第9話 水華王国と魔女

 水華王朝は、王朝開闢かいびゃく以来四百五十年の歴史を誇る王国である。


 その成立は中世前期まで遡り、前身であるアークナル王国の七代目国王ギアリッツの専横に反発した国民の革命をその端緒としている。


 強国ながら長らく権力を握っていた国王と宦官の精神的腐敗が深刻を極め、堕落した国王や側近に反発した家臣の処刑が横行。

 王宮の懶惰な生活により財政も逼迫した。上に倣って下級官僚の賄賂や私刑が蔓延したことで、当時の国民の反感は頂点に達した。


 子どもを不当に殺害されたある夫婦が核となって結成された反政府団体が王宮になだれ込み、衛兵を蹴散らしてギアリッツ国王を弑逆しいぎゃくしたのはある夏の晩。わずか四時間の出来事だった。


 その後、反政府団体主軸の夫妻であった夫が一時的に僭主となって二十年ほど国を治めた。

 だが、その国内の争乱に乗じた他国の侵攻を受け夫は戦死。革命後の国家再建の途上にあって満足な兵力を有しないその国は滅亡の危機に瀕する。


 その危機を救ったのが、残された妻であった。魔女であった彼女は、その災害級の魔力で敵軍を圧倒。ついには隣国との和平条約を結ぶに至った。


 その功績から国家の女王となった彼女は、国名を水華みつばな王国に改めて統治に専念することになる。

 水華王朝の初代女王となった彼女が、その強大な魔力を振るったのは生涯一度だけであった。


 そのような経緯で誕生した水華王朝の特異な点は、歴代の君主がすべて女王であるということだ。

 初代女王の強力な魔力は必ず娘に受け継がれるという特性を有することがその理由である。


 女王の系譜が魔力を受け継ぐ点、その魔力が単体で一軍を打ち滅ぼす威力を有する点を考慮すれば、国民が女系元首を戴くことを望むのは想像に難くない。


 この水華王国一帯から古くから伝わる神話では、この世界を創世した神々はすべて女神であると考えられている。

 人外の能力を有する魔女が女性に限られているのは、その女神達の力を受け継いでいるからだとされているのだ。

 

 水華王国の揺籃期には神話的な想像力がその根源を支えていたが、さすがに建国から四百年以上を経た現在では国体に変化が生じている。


 ここ数十年の周辺諸国の近代化に後れをとるまいと女系国王という制度は変わらないが、議会を設けて国政運営を任せるという立憲君主制に変容している。

 しかし、近隣諸国にとって水華王朝の脅威とは、結局は世界最強の一人である魔女が元首として君臨していることであるのは変わりない。


 このように国家創設の内的要因、そして外的な評価からしても、水華王朝にとって魔女が特別な存在であると認知されていることが分かる。


 そしてその水華王国の一画、カナシアの片隅に、これもまた魔女の少女が二人の男女を伴って歩いている姿が見えた。

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