第11話 思い出
桃太郎…
産まれたばかりのお前を目にした時のワシの感動が…
お前に分かるか…?
小さな小さなお前の手が、ワシの指先を握った時の嬉しさが…
お前には分かるだろうか…?
守りたいと思った…
傷付いて欲しくないと思った…
それでも、いつかはワシの方が先に逝く…
いつまでもお前を守る事は出来ない…
だからお前には人一倍厳しくした…
良かれと思って取った行いが、お前を傷付け過ぎた事もある…
あの時のワシの気持ちが…
お前に分かるか…?
お前が初めて言葉を発した時…
側に居れなくて残念じゃった…
お前が初めて二本の足で立って歩いた時…
ワシの方へ歩いて来て欲しいと願いながら手を叩いた…
何度も何度もお前の名前を呼ぶワシを見て、周りの誰もが好好爺だと揶揄った…
守ろうとしか思っていなかった お前が…
初めてワシの目の前で竹刀を構えた時の胸の高鳴りが…
…お前に分かるだろうか…?
…桃太郎…
桃太郎が振るう竹刀に合わせて、おじいさんの竹刀が振られる。
何度も何度も激突し合う、桃太郎の竹刀とおじいさんの竹刀。
竹刀を構築する真竹のぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
鍔迫り合いの際に生じる竹同士が擦れ合う音が、まるで歯軋りのように響いた…。
何度も打ち合い、時に去なされて…
時に転びながらも直ぐに立ち上がり、桃太郎は おじいさんと竹刀の先端を向け合っていた…。
桃太郎
「…まだまだぁ…ッ!!」
おじいさん
「…しつこい孫に育ったもんじゃのぉ…。」
乱れる桃太郎の呼吸…
時間を追う毎に雑になっていく桃太郎の剣技…
おじいさんから言わせれば、いつでも討ち取れる程度の実力…
長引かせる意味も理由も無かった…。
しかし…
桃太郎が放つ闘志が、おじいさんに攻撃の手を止めていた…。
桃太郎の強い眼差しが、おじいさんの心の何処かに突き刺さる…。
「…斬ってはいけない…」
おじいさんの心に語り書ける、誰かの声…。
その声を振り払うように、おじいさんは竹刀を振るった。
今度は おじいさんが攻勢に出る。
おじいさんの攻撃を、ギリギリの所で防ぐ桃太郎。
しかし、桃太郎が おじいさんの攻撃を防げているのは、おじいさんが分かりやすい大振りの攻撃を仕掛けているからだった。
振り上げれば振り下ろされる竹刀。
横に凪いでくれば、返す竹刀で再び凪ぐ…。
至極 読みやすい…。
それでも…
桃太郎にとっては受け止めるだけて精一杯の威力。
おじいさんにとっては手加減している攻撃でも、桃太郎にとっては重た過ぎる攻撃。
それは本来なら、桃太郎程度の実力では立ち向かう事さえ思い付かない、歴然たる力の差だった。
おじいさんが振る竹刀が目の前を通り過ぎる度に経験した事のない戦慄を感じさせる。
しかし戦慄すると共に、その一撃一撃から伝わって来るおじいさんの想い…。
あんなに、旅には出させないと言っておきながら、桃太郎を試すように打ってくる。
あんなに、桃太郎には無理だと言っておきながら、隙が出来た時に打ち込んで来ない。
常に桃太郎の竹刀を狙う おじいさんの攻撃。
…そこから…
桃太郎を手放したくないと願う、おじいさんの寂しさが伝わって来た…。
それでもいつかは行かせなくてはならない事も、おじいさんには分かっている…。
いつまでもは守ってあげられない…。
だから余計に寂しい…。
本当は…いつまででも守ってやりたい…
今にも張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら、おじいさんはまたしても竹刀を振るう。
そんな攻撃を何度も受け止め続けて…
桃太郎の手は、遂に痺れ始めていた。
まるでおじいさんの胸の痛みが、少しずつ伝わって来るように。
その痺れは回を重ねる毎に増していき、そして痛みへと変化する。
竹刀を握る桃太郎の両手が その痛みに耐えられなくなった時…
桃太郎は竹刀ごと、後方へと弾き飛ばされた。
またしても地面に倒れる桃太郎。
しかし今度は直ぐに起き上がる事が出来ない。
片膝を着き、片手も使って身体を支え、何とか顔を起こして おじいさんを視界に捉えていられる桃太郎。
最早、体力の限界…。
それでも桃太郎は、何度 倒されても絶対に竹刀を手放さなかった…。
そんな桃太郎の様子を見ていると…
おじいさんにも、桃太郎の想いが伝わって来るようだった…。
「…変わりたい…」
そう願う桃太郎の心の声…。
その声が聞こえたような気がした時…
おじいさんは初めて桃太郎に隙を見せてしまった。
その隙を見逃さなかった桃太郎。
それは本当に隙なのか?
