第6話、危機回避

「 お前を、たぶらかしたヤツの名を言ってみろ 」

 ……暮れかけた公園。

 西空低く、棚引くように伸びた雲に、夕日が、その残り日を赤く縁取らせている。

 星野は、色彩美をかもし出す夕暮れの空をバックにし、尚もナイフを構えたままの和田に向かって言った。

 そろそろ、僕も登場しておこうか……

 固まったまま座っていたベンチから腰を上げると、余裕の表情を演出し、僕は一席ぶった。

「 …バレてるって事だよ、アンタ 」

 和田が、チラリと僕を見た。

 更に僕は、ハッタリをかます。

「 情報は、どこからか漏れるモンさ…… 」

 腕組みをし、星野と目を合わせ、ニヤリと笑う。 星野もまた、不敵な笑みを、僕に返した。 更に、フカシを入れる僕。

「 アンタ、踊らされてるだけなんじゃないのかな? 」

「 …てめえ、ナマ言ってんじゃねえぞ…! そんな証拠が、どこにあるッ? 」

 和田が、僕を見据えて叫んだ。

( よし、乗って来た……! )

 自分が操られている事を不審に思う事自体、バックに誰かがいる事を示唆している。 この辺り、僕は、微妙な誘導会話を駆使してみたが、かなりの感触を得る事が出来た。 和田の背後には、確実に誰かがいる……! 星野の読みも、当たっているようだ。

( 今度は、フカシを、かすみにも振るか )

 かすみにも『 威厳 』を保ってもらわなくては、後々に困る。

 僕は、カフェオレの缶を持ったまま、完全に固まっているかすみに向かって言った。

「 かすみの情報は、正確だったな…… さすがは、仙道寺の総長さんだ 」

 星野の直感を、僕とかすみで横取りしてしまったカタチとはなったが、まあ、そんな事で怒る性格の星野じゃない。 僕は、星野を見てみたが、星野は、小さくウインクを返して来た。

 振られたかすみだが、ぽか~んとしている。 口を閉じろ、口を……! 威厳どころか、品位も無いわ……!


 一喝して冷静さを取り戻したのか、間を置くと、和田は呟くように言った。

「 フッ… 派手にやり過ぎた、か…… 仙道寺に、バレてるとはな。 迂闊だったぜ 」

 和田はナイフを折りたたみ、ズボンのポケットに入れた。

 星野は、足元にコロがっていたコーヒー缶を拾うと、自販機脇に設置してあった空き缶回収箱に入れた。 和田の方を向き直ると腕組みをし、地面に倒れている3人の男たちを見渡して言った。

「 校外のモンを入れると、結束力に亀裂が生じるものだ。 情報は、どこからか流出する。 完璧だと思っているのは、自分だけさ。 現に、1人は、敵前逃亡していったじゃないか。 情けないねぇ…… 」

 腕組みをしたまま、チラリと和田を見る星野。

 和田は、無言で星野を見つめている。 星野は続けた。

「 お前も、『 雇い主 』から見れば、単なる駒に過ぎん。 どんな報酬を約束されているのかは知らないが、お前も雇い主も、この地区の覇者となる事が最終目的なのだろう? 最終目的が同じの者が、どうして主従の関係になれる? 最後には、お前と雇い主との間で、覇者決定戦が行われるとは思わないのか? …まあ、そう気付いた頃には、雇い主からのワナにハマっているのが定石だがな 」

 半分、脅しのような話しだが、信憑性はある。

 だが、和田はうろたえる様子もなく、答えた。

「 …ま、その推測は、参考までに聞いておくとしよう。 今日は挨拶代わりと思っていたが、お前に乗せられちまったな。 相変わらず、一筋縄ではいかん女だ。 それが確認出来ただけでも良しとするか 」

 足元に倒れていたラッパー君の肩に蹴りを入れながら、和田は言った。

「 いつまで寝てんだ、このボケッ! さっさと起きろ! 」

 …損な役回りの、ラッパー君。 まあ、星野のパンツが見れただけでも良かったね。 僕なんか、『 中身 』も見ちゃったんだよ……?( ヤラしい表現 )


 ラッパー君が、金髪君やヤセ男を起こし、互いに肩を貸しながら、ヨロヨロと公園の入り口へと歩き始めた。 まさに、敗残の兵の歩みである。 連中の背中からは、哀愁すら漂っている……

 和田が、星野の方を振り返り、何か言いた気な表情を見せたが、何も言わず、ラッパー君たちの後を追って公園を出て行った。


 ……危機は、去った……!


