AA

 その光景を見るのは、今日初めてではない。

 ビルを囲む野次馬の波は、開府記念式典の祭りから避難してきた人も多分に含まれているだろう。

 だから、屋上から見る光景は、あの時の第四ステージとそう変わりなく。

「あの派手な女の子二人はなんだ!?」

 誰かが叫んだ。

「第四ステージで変なパフォーマンスをしていた娘たちだ! 確か、AAとかいう」

 誰かが返す。

 僕の耳は、彼らの会話を聞いていた。

「ミッコ大統領閣下を、将軍様を守った二人だ! 彼女たちが爆弾に気づいて、将軍様が避難できたんだ! 俺は見ていたぞ!」

 なんだこれは……。おかしいじゃないか。

 シラけたステージの上で踊っていた僕らが、どうして……

「彼女たちは祖国の英雄だ! なんだか知らんが、曲もけっこう良かったぞ!」

「おおッ! そりゃ聞いてみたいもんだ!」

 どうして……

「アンコール!」

 こんな場所で、

「アンコール! アンコール!」

 歓声に包まれている?

 これじゃまるで、本当にアイドルにでもなったような。

 僕らAAのステージを望む声は止まない。

 奇跡でも起きたように、東側市民がアイドルを渇望していた。

 徳川エーコ、彼女はまたしても――

「エーチさん、いいでしょうか?」

「いいも何も……」

 こんなことする必要はない。僕が『小早川エーチ』をやめるにあたり、必要なケジメは付けたはずだ。

 それでも、エーコの『奇跡』に乗ってみたい。この『奇跡』の上、二人で……

「でもさ、ここには音響機材も何も」

 だが、市民の期待に応えようにも、マイクはおろか音楽プレイヤーもない。アカペラで歌って踊るのは、アイドルとしては華がないだろう。曲と曲の合間にバラード系を歌うとかなら、演出として映えるものだろうが。

「……いえ、エーチさん。なんか聞こえてきましたよ。これは……ヴァイオリン?」

 弾むようなヴァイオリンの演奏。このイントロは、僕も知っている。

「『あやしい悪魔』……。ロリポップスの曲じゃないか」

 現状ロリポップスのコピーユニットであるAAも、一応踊ることができる。応えられないリクエストじゃない。

 ヴァイオリンの演奏者が誰だか知らないが、逃げ場は塞がれたということだ。

 言葉は要らなかった。僕とエーコは自然に位置へと付き、リズムに身を任せた。


「あの人きっと私を狙ってる

 悪魔みたいにあやしく

 私を攫おうとしてるんだわ」


 マイクも無いのに、二人のハーモニーはどこまでも届きそうだった。

 踏み固めた雪の上、僕とエーコはパフォーマンスを続ける。

 観客の熱狂ぶりは第四ステージの比じゃなかった。

 僕たちは今、アイドルだった。


「いいわ私

 あなたに付いて行くって決めたもの――!?」


 歌の途中、一瞬だけ突風が吹いた。地吹雪が僕らの視界を覆い、正体を隠す仮面を攫う。

 これはまずい。僕もエーコも正体を晒すわけにはいかない。だからこその仮面。

 C4との戦いで気づかず結び目が緩んでいたのか。――いずれにせよ、このままでは、曲の途中で下がるしかなくなる。

 ……いや、そうはならなかった。

 僕とエーコの手元には、弾丸じみた高速で飛んできた布切れ。

 レースのパンティーだ! これなら顔を隠すのに十分役立つ。

 そこにいるのか、スケパン仮面……!?

 疑問は後だ。とにかく今は曲を最後までやり切ろう。

 地吹雪が晴れ、スケパン仮面に着替えたAAが姿を現す。

 観客は今こそ、僕らに夢中だ。今、この瞬間の、この坂東共和国に、本当の意味でアイドルが誕生した。

 一曲を終えたときには、万雷の拍手が僕らを包んでいた。

 スケパン付けた少女二人を、ケモミミの老若男女が讃えている。

 僕は、エーコの顔を見た。

「……」

 熱に浮かされ、自分のステージをやり切った彼女は、スケパン越しでも分かるくらいに――

「まさか、だよな」

 まさか僕は、顔とネコミミだけじゃなく、徳川エーコ自身のことを好きにでもなったのだろうか。内面も、秘密も、好きなものも、全部含めた彼女の全てが。

「……ったく、いいところだってのに。今日は本当に、千客万来だな」

 そんな僕の思考も、思わぬ人物を目撃したことで中断された。

 今日は本当に変な奴ばかりに出会う。エージェントC4、謎のヴァイオリニスト、スケパン仮面……そして、

「MI3局長、石田三三。あんたまで東側に来ていたかよ」

 群集の中僕らを見つめるあの男は、帽子に隠したヒトミミに底知れぬ謀略を秘めているようだった。

 とにかく、僕とエーコは廃ビルに引っ込む。人気の少ない方角からでも、どこかに逃げなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る