違法ディスコ
そうこうしている内に放課後になった。
東側ネオセキガハラ市内の集合住宅。そこが本任務における僕の拠点だ。例によって爆発物の痕跡を調べながら、仮初のわが家へと戻る。
「……」
爆発物こそ存在しないが、ポストに投函物があった。
使途不明のリモコンスイッチと、カセットテープ。
危険物ではない。というか心当たりがあったので、僕はカセットテープを再生する。
「はじめまして、エージェントA1。私は“ネイキッド”。MI3所属のエージェントではないが、君の味方――いわゆる現地協力員だ」
男とも女とも分からない合成音で、自称現地協力員の“ネイキッド”が喋る。
現地協力員とは読んで字のごとく、弱みを握った政府関係者や反体制派などをこちらの諜報機関が懐柔し、工作活動に協力させている連中のことだ。
「私は君の祖国から、資材の調達や万が一の脱出ルート案内、東側黒社会との連絡、調整など様々なサポートを任されている」
この“ネイキッド”はかなり顔の効く人物のようだ。彼を協力員として使っているあたり、この任務の重要性が理解できる。
“ネイキッド”――正体を察するに、マフィアの首領か何かだろうか。
「初対面の挨拶に代わり、わずかばかりの贈答品を用意した。ボタンを押せ、A1」
僕は言われるがまま、謎のボタンを押す。
「これは……」
赤いボディ。流線型の、最新型。
集合住宅の影から、運転手不在のスポーツカーが走ってきた。
見ての通り、ただのクーペではない。自動運転に各種武装、ニトロスイッチ、自爆装置、通信機、AMラジオ、湿度計、避妊具などを備えた上級エージェント用特殊武装。
スパイクーペである。
車は僕に接近すると、勝手にドアロックを解除した。中にはトランクケースが一つ。
「僕の拳銃と……スパイ七つ道具か」
どこから仕入れたものか。西側で僕が使っていた銃と、スパイ必携の七つ道具がトランクに入っていた。
これでようやく本調子になった気がする。僕は素早く支給品を体の隅々に隠した。
「気に入ってもらえれば幸いだ。なおこのテープは再生後自動的に消滅する」
“ネイキッド”の声がストップすると同時、カセットテープは火花を吹き出し自爆した。
と、
「おお、エーチじゃん。こんなとこに住んでたんだねぇ。つーかそれお前の車?」
一台のバイクが集合住宅前の道路に止まり、ケモミミメットの若い男が声を掛けてきた。
「ヴァルヒコ君じゃないか。何をしてるんだい?」
井伊ヴァルヒコ。たまたま僕と同じクラスになったニホンオオカミミミの変な男。
彼はフェイクレザーのジャンパーなんか着込み、ナウなヤング丸出しだ。学生服のときよりも生き生きしているように見える。
「俺これからディスコ行くとこ。金曜の夜は遊ばねえとな」
「ディスコ」
西側にも同じようなものはあるし、ナウなヤングは毎夜こぞって踊り狂っている。海外産のファンクミュージックや国産アイドルソング、その他アニソンに下ネタ満載のコミックソングまでをミックスして、煌びやかなホールで流すのだ。
一夜限りの出会いと非日常感――こんな時代だからこそ、若者はディスコなど求めるのかもしれない。
「あー……どうすっかな。別にエーチならいいかなあ。ロック過ぎて密告するような奴にゃ見えないし」
ヴァルヒコは僕を誘いあぐねている。ナンパ目的なら一も二もなく偽ネコミミ美少女のこの僕を連れて行っても良さそうなものだが……
「非合法なディスコ?」
「そんなとこ」
僕が問うと、ヴァルヒコはあっさりと認めた。
「警察に金掴ませて、西側の曲流してるんだよ。絶対秘密にするなら紹介するぜ?」
東側で音楽と言ったら、クラシック、伝統音楽、そして国民歌謡とか呼ばれてる軍国主義丸出しのダサ格好いい歌――この三つのジャンルが基本だ。それ以外は当局の厳しい検閲によりご禁制となっている。
アイドルソングは『性を誇張し売り物にする差別的反体制音楽』。まして西側の歌は同じ言葉を使っていながら、ストレートに『敵性音楽』と公称されていた。
とはいえ古今お堅い国家の理想が下界にまで完全に浸透した例はない。
例に漏れず、汚職警官を抱き込んでの非合法文化活動や密造酒の提供は東側の日常だ。
僕は、
「行くよ。大和民国の曲は合衆国じゃ珍しくもなかったけど、この国で聞くのは刺激的で良さそうだ」
アンダーグラウンドな場所に赴くのも情報収集としては有用かもしれない。
ヴァルヒコが“跳び越えた少女”であるという疑いも、わずかながらまだ存在していることだし。
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