「 こっ… こ、コワかったあぁ~~~……! どうなるのかと思ったあぁ~……! 」

 胸を撫で下ろしながら言う、かすみ。

 …まさに、同感。 星野がいなかったら、どうなっていた事か。

 和田たちが去って行った方を見つめながら、星野が呟くように言った。

「 厄介な事に、なりそうだ…… 」

 少々、謎めいた星野の言葉。

 到底、僕には、その真意を窺い知る力量は無いが、想像は出来る。 おそらく、和田のバックにいると思われる人物の事だろう。 星野には、ある程度の推測が出来ているような雰囲気が感じられた。 一体、誰なのだろうか。

 僕は、星野に尋ねてみた。

「 和田を躍らせているヤツ…… 分かってるのかい? 」

 僕を振り返り、星野は答えた。

「 憶測で、そこまでは言えない。 しばらく待ってくれ 」

 苦笑いを含んだその表情に、何かワケありの雰囲気がある。

 ……とかくヤンキーの世界は、奥が深い。 人間関係などは、小学校低学年時代まで遡る事もある。 まあ、いずれ星野が説明してくれる事だろう。 僕らは解散し、各自の家へ帰った。



 家に戻ると、誰もいない。

「 …… 」

 キッチンの食卓の上には、例によってメモ書きが。

『 雄一郎さんと、お食事に行って来ます。 夕飯は、テキトーに食べてね 』


 またか……


 いい加減、中・高生が使うような… この、ピンクのマーカーでメモを書くのをやめんか。

( テキトーって…… )

 冷蔵庫を開ける。

 今度はカボチャではなく、キュウリが1本、置き忘れたかのように鎮座していた。


「 …… 」


 俺は、河童か。

 先日のカボチャの方が、まだマシだ。 キュウリ一本で、食べ盛りの男子高校生が、どうやって飢えを凌げと言うのか。 謎解きのような冷蔵庫内の情景に、僕は、しばらく固まっていた。

( どう考えても、腹を満たせるシチュエーションは、思い付かん……! )

 マジ、嫌がらせか?

 冷蔵庫の扉を閉め、インスタント食品が置いてある食器棚の下を開ける。

「 …… 」

 見事に、何も無い。

 この前は、マツタケのお吸い物があったのに、今日は、それすら無い。 食卓に、出て来た覚えは無いぞ? いつの間に食ったんだ……?

 サイフの中身を確認する。


 103円。


 悲しい……

( もう、フロに入って、寝ちまうか? )

 だが、6時半そこそこで、寝られるワケがない。 ヘタして夜中に目が覚め、寝付けられなくなったら、明日の体調にも響くだろう。 ここは、何としても食糧を調達せねば……

( 2階の自室のジーンズのポケットに、小銭があったはずだ。 せめて、カップラーメンだけでも買って来て食おう )

 僕は、2階に上がった。

 

 ……サバラスがいた……!

 

 僕の部屋の床一杯に、料理を広げて食べている。

「 …… 」

 最近、目が点になったり、呆然・唖然とする機会が、特に増えたような気がするが、目の前の光景が、まさにそれである。


 ホクホクと湯気を立てる白米は勿論、ハンバーグ・ギョーザ・肉団子・煮魚( ブリ:切り身 )に、焼き魚( イワシ:開き )。 きんぴら・ポテサラ・豆腐( 冷奴 )に春巻き・手羽先・コロッケ・エビチリ…… 和洋折衷とは、この事か。


「 ……ナニを… やっとるんだ? オマエは 」

 僕が尋ねると、口の周りに飯粒を付けたサバラスが答えた。

「 やあ、フロは後で構わないよ? ベッドは、ココのを使わせてもらうからお構いなく 」

 ……ダレが、フロを支度せいってか?

 それと今、何気に軽ぅ~く、俺のベッドを使うようなコト、言わなかったか?

 会話キャッチボールがなされないのは、もう諦めた。 好きにしてもらおう。 だが、この膨大な食材の入手先を、僕は、どうしても確認をしたかった。 もし、僕が想像した通りだったら、確実に、ここでキサマは命を落とす事だろう……!

 

「 なあ、サバラス…… ドコから、この食材を持って来た? 」

「 んあ? 下の冷蔵庫からだよ? どうかね、キミも。 遠慮無く、食べてくれたまえ♪ 」


『 ブチッ 』


 何かが、僕の中でキレた。

 そして、この上なく残忍で猟奇的な殺意が、急速に心に芽生えて来た。 今の僕は、倒した相手の墓に、唾を吐く事すらも出来るだろう……!


