第11話 いのちの値段

 下り坂をしばらく歩いた時のこと。


 木陰からオレたちの行く手を塞ぐように現れた人影があった。


 オレはすぐに誰何すいかする。


「誰だっ?」


「ふぁっはっは、ふぁ、ふぁ。この峠で泣く子も黙る女山賊、ドナータ・サッコとは私のことだ。有り金と金目の物はすべて置いてきな」


 また、変なのが出てきたなぁ……女山賊だって? スカーフで顔を覆っているが、確かに女の声だ。しかし、歯並びが悪いのか、空気が漏れてるような笑い声だぞ。


「ナオミ、ドナータ・サッコだって。知ってる?」


「さあ、どなた?」


 ナオミの親父ギャグ的返しにオレは思わず笑ったが、サッコは頭にきたらしい。


「きぃぃぃ」


と、猿のような声を上げると、


「バカにしてっ! お前たち、こいつらを痛い目に遭わせておやりっ!」


と叫ぶ。


 サッコのこの言葉を合図として、


「うっ、ふぉ、ふぉ~い!」


と奇声を上げた賊が前から二人、背後から二人飛び出してきた。


 みんな顔にスカーフを巻いているので素顔がわからない。

 

 普通の人間ならこれで少々ビビるかも知れない。しかし、オレは剣術スキルが中級レベルなのである。


 慌てることはない。


 オレは悠々と腰のブロードソードを抜いた。


 ナオミはふところからショートソードを二本出して、両手で構える。二刀流だ。おいおい、まったく彼女はいつの間にそんな武器まで隠し持っていたのか。


 身体が自然と動く。


 オレは剣を振りかざして、一斉にオレに切りつけてきた山賊の子分どもをあっという間に全員、切り捨てていた。その間、およそ一五秒。


「つ、強いっ!」


 サッコが悲鳴のような声を上げた。


 いや、お前たちが弱すぎるんだ。


 子分四人をあっという間に失ったサッコは明らかに動揺している。


 と、思いきや。


「ふぁっ、ふぁっ、ふぁ、ふぁ、ふぁ」


と、相変わらず空気が漏れているような笑い声を上げた。


「何がおかしい」


「へっ、お前はもう勝った気でいるだろうが、そうはいかのキ×タマよっ!」


などと、女性に似合わぬ下品なセリフを口走る。


「先生、先生~っ! 出番ですよ~っ!」


 サッコが振り向いた方を見ると、木陰から槍を持った男?──いや、女!──が、現れた。


「へっ、この先生にかかれば、お前なんざ即座に槍の錆だぜ。覚悟しな!」


と言ったはなから、背後から女の持つ槍の穂先で胸を貫かれてサッコは声も無く路上に転がった。


「槍の錆にされたのはお前の方だったな」


とオレは言ったものの、さっきまで生きていた人間のこのような姿を見ることは、どうも苦手だ。


 それでも念のため、こいつらが顔に巻いていたスカーフを取ってみると、全員若い──というよりも幼い。首領のサッコでもオレやナオミと同じくらい、部下の四人に至ってはせいぜい元の世界なら中学生くらい──十代前半──ではないだろうか。


 かわいそうなことをしてしまった……。


 オレはさすがに自己嫌悪を感じた。


 たまたまこういう世界に生まれてしまったから、子どものうちから盗みでもしなければ生きていけなかったのだろう。


 銀貨一枚を奪うために簡単に人を殺すとするならば、人一人の命の値段などこの世界では一デナリオ銀貨にも劣るのだ。


 オレはせめてこの子たちを丁寧に葬ってやろうと思った。


 しかし、穴を掘るにもシャベルも何も無い。


 あ、そうだ。


 魔法でなんとかならないか?


 オレは頭の中で直径と深さがそれぞれ二、三メートル(メートルは前世の単位なのだが)はある大きな穴を想像した。


 さすがに瞬時に……というわけにはいかなかったが、二、三分でなんとか思ったような穴が掘れた。


 しかしその間、念を集中させるのが思いの外、大変だった。


 こういうのは、練習したら早くできるようになるのかな。


 横からナオミが口を出してきた。


「え~っ、リン、何をしようとしてるの?」


「こいつらを葬ってやるんだよ」


「え~っ、よしなよ……私らを襲ってきたやつらじゃん。村に着くの遅れるし」


「それでも……死んだら関係ないよ」


と言いながら、オレは死体を運ぼうとした。


 そういえばさっき山賊の頭目サッコをった女性はどこに、と見ると、オレたちから少し離れたところに立ったままで、こちらの出方をうかがっているようにも見える。


 か、かわいい……。


 オレは思わず見とれてしまった。


 横でナオミがオレをチョンチョンと小突こづいた。


「ちょっとぉ、何、見とれてんのよ」


 長い金髪を後ろでくくってポニテ風にしているが、ほどいたら背中の半分位までありそうだ。


 丸顔で太い眉に二重の大きな眼、ぽってりとした唇。はっきりくっきりした顔立ちで、少々あるそばかすも気にならない。


 ナオミとはまた違ったタイプのかわい子ちゃんだ。


「きっ、きみ」


 オレは呼びかけてみた。


「名前は?」


「マリアンヌ・ド・モンターニュ」


 かわいい顔にしては低いハスキーな声だ。


 ナオミがオレの耳元でささやく。


「名前と苗字の間に『ド』が入るのは、隣の国では貴族のしるしなんだよ。身分、高そうだよ、この子」


「何をしてた?」


「旅をしていた」


 かわいい顔をしているが、ぶっきらぼうな答だ。


「どうして山賊の仲間になったのに、サッコを殺した?」


「どうしたもこうしたもない。昨晩、峠で道に迷って困っていたところをこのサッコに助けられた。一宿一飯の恩義に仕事の手伝いを頼まれたのでついてきたが、まさかガチで山賊するとは思わなかった」


「よかったら死体を運ぶのを手伝ってくれないか?」


 さすがにさっきまで生きていた人間は、魔法じゃなく人間の手で運んでやりたい。


「わかった。手伝おう」


 その思いが通じたのか、マリアンヌと名乗った女の子は二つ返事で応じてくれた。


「まったく、仕方ないわねぇ」


 それを見たナオミも、渋々ながら手伝ってくれた。


 穴の中に五人の死体を折り重ねるように置くと、今度は土をかけることを念じた。


 これは一分ほどで、思ったように大きな土饅頭どまんじゅうができた。


 合掌。


 オレは山賊たちを埋めた山に向かって手を合わせた。


「まったく、どこまでお人好しなの? 自分を殺そうとした山賊にここまですることないのに」


と、ナオミは言うが、オレはこの子たちの死体を捨てておくことはできなかった。


 人がこの世界に生まれてくるのは、何か理由があるはずなんだ。


 では、彼女たちは何のために生まれてきたのだろう。


 その問いは自分にも返ってくる。


 いったい、オレは何のためにこの世界にいるのだろう?


 オレを殺した男に復讐をするため?


 転生する──魂は不滅──というのなら、その最初の魂はどうやって生まれてきたのだろうか?


 ダメだ、簡単には答が浮かばない。


 それからオレは初めてマリアンヌに尋ねた。


「これからどうする?」


「さあ……とりあえずこの先、当てはない」


「だったら、オレたちと一緒に来ないか?」


「えっ、いいの?」


 初めて彼女は笑った。最初は無愛想な子だと思ったが、笑うとむしろ愛嬌がある。


「君さえよければ」


「どうせ何も当ては無いから」


 ナオミは面白くなさそうな顔でオレの方をにらんでいた。


  ◇   ◇   ◇


 第一一話まで読んでいただきありがとうございました。


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