第69話 声にならない想い
「あ、もうこんな時間」
気づいたときには、時刻はもうすぐ九時を回ろうとしていた。
「ほんとだ。めっちゃ集中してたわ」
「私も……」
加藤君はペンを置いて、長い手を天高く突き上げて伸びをしていた。目を軽く瞑って、苦しそうな気持ちよさそうな表情をしている彼に、私はキュンとしていた。
「それじゃあ、帰ろうかな」
「そ、そうだね」
――もっと一緒に居たい。
――もっといろんなお話がしたい。
その想いは言葉になる前に胸に沈んでしまって、私は何も言わずに彼を玄関まで送り届けた。
「じゃあ、また明日な」
「うん。また明日」
彼の姿が扉の奥に消えいった。その瞬間、心にぽっかり穴が空いてしまったような、ものすごい虚無感に襲われた。
「あ~!」
心に空いた穴を塞ぐことにはならないかもしれないけど、私は訳も分からず大きな声を出した。
「どうしたの、栞?」
そんな私の声を聞いて、母は心配そうにリビングから顔を出した。
「ううん、なんでもない。それより夕飯食べよ?」
私はそう言って笑顔を浮かべて、リビングに入った。
「いただきます」
「召し上がれ」
母の作ってくれた料理を口を大きく開けて、口全体で味わう。
「おいひい」
口いっぱいに広がるおふくろの味。感情を表に出さずにはいられない程おいしかった。
「それはよかった。そんなことより、陽太君とはどんな感じ?」
展開の速い母の問いに、つい咳き込んでしまいそうになる。
「ごめんごめん」
母はなんともなさそうに謝ってみせて、さっきの問いの答えを求めるように小さく首を傾げた。
「どんなって……。ただ勉強して、お話して、お菓子食べただけだよ?」
なんにもなかったことを母に伝えると、母は安心したような、少し不安そうな表情を浮かべて「そう」と小さく呟いた。
夕飯を食べ終わって少しした時、私はいつも通りスマホを持ってお風呂に向かった。大好きなアイドルソングを流しながら身体を洗って、鼻歌を歌いながら湯船に浸かった。
ハイテンションでアップテンポの楽しい曲を鼻歌で歌っていると、その曲を遮るように着信音が鳴る。
「誰よ。人がノリノリで歌ってる時に!」
半ギレ状態で画面を見ると、表示されていたのは加藤君の名前だった。
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