第5話 守りたいもの…
おじいさん
「郷の者はこれで全員か?
戦えない者達の避難は出来たのか?」
部下
「はい!
これで全員です!
女・子供・年寄りの方々は全員寺子屋に避難しております。
あそこには門番達に引けを取らない屈強な先生達がいらっしゃいますから、万が一攻め込まれたとしても問題無いでしょう!」
郷を守る第一の盾である門の見張り達が何者かに突破された…。
門番達の内の誰かが その非常事態を伝えるために上げた狼煙が郷の全体に緊張を走らせる。
郷が出来てからの この約50年間…
このような騒ぎが起きた事は無かった…。
しかし、戦国の世では平和に暮らしていただけの集落が戦に巻き込まれ、多数の被害者を出したと言う出来事は稀ではない。
今もこの国の何処かで、突如として平穏な暮らしを略奪されて嘆き悲しむ人達が必ず居る…。
今日はそれが、たまたまこの郷であったと言うだけの話…。
…しかし…
桃太郎のおじいさんが、このような事態を予想していなかった訳ではない…。
元々、日本でも名の知れた剣豪であったおじいさん。
数多くの戦場に出向き…
数えきれない程の修羅場を潜り抜け…
幾度と無く命を落とし掛けて来た…
彼には分かっていたのだ…
戦とはどういう物であるのか…
平和を守ろうと願うのなら、どれ程の力が必要になるのか…
どれ程の努力を継続しなくてはならないのか…
それが1人で成し遂げるのが不可能である事も…
全て…
今まで、数々の準備を進めて来たおじいさん。
願わくば、準備したそれを使う事がなければ、それが最善である事も理解していた…。
だがしかし…
世の中とは、そうは上手く行かないもの…
永遠に続くかと思われていた その日常は今 儚くも奪われようとしていた…。
…おじいさんは憂い、また憤慨していた。
長い時間を掛けて築き上げて来たこの郷には、如何なる理由があっても傷1つ付けて欲しくなかったのに…
…それなのに…
突如として招かれざる者達が現れた…
その上…
その者達が侵入して来ても大丈夫だと軽口を叩く若い部下も居る。
噴火する直前の火山のような怒りを秘めていたおじいさんは、気が付けば、その怒りの矛先を若い部下に向けていた。
「万が一攻め込まれても」…
その一言に不満を隠せないおじいさん。
眉間にシワを寄せたおじいさんが、その鋭い目付きで睨み付けると…
若い部下は自分が何をしたのかも理解出来ないまま、申し訳なさそうにおじいさんの側を離れて行った…。
おじいさん
「…全く…
…戦争を知らないのも考え物じゃな…。」
溜め息と共に、上がった狼煙に目を向けるおじいさん。
さて、これからどうするか…?
おじいさんがこれから起こるであろう戦闘に想いを巡らせていると、彼に歩み寄る者が1人…
金時
「よお! 郷長!
随分と不満そうな面持ちじゃねぇか!」
左の腰に真剣を携え、袖の無い動きやすそうな着物に着替えて現れた金時。
その様子からは、本物の戦人と見紛う程の充実した気配が感じ取れ…
不適に笑うその表情からは、そこら辺の大人達よりも頼もしいと感じられるものを見受けられた…
金時
「…安心しろよ郷長ぁ…
俺一人居れば、侵入者なんざ一人残らず返り討ちにしてやるからよぉ!」
実の孫である桃太郎とは比べ物にならない信頼感。
ただ調子に乗っているだけではない。
その口から発した言葉を違う事なく、それを実践し得る実力を持ち合わせている事を感じる。
金時はまだ子供だが…
彼になら戦場を任せても良い!
誰もがそう感じた事だろう。
周りの大人達が歓喜の声援を上げる中…
金時の登場に不満を覚えたのは…
郷長であるおじいさんだけだった…。
おじいさん
「ならん!」
大きな声で金時の参戦に異論を唱えるおじいさん。
誰もが不満を感じた事だろう。
金時さえ居れば、楽に事無きを得る事が出来るはずなのに…。
…しかし…
金時を参戦させない事に落胆した民達に、怒りを覚えたのもまたおじいさんだった。
おじいさん
「貴様らそれでも、この郷の民かッ!!?
