは、肉体的にそれほど強くないんですか?」


 荷解きと戦闘準備を終え、フィリップたちはリック翁の案内で樹上の回廊を歩いていた。

 道中で多少の話は聞いているが、リック翁も全ての事情を詳しく知っているわけではないとのことで、この集落で改めて情報提供者を紹介される予定だ。


 カルト絡みということで真面目な顔のフィリップの後ろでは、カノンがぴょんぴょん飛び跳ねて足元の板を軋ませ、アンテノーラにアイアンクローを喰らっている。


 「いいえ、平均的な能力かと。死者が出たのは最近のことで、過去の負傷者というのも集落の者ではなく、これまでは互いに不干渉だったのです。ですが魔王の復活に伴って魔物が活発化し、その被害がありまして。不審な人間の集団も含めて、大規模な安全化を行うことにしたそうです」

 「なるほど……」

 

 一神教が道徳の根幹となっていないエルフにしてみれば、カルトも使徒も変わらず「人間の集団」だ。商人であれ、盗賊であれ。


 そして彼らは、人類より肉体性能が遥かに高い。

 集落の近くに不審な人間の集団が居るからといって、即座に部隊を編成して襲い掛かりはしない。人間を、そこまでの脅威とは捉えない。


 今回も「魔物駆除のついで」程度の動機だ。


 「ですが、どうやら攪乱や隠蔽に長けた魔術師がいるようで、適性に乏しい集落の者では遭遇さえ出来なかったとのことで、都に支援要請が」


 遭遇さえ、とは微妙な言い方だ。

 発見さえ出来なかった、なら分かるが──痕跡から存在を確定できたとか、遠目には見つけられたとか、そういう話だろうか。

 

 何にせよ、魔術で存在を隠蔽しているのなら、フィリップにも対策が必要だ。

 例えば、顔立ちが判然としない銀髪のメイドとか。


 「始めは都の防衛に当たっている戦士を送ろうとしていたのですが、殿下の強い推薦で、貴方と……その、ウィルヘルミナ様を頼るべきだと」


 ミナが魔王の軍門へと戻ったことはステラか王子に聞いているらしく、リック翁は言い淀んだ。


 「判断としては悪くないと思いますよ。戦力として、ミナは僕の100……どころじゃないな、最低でも10万倍は強いですから」


 単純に、命の数が10万倍ある。

 まあ戦闘能力を見ても、フィリップが相討ちでもミナを一回殺せるかというと、相当に厳しいけれど。


 「でもミナは居ないし、居ても連れては来なかった。カルトを惨殺するという点に於いて、僕は彼女よりずっと適任だ」


 自信と、もっとどろりとした何かを纏った声。

 これから凄惨な死を遂げる、まだ見ぬ憎悪対象を思うと、思わず笑みが零れる。


 それを自らの能力への自負と見て、老エルフは安心したように頷いた。


 「頼もしい限りです。流石は龍殺し殿」

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