第7話、またしても……
「 ふう~…! 食った、食った 」
数日分の食事をしたような気分だ。
調理してしまったものは、捨てるのももったいないし、全て食べた。 おかげで、腹はパンパン。 だが、底なしの胃を持つサバラスは、ケロリとして言った。
「 食後は、やはりマックでシメたいものだね 」
……呆れて、ナニも言う気力が涌かない。
「 今度、こんなマネしたら、タダじゃおかないからな…! 」
キッ、とサバラスを睨みながら言う僕を尻目に、爪楊枝をシーシーさせながらサバラスは答えた。
「 金というもので、モノを交換している文化だとは知らなかったのだ。 随分とアナログな文化なんだねえ~ 」
労働しているからこそ、モノに対する執着や価値観が出来ると言うものだ。 サバラスの自己中心的な思想は、どうやら、金が流通していない文化のせいだろう。
働かなくても食べていける世界……
楽園か、怠惰の極致か…… 労働意力にも、著明に現れる事だろう。
現に、サバラスには、全く『 ヤル気 』がない。
僕は尋ねた。
「 お前らの星では、ナニがステータスなんだ? 」
「 なにが、と言われても困るねえ~… ま、名声かな? 」
「 有名人、って事か? 」
床に横になり、頬杖を突きながら、僕は聞いた。
「 我々の星では、見識ある者が、全てに優遇されるのだ 」
見識ある者=節操がある者、ではない事は、サバラスを見て納得した。 これは、ある意味、僕らの世界でも通用する……
満腹になり、眠気を覚えた僕は、あくびをしながら言った。
「 正直者は、ただの労働力、ってか? 誠意や、優しさ・親切心なんか、何の足しにもならん、ってワケか…… ふぁ~あ… 何か、虚しい文化だな、お前らの世界のは 」
「 君と、我々の文化の違いに対する議論をしたところで、時間のムダと言うものだ 」
……ナマイキ言うじゃねえか。 温風で、縮むクセしやがって。
頬杖を突いたまま、少々、ムッとした僕は、サバラスを睨む。
フッと笑い、サバラスは言った。
「 さ、夕食にするかね? 」
……ボケ老人か、てめえはっ!
アレだけ食っといて、まだ、食い足らんのかっ?
返す言葉も見つからず、呆然としていると、サバラスは言った。
「 あ、すまん、すまん。 オードブルは、さっき食べたところだったね。 しばらく間を置くとしよう 」
「 …… 」
やはり、ヤツの胃は、ブラックホールとつながっているに違いない。
「 では、5・4・3…… 」
? ……おい… 唐突に、ナニをカウントダウンしとる……?
何か、すっげ~イヤな予感がするが… もしかして、ヤルんか?
「 ち、ちょっと待て! ヤルのか? イキナリかよ、お前。 さっき、しばらく間を置くとか… 」
メシの途中で実験を始めるとは、テキトー気分も良い所だ。 そんなんだから、失敗するのだ。
「 3・3・3…… 」
……しかも、止まっとるがな。
上着のポケットから、電子手帳のような端末を出し、画面を見ながら、サバラスは言った。
「 変だな…… あ、10秒前! 」
って、戻るんかいっ! さっきの数秒は、ドコ行った?
「 6・5・4…… 」
おい、ナンで『 6 』からだ! 4秒、足りないじゃないか。 相変わらず、いい加減だなテメー…!
「 まて、サバラス! 今、実験はヤメだ。 実は、偕成商業ってトコにだな… 」
「 ゴオォ~! 」
ゴオォ~、かいっ! ヒトの話しなんざ、聞いちゃいねえってか? しかも、また4秒、ドコ行った?
雪を被った、ヨーロッパの山並み風景らしい写真のカレンダーが目に映った。
壁に貼ってあるらしい。
その下には、辞書やら本が、整然と整頓されたラックがある。
ここは、どこだ……? また、誰かと入れ替わったらしいぞ?
そもそも『 入れ替わり 』は、実験の副産物のはず。 本来、入れ替わりなどはせず、実験は終了の予定なのだ。( 一度も、うまくいったコトは無いが )
という事は、今回もまた、例によって失敗したとみえる。 進歩が無いヤツだ。
「 …… 」
どうやら僕は、勉強机に座っているらしい。
着ている服を確認する。
( 武蔵野 明陵の制服…… )
見慣れた制服だが、スカートを履いている。
( また女子か……! )
くそう。 実に、やり難い。 どうせなら男子の方が良かった。 トイレとか風呂に、不自由する事が無いからだ。
「 …… 」
僕は、右手の感触に気付いた。 妙に、プニョプニョしている……
見ると、彼女( 自分 )の右手は、左胸の膨らみを触っているではないか…!
「 …! …! 」
僕は、動揺した。 かすみの胸だって、触ったコト無いのに……!
ふと、机の上に写真が1枚、置いてあるのに気付いた。 星野や、マサの姿が写っているが、その写真の中央には、僕がいる。
「 ??? 」
その写真は、明らかに僕を被写体として撮られたもののようだ。 ……何で?
