第72話 見たことのない景色

「それじゃあ、気をつけて帰るんだぞ~」

先生の声に小さく頷いて、私は帰りの支度を始めた。緊張と期待で震える手を何とか抑えながら、カバンに教科書などをしまって彼の席に向かった。

「じゃ、帰るわ」

「おう!」

「またな!」

彼はいつも通り浩介君たちに手を振って、一緒に教室を出た。

「今日は家で勉強だよな?」

「う、うん……」

彼の声に身体がビクッと震えてしまった。返事の声は震えないようにと気合を込めて返したけど、気合を入れ過ぎて結局、声が震えてしまった。

「栞のお母さん、俺ん家行くの許してくれたの?」

「うん。行ってきなさいって言ってくれた」

「そっか……」

彼は靴を履き替えて、私の隣に並んだ。

「じゃあ、こっち」

いつもとは反対方向に曲がって、見たことのない道を加藤君と歩いた。

「今日は空が綺麗だなぁ」

呑気に青空を見上げる彼の横顔に見惚れていると、周囲から向けられる刃物のような鋭い視線に気づいた。周囲を見渡すと、私を蔑むように見てくる視線や、今にも飛びかかって来そうなほど血走った視線がこちらに向けられていた。私は怖くなって、カバンの紐をギュッと掴んで、黒色の景色に視線を落とした。

「栞、どうかした?」

心配そうに聞いてくれる加藤君に

「なんでもないよ?」

笑顔で小さな嘘を吐いて、また下を向く。

「栞?」

加藤君の心配したような声が、また私に向けられた。

「どうしたの?」

作った笑顔で加藤君の顔を見上げると、

「俺との約束、覚えてる?」

彼は少し寂しそうな顔をして、静かにそう言ってきた。

「うん……」

加藤君との約束。無理に笑ったり、平気なフリをしたりしない。私は、それを守れなかった。

「今、無理に笑ってたでしょ?」

「ごめん」

今まで感じたことのない罪悪感が、静かに私のこころを侵食していく。

「謝らないで? 栞をこうさせてるのは、あの子達だよね?」

加藤君は優しくそう言って、私が恐れていた女の子たちの方を見た。私は何も言わないで、首を小さく縦に動かした。

「気にすんな。って言って気にしないようには出来ないと思うけど、あぁゆうのは気にしないのが良いと思う。あいつらがどう思ってようと、栞は俺の自慢の彼女だから」

彼の温かくて、私を包み込むような声が恐怖心を少しずつ解きほぐしてくれた。

「うん。ごめんね」

「だから謝るなって。じゃあ心機一転して、CoursieAilesの話しよ?」

「うん!」

それから私は、加藤君とアイドルの話に花を咲かせながら、彼の隣を自然とこぼれた笑顔のまま歩いた。

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