集中力が乱れたように見えたのは気のせいではないのか?
そんな疑念が一瞬脳裏を掠めたが、それでも千載一遇の好機を逃す訳にはいかなかった。
残された力を掻き集めて、全力の一撃を放つ桃太郎。
しかし…
余りの好機に焦ったのか…
大振りになってしまった桃太郎の攻撃は おじいさんに読まれ、あっさりと避けられてしまった。
桃太郎
「くそ!」
おじいさん
「…桃太郎…お前は…!」
鬼から受けた傷も開き、おじいさんの攻撃を受ける事で急速に削られて行く桃太郎の体力。
桃太郎の背中は丸まり、視線もやや下方へと下がっていた。
いつまでも続くかと思われた二人の攻防…
それは…
意外にも短い時間で決着が着こうとしていた。
いよいよ終わりが近い。
皆がそう思った事だろう。
庭で打ち合う桃太郎達を縁側から見守る おばあさんと夜叉丸と小太郎…。
その眼差しに見守られながら、桃太郎は最後の攻撃のために集中力を高めていた。
おばあさん
『…桃太郎…。
…郷の追放を考えたのは私だが…
…私にも爺さんの気持ちが分からない訳ではない…。
…毎日毎日ケガをして帰ってくるお前の姿を見て…
…「もう止めろ」と何度言いかけた事か…
…無理をしなくても良い…
…変われなくったって良い…
…それでも元気で居てくれれば良いと…
…いつも心の中で叫んでいた…
…いつも…叫んでいたんだよ…
…桃太郎…。』
桃太郎に行って欲しくないと願いながら…
それでも桃太郎の望みが叶って欲しいとも思うから…
おばあさんはその小さな手を握り、小刻みに振るわせながら…
おじいさんに立ち向かう桃太郎の後ろ姿を見守っていた…。
おばあさん
「ほら桃太郎ッ!!!
シャキッと背筋を伸ばして胸を張りなッ!!!
これから旅に出ようって者が、そんなんでどうするッ!!!」
桃太郎の背中を叩いた おばあさんの声。
それは怒った時の おじいさんの声とは種類は違ったけれど…
限界を迎えていた桃太郎を、もう一度 奮い立たせる強い力を持っていた。
おばあさんに言われた通り、背筋を伸ばして胸を張った姿勢で竹刀を構え直した桃太郎。
選んだ構えは【八相】。
左足を前に出し、自分の顔の右側で剣を立てたその構えは…
奇しくも おじいさんが最も得意とする構えだった。
八相の構えを取った桃太郎の姿が、自分の姿と重なって見えてしまった おじいさん。
同じく、桃太郎におじいさんの面影を感じてしまった おばあさん。
桃太郎が二人に錯覚を見せたその気迫は、桃太郎が初めて見せた成長の証で…
おじいさんとおばあさんにとっては大きな誤算であり、二人の心に強い衝撃を走らせた。
おじいさん
「…何故だ桃太郎…。
…何故そこまでして、このワシに歯向かう!?」
呼吸を乱しながら、おじいさんを睨み続ける桃太郎。
その呼吸が僅かに整いを見せた時…
桃太郎はその胸の内をおじいさんに語った…。
桃太郎
「…安心させたいからだ…。」
おじいさん
「…何じゃと…?」
一瞬…
何を言っているのかが分からなかったおじいさん。
困惑するおじいさんの耳に届けられた桃太郎の言葉は…
この後の おじいさんの人生で最も忘れられない物となった。
桃太郎
「今まで…
オイラの事を大切に育ててくれた じい様と ばあ様に…
オイラが成長した姿を見せて…
安心させたいからだよ…」
おじいさん
「…桃太郎…」
桃太郎
「オイラはじいちゃんとばあちゃんのお陰で!