金時か例え我らに匹敵する程の力を持っていたとしてもまだ子供。
それを我が身可愛さに戦場に赴かせようだなどど恥を知れッ!!!」
おじいさんの怒号に怖気づく民達…。
その余りの気迫には流石の金時でさえ一歩退いた。
更には、非戦闘員を寺子屋に預けたと自信満々に報告をしていた若い部下を呼び寄せ、静かに説教を始めるおじいさん。
完全に戦意を喪失した顔面蒼白の若い部下は おじいさんの指示に従い、金時を寺子屋まで連れて行こうとするのだった。
金時
「…俺だって戦えるのに…。」
ついつい不満を口に出してしまう金時。
そんな金時の気持ちを察しても おじいさんに逆らえない若い部下は、優しく金時の背中を叩くと、導くように歩き始めた。
部下
「…さあ、行こう。
必ず次があるから…。」
【次】っていつだ?
金時はそう聞き返しそうになったが、その言葉が口から出てくる事はなかった。
それはおじいさんの雄叫びに一歩退いた自分を自覚してしまったから。
あれは長らく実戦から遠退いているおじいさんが見せた気迫の一端。
実際に戦闘になったら、きっとあんな物では済まない。
衰えているはずのおじいさんから感じる、まだ若い自分との圧倒的な差…。
それを感じて…
金時は今は発言するべき時ではない事を悟った…。
だから若い部下に着いて、寺子屋へ向かおうと判断したのだ…。
…しかし…
桜
「あー! 金時ぃ!
こんな所で何してるん?」
そこに…桜まで現れてしまった…。
おじいさん
「桜…。
お前こそこんな場所で何をしている?」
金時のみならず…桜までこんな場所にノコノコと現れる…。
しかも桜の隣には、桜と手を繋いで歩く更に幼い女の子が…。
明らかに先程までよりも機嫌を悪くしたおじいさん。
その鋭い眼光が若い部下を射抜く。
血の気が引きすぎて、凍ったように動けなくなった若い部下。
死を覚悟したのか…
若い部下は両手両膝を地に着き、おじいさんに首を差し出すかの様に項垂れていた。
桜
「それが郷長、緊急事態なんよ!
この娘の妹が行方不明になってもうて…」
その言葉を聞いて更に覚悟を決めた若い部下。
金時一人のみならず、最低でも四人を見落としていた事実。
彼は着物の腹部を全開にしすると、切腹を試みようと刀に手を伸ばした。
そんな若い部下の自殺を焦って止めに入る金時。
思いの外 力があった若い部下を止めるのは、金時の力を持ってしても至難の業だった。
若い部下
「は…離せ!!
離してくれぇ~!!
斯くなる上は…斯くなる上はぁ~ッ!!!」
金時
『こんな力を持ったヤツがまだいたのか!!?』
金時と若い部下の寸劇は続く…
そんなニ人を余所目に、おじいさんと桜のやり取りは続いた…。
郷の反対側は全て確認して来たと言う桜。
しかし何処を探しても女の子の妹は見当たらなかった。
そのこが居るとすれば、残るは一ヶ所…
桜
「郷長…
この娘のお父さん…
見張り台に居る門番さんの一人なんよ…。」
郷の全員に緊張が走る。
忍び寄る侵入者…
行方を眩ませた女の子…
それらが鉢合わせてしまうかも知れない…
おじいさんが守り続けて来た大切な大切な郷の最初の被害者…
それが父を思って会いに行ったかも知れない小さな女の子だったとしたら…
それは…
決して拭い去る事の出来ない悪夢として、郷の歴史に刻まれる事となるだろう…
それだけは…
何としても阻止しなくてはならなかった…。
おじいさん
「いつまでそうしているつもりだッ!!?
立てッ!!!」
若い部下を怒鳴りつけるおじいさん。
その声に怒りは感じても、今度は我が身を案じるような恐怖心はなかった。
勢い良く立ち上がる部下と金時。
2人は背筋を伸ばして姿勢を正し、おじいさんの次の発言に集中した。
おじいさん
「桜はそのまま その娘を寺子屋へと連れていけ!