写真が置いてある意味。 そして、この右手の位置……
「 …… 」
僕は、この体の人物像を想像した。
星野やマサが写っていると言う事は、鬼龍会の人間だ。 それも、ごく近しい間柄でないと、撮れないようなスナップである。 となると……
次に、この人物が僕の写真を見て、ナニをしていたのかを推察した。
( まま… まさか……? でも…… )
立てて置いてある辞書や本の横に、小さな立て鏡がある。
僕は、そうっと顔を映してみた。
手入れの行き届いた、左に分けたピン留めの髪。
ノンフレームメガネの奥に佇む、涼しげな目。 上品な、口元……
鏡の中には、朝倉 美智子の顔があった。
参った……!
よりによって、朝倉とは。
最初、また星野に入れ替わったのかと思った。 星野であれば、余計な説明は要らないし、男言葉を使う為、会話にも気を使わなくて済む。
だが、朝倉となると、厄介だ。 才女である上に、品位もある。 これは、話す事すらままならないかもしれない。
( ……この右手は…… )
不可思議な位置にある。
彼女( 僕 )の、左胸の膨らみを、揉みしだくように添えられた右手……
朝倉センパイに限って、『 そんな事 』は……!
僕は、どこかのアダルトビデオにありがちな、低俗なタイトルを想像した。
( 有り得ん……! 絶対、そんなコト無い! )
しかし、状況的には、そう思わざるを得ない。
まあ、いやらしく想像するから、いけないのかもしれない。 朝倉だって女性である。 思春期、真っ只中の健全な者であれば、誰だって『 興味 』ある事であろう。 例え、成績優秀・品行方正な才女であっても……
( でも、ちょっとビックリだな。 う~ん…… この手、どうしたものか )
実際、胸ではなく、『 ( ピー ) 』をまさぐっていたら、多分、僕は気絶していた事だろう。 てゆ~か… 入れ替えが、もう少し遅かったらエライ事になっていたかも。 ( これ以上の描写・表記は、小説のカテゴリーから微妙に逸れて行くので、やめ )
「 ……よっ、と 」
動揺し、固まっていた右手を左胸から離す。
声は、確かに朝倉である。( 当たり前 )
「 ほほ~う、人間の女性は、そうやってマッサージをするのかね? 」
のほほ~んと、サバラスが現れた。 またも失敗したにも関らず、反省の色など、皆無のご様子である。
「 ……てェ~んめぇ~っ! よりによって朝倉センパイたぁ、どう言う了見だ! 」
声は品位があり、上品な響きではあるが、口調は、全くもって男言葉。 自分で怒鳴っておいて何だが、朝倉センパイから叱られたような錯覚に陥り、僕は少々、ビビった。
後ろ手に組みながら、サバラスがエラそうに答える。
「 原因が分かっていたら、無益な実験などしないよ、君。 ま、今回の実験で、有効なデータが取れた事だろう。 協力に感謝しとるよ 」
「 感謝はイイから、はよ戻せ! 」
とにかく、早く元に戻りたい。 長居は無用だ。
サバラスが答えた。
「 まあ、そう焦らんでも良いだろう? せっかちだなあ…… ん~~… ところで、このメスは今、ナニをしていたのかね? 」
「 …… 」
答えられない。
てゆ~か、朝倉センパイの名誉の為にも、答えたくない。
もしかして、キサマ… 知ってて聞いてないか……?
サバラスは、サングラスを右手の中指でクイっと上げながら言った。
「 ナニしてたのかなぁ~? 自分で、自分のチチを揉んでいたように推察出来るのう~? んん~~~……? 」
「 ヤラしく言うな! 」
「 コーフンしていたのかなぁ~? 本能を押さえ切れず、欲望のまま、悶えておったのかなぁ~? 」
「 てめえッ、ブッ殺すッ! 」
僕は、それ以上のサバラスの発言を阻止する為、顔面に、思いっきり蹴りを入れた。
「 うきゅっ 」
情けない声を出し、後方へ吹っ飛ぶサバラス。
後頭部を壁に、しこたま打ち付ける。
『 ドゴゴンッ! 』
「 あごほっ…! 」
( ……イカン! こいつをノシてしまったら、元に戻るのが遅れる )
蹴っ飛ばしてから、しまったと思ったが、もう遅い。 ズレたサングラスの縁から見える目は、白目を剥いており、空を掴むように両手は、細かく痙攣していた。
「 おい、起きろっ! サバラス! 」
サバラスの両頬を、平手打ちする。
人間だったら脳挫傷だ。 まあ、コイツの事だから死ぬコトは無いと思うが、それでも多少は、効いたらしい。 プルプル震えながら起き上がると、呟くように言った。
「 ……ブルー 」
「 はぁ? 」
「 ココ 」
そう言うと、いきなりサバラスは、僕( 朝倉 )が履いていた制服のスカートを捲り上げた。
「 ぬが……! 」
声にならない、呻き声を上げる僕。
薄い、ブルーのボーダーパンツ。 腹部のゴム部だけ、白地に英文ロゴが連続して入っていた。
「 やっ、やめんかあああぁ~~~ッ…! 」
気絶しそうな映像に動揺し、僕は、再び渾身の力を込め、サバラスの顔面を蹴り上げた。
サバラスは、完全に意識を失った……
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