こんなに強くなったって自慢させたいんだッ!!!」
おじいさんとおばあさんは息を飲み、その思考を一瞬停止させる…
まるで走馬灯のように、桃太郎との思い出が、おじいさんの脳裏を駆け巡る…。
その瞬間…
ここぞとばかりに放たれた、桃太郎の会心の一撃。
その一撃を見事に受け止めるおじいさん。
軋む竹刀から伝わってくる、今までで一番強い桃太郎の一撃。
そこに込められた桃太郎の心が…
おじいさんにとっては、何と重たい事か…。
しかしおじいさんはその攻撃を払い除け、桃太郎に反撃を開始した。
ヨロヨロの身体で、それでもおじいさんの攻撃を防ぎ続ける桃太郎。
その攻撃を受ける桃太郎の身体は、まるで千鳥足を踏む酔っぱらいのように、右へ左へと流される。
おじいさんの重た過ぎる剣撃に耐えられる力は、桃太郎には残されていなかった。
おじいさん
『桃太郎! ワシは…お前をッ!!!』
後一撃…
おじいさんがこの一撃を振り下ろせば桃太郎に一本入れられる。
反撃する力を感じさせない。
桃太郎は隙だらけ。
おじいさんは、今なら安全な一撃で終わらせる事が出来ると確信していた…。
勿論、桃太郎は おじいさんがこんな反応をするだなんて思っていなかった。
これは作戦ではない。
しかし…
誘発してしまった おじいさんの甘い攻撃は、桃太郎にとって最大の反撃の好機だった。
振り下ろされた おじいさんの竹刀を、振り上げられた桃太郎の竹刀が襲う。
反撃など想定していなかった おじいさんの竹刀には力は込められておらず…
桃太郎の弱い腕力でさえ弾き返す事が可能な程、その威力は抑えられていた。
竹刀を弾かれて、完全に体制を崩した おじいさん。
今なら、どんな攻撃でも無条件で入れられる。
桃太郎はその最大の好機を逃す事無く、最後の一撃を放った。
…しかし…
既に限界を越えていた桃太郎の竹刀には全く力が込められておらず…
【斬る】と言うより【触れる】ような一撃を、おじいさんの胴体目掛けて打ち込んでいた…。
威力の乗った剣を振るための腰は入っておらず、剣に重さを乗せる前足の踏み込みも浅い…。
そこには、空間を支配してしまうような激しい打撃音さえ鳴り響かず…
竹刀の竹と竹が触れ合った、小さな接触音が聞こえるだけだった。
その一撃を最後に、竹刀を手放して地面に倒れてしまった桃太郎…。
意識は有るようだが、立ち上がる事は最早不可能だった。
逆に おじいさんは力は残っていたが、桃太郎の竹刀が触れた胴体を左手で押さえたまま動かなかった。
両目を瞑り、眉間にシワを寄せるおじいさん。
しかしそれは、決して怒っている訳ではなかった…。
桃太郎が初めて入れた一本の感触を確かめるような おじいさんの手…。
その感触を忘れまいと握り締められた衣服…。
おじいさんが今 感じているこの想いを、何と言い表せば良いだろう?
遂に入れられてしまった一本…
それは…
桃太郎から おじいさんへの、旅立ちの挨拶だった…。
おじいさん
「…良くやった…桃太郎…。」
それまで成り行きを見守っていた おばあさんが、その右手を高々と上げる。
それは…
桃太郎と おじいさんの勝負が着いた合図だった…。
おばあさん
「…一本。 …それまで…。」
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