金時はこの際だ…。
ワシの横に着いて一緒に迷子の娘を探すぞ!」
耳を疑いながらも、同行を認められた事に喜びを隠せない金時。
その表情には猛々しさが戻り、戦闘もあり得る事を理解して筋肉を隆起させていた。
金時
「おうッ!!!」
勇ましい返事。
頼もしい気迫。
しかし、おじいさんは金時を戦わせるつもりで同行を許した訳ではなかった。
おじいさんは、年端の行かない子供にはよく怖がられる。
力になろうとしても近付いて来ない子供も多い…。
助けるべき相手が幼女ならば、歳の近い金時が打ってつけだと判断しただけだった。
…しかし…
おじいさん
『…もしかしたらコヤツも…
ワシと同じ人種だったりしるのかのぉ…?』
おじいさんの胸に広がる一抹の不安…。
しかし今はそれを気のせいだと思い、急いで救助に向かう他無かった。
若い部下
「…あのぉ…私はどうしたら…?」
急ぐおじいさんを引き留める様に不安な声を上げる若い部下。
それに微かな怒りを覚えながら、おじいさんは低い声で回答した。
おじいさん
「…お前も責任を取るために同行しろ…。」
おじいさんの指示に大きな声で「はい!」と返事を返す若い部下。
しかし…
おじいさんは決して部下を許した訳ではなかった。
おじいさん
「迷子の女の子にもしもの事があったなら…
…その時は…
…分かっているな…?」
部下に脅迫まがいの鼓舞を送るおじいさん。
その威圧感に部下は怯え、今度は弱々しい声で「…ひゃい…」とおじいさんに返事を返した。
部下が自分を怖がる様子を見て、少しだけ気が晴れたおじいさん。
他の民達に待機を命じると、おじいさん達は遂に鬼達の元へと歩を進めるのだった。
おじいさん
「行くぞ!」
金時
「おうッ!!」
…その頃…
既に鬼達と交戦中だった桃太郎は、驚くべき光景を目にしていた…。
女の鬼の取り巻きと思われた、他の鬼達の一人…
頭髪が無く、カラスのような印象を受ける目付きの鋭い男…
決して厚着でもない細身のその鬼が その手を一振すると…
何処からともなく連れ出した…
…その子は…
女の子
「…ここ…何処?
…お父さんは…何処に行ったの…?」
桃太郎
「お…前…!!」
女の鬼
「おい【乾闥婆(けんだつば)】!
何を余計な事をしている!?」
乾闥婆
「…黙れ【阿修羅(あしゅら)】…
こんなガキに時間を掛けすぎだ…。
私達の役割を忘れるな…。」
乾闥婆と呼ばれる不気味な男…
桃太郎は彼の事を注視していなかった訳ではない…
阿修羅と呼ばれる女の鬼に殴られた影響で、今でも意識が混濁している訳でもなかった…
それなのに見ていて理解出来なかった、女の子の現れ方…
まるで魔術のように、乾闥婆は女の子をどこからか【取り出した】のだ…
更に桃太郎は、乾闥婆の次の行動にも驚いた…
乾闥婆の爪は決して長くはなかったのに…
彼が女の子の首へ手を添えると…
突然…
中指の爪だけが、鋭利な刃物のように変化した。
乾闥婆
「…人は人質を取られた時に二種類の人種に別れる…。
一つは…異にも介さず向かってくる人種…
…そして、もう一つは…」
…そこから先は聞かずとも理解できた…。
次の瞬間にも始まると思われていた桃太郎と鬼の戦い…。
…しかし…
それは突然の女の子の出現で、呆気なく幕をおろしたのだった…
桃太郎に助けを求めて涙を流す女の子の悲鳴が周囲に轟く…
桃太郎は、上げた拳を振り下ろす事も出来ないまま…
握り締めたその拳を、ただ震わせる事しか出来なかった…。
乾闥婆
「…お前は果たしてどちらの人種かな?
…弱き人の子よ…!」
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