 机の横に、何気無く立て掛けてある金属バット。( 出た ) おもむろに、それに手が伸びる。 先回、何度となく、サバラスをイカせた『 名器 』である。 今回も、まずはコレで、イカせてもらおうか……


 バットを両手で握り、グリップの感触を確かめる。

 …うむ、イイ感じである。 バックスクリーン、一直線だ。

 更に僕は、鏡の横の壁に引っ掛けてあるドライヤーを手に取った。( ナゼかは、前編参照 )

 右手に、金属バット。 左手にドライヤー……

 あまり小さくすると、潰れてどこかへ行ってしまう恐れがある。 まずは先に、実寸のままで味わってもらおうか……!


 向こう向きに床に座り、手羽先をクチャクチャと食べているサバラス。 その後頭部めがけ、金属バットを持った僕は醜く笑いながら、大きく振り被った。

『 ドゴンッ! 』

 くわえていた手羽先を、ブッと吹き出す、サバラス。

 アタマが、バットの形にヘコんどる。 …ま、構うもんか。 コイツは、頭がちぎれても、また生えて来るのだ。 何せ、頭痛がすると、アタマをちぎって生え変わらせる輩だし。

 サバラスが、ゆら~りと僕を振り返った。 お? 何だ? 辞世の句でも詠むか?

 サバラスが言った。

「 ふう~…  びっくりした♪ 」


 ……そんで終わりかいっ!

 ビミョーに楽しげだな、オマエ。 不死身か? 頭が、変形してんだぞ? ちっとは、痛がらんか。


 コロッケを手に取り、サバラスは言った。

「 食べる? 」

 ……どうやら、オマエには、神経が無いらしいな。 そうか… だから、無神経なんだな。( 意味違うし )

 僕は言った。

「 人ンちの食いモン、勝手にあさりやがって…… お前らの文化には、節操ってモンが無いらしいな 」

 ギョーザを頬張りつつ、サバラスが言う。

「 セッソウとは? …ああ、坊さんの事かね? 誰か、死んだのかね? 」

「 ……ああ… もうすぐな……! 」

 コレはもう、『 あの手 』を使うしかなさそうである。

 僕は、ドライヤーのスイッチを入れた。

 サバラスが、狂喜して言う。

「 やって、やって! それ、やってぇ~! ねええぇ~! 」

 待っとれ。 今、やったるわ。 ……悪く思うなよ?

 ドライヤーの温風を、サバラスに当てる。

「 お… お、おおぉ~~~~~……! 」

 恍惚の表情のサバラス。

 徐々に、縮み始めた。

「 おお~~… おおお~~~……! 」

 悶えつつ、どんどん縮む、サバラス。 約、3センチくらいにまで縮んだ。

 僕は、右手にバットを持つと、床にコロがって悶えているサバラスを、バットの先で狙い定めた。 このまま突き下ろし、バットの先でサバラスを潰す計画である。 残酷ではあるが、怒りで我を忘れた僕には、その行動を止める理性が働かない。 むしろ、かすかに笑いを浮かべてさえいた。 食い物の恨みは、恐ろしい……

「 おお~~~… おお~~~…… 」

 僕の残酷な計画など、知る由も無く、恍惚の表情で悶え続けるサバラス。

『 ドンッ! 』

「 お~… プチっ 」

 わずかな声を残し、サバラスは金属バットの先の下で潰れた。

 

 …ハズだった。

 

 何と、いつの間にか僕の肩に乗っており、しかも、立ちションまでしている……!

「 なッ… ナニしてやがんだ、てめえぇ~ッ! 」

 虫を払うかのように、サバラスを振り払う。

 ビミョーに湿った肩を、慌ててティッシュで拭き、僕は言った。

「 アホな上に、タレ流しかいッ! ち~とは、品位ってモンを考えろテメー! 」

 僕の肩から床へ落ちた、ミニチュアサバラスが答えた。

「 いやあ~失敬、失敬。 2年前から我慢していたものでね。 あまり気持ちが良いので、つい…… 」


 ……今、なんてった?

 じゃ、デッカイ方は3年ごと、ってか? 屁は、かなり濃厚でクサそうだな…… 地球外生命体、恐るべし。

 僕は、金属バットを握りしめたまま、固まっていた。

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