小悪党どもの日常
道化師に首輪をつけるのは誰?
グランダの王都は、少し中心を外れれば、西域、特にランゴバルドやミトラ、オールベといった大都市と比較すれば、信じられないような安価で屋敷が手に入る。
戴冠争いに敗れた「燭乱天使」はそういった屋敷を一つ借り切っていた。
溜め込んだ資金は、潤沢であったし、そもそも金銭面から言えば、王都を脅かした黒竜の翼を切断して、追い払ったゴルバに多額の報酬金が出たので、その程度の費用は十分賄えていたのである。
三階建ての屋敷は、広間やゲスト用の寝室などを備え、周りの庭には鬱蒼と木々が生い茂って、中の様子を隠していた。
その一室。
「ただのお披露目にしては、また、やることがいちいち派手ね。」
“聖者“と異名をとる銀級冒険者は、顔を顰めている。
肉感的な肢体を、かっちりとしたスーツに包んで、そう呟いたマヌカの前には、水晶球が置かれている。
ぼんやりと浮かんだ人影は、見るものが見れば、灰命宮の護衛官イザークだとわかるだろう。
声は途切れ途切れで不明瞭だった。
「銀灰が闇姫オルガと目した少女は、別人でした。しかし、踊る道化師を通じてオルガと壊乱帝は、コンタクトを取ったようです。わたしはその場にいることはできませんでしたが、オルガを次の皇帝として立てることを告げ、オルガもそれを了承したと思われます。
それまで期間、オルガの護衛係として、『踊る道化師』が指名され、オルガ自身もその一員となることが決定しました。
これは、『悪夢』の長イーゴールからの情報です。」
「やることなすこと全てハルトくんにしてやられてるじゃないか。」
ソファに深く腰掛けた男が笑った。
顔色は悪くないが、いちいち動くのもだるそうで、あまり健康的には見えない。
人前に出るときには必ず身についていたランドバルト風の襟の高いスーツではなく、バスローブのようなものを羽織っていた。
かつての彼を知るものが見たら、そのあまりの覇気のなさ、人を惹きつけるオーラのようなものが消え失せたこの男を、本当にあのクリュークかと、目をこすったことだろう。
それでも彼は、西域で悪名高いパーティ『燭乱天使』のリーダー、クリュークである。
「笑い事ではない。」
マヌカは怖い顔で言った。
「オルガをその身柄の安全を守る代わりに、『燭乱天使』のリーダーに立てるという計画が潰えた。我らのチームの立て直しは、振り出しに逆戻りだ。」
「焦ることはない。」
クリュークは手をひらひらと振ってみせた。
「イザークはよくやってくれた。これだけの情報をこの速さで手に入れただけでも上等だ。
グランダのバルゴール財務卿にでも売りつけてやってくれ。
彼なら高く買ってくれるだろう。」
「引き続き、壊乱帝の護衛官として勤務せよ。皇太子、第一皇女、中央軍閥以外にももっと馬鹿がいて、壊乱帝を殺して、闇姫の皇位継承を早めたいと思うものがいないとも限らない。」
クリュークは、水晶球の中のイザークに語りかけた。
「徹底的に阻止せよ。現在の八強国体制は今少し続いてもらいたいのだ。」
「お身体はいかがです? クリューク様。」
イザークは心配そうに尋ねた。
「少なくともこのまま滅してしまう心配はなさそうだよ、イザーク。」
少し寂しそうにクリュークは笑ってみせた。
「こうやってはるか、ミトラにいるきみと連絡が取れているわけだから、契約した神々の何柱かは、引き続き、協力をあおげそうだ。
ただ、ヴァルゴールの力を使えなくなったのは痛い。
実に痛いな。
実際のところ、あれ以来、交信すらできないのだ。まさか、滅したということもあるまいに。」
「まさか。」
マヌカがこわばった顔で囁いた。
「まさか、本当に道化師どもに。」
「それはあるまい。」
クリュークは断言した。
「あれたちは、いくら力を持っていようがこの世界の産物だ。
神を殺すということは、この世界の一部を再生不能なまでに破壊することだ。
たとえ、それが可能だとしても、あれたちはそんな無茶は望まないよ。それこそ、ヴァルゴールから仕掛けでもしない限り。」
「そのことで気になる情報があります。」
イザークが言った。
「確定的な証拠固めは何一つできておりませんので、噂話のまた聞きになってしまうのですが。」
「相手は神だ。」
クリュークは肩をすくめた。
「こちらとしては推論するしかない。どんな話かな?」
「12使徒のミランを見かけました。」
クリュークはいやそうに顔を歪めた。
「あのひねくれものを、か。確かに、ミランの活動拠点はミトラだったな。
そういえば少し前に、司祭から使徒は全てランゴバルドに集合するように伝達が出ていたはずだ。
わたしはこの体で、動くことができなかったが。
ミランのことだ。どうせ司祭の呼び方など無視していたのだろう。」
「『踊る道化師』の一人と行動をともにしておりました・・・・というより、仕えているかのようでした。」
「ミランを心服させるものがいるというのか? それは驚きだ。
とにかく人間嫌いだったからな、あいつは。」
思い出したようにクリュークはくすくすと笑った。
「蜘蛛の亜人、使徒ゴウグレと一時仲が良かったのだが、喧嘩別れをした。
理由は、ゴウグレがミランに誕生日のプレゼントを贈ったからだ。
“プレゼントを贈る“という行為が人間らしくて嫌だったとか。」
「そういえば、クリューク、あなたとは結構仲が良かったはずよ。」
マヌカが皮肉な笑いを浮かべた。
「あなたのやることが人間離れしているところが気に入ったとかで。」
「で、誰に仕えているのだ? ミランは。
およそ、『踊る道化師』は残らず、人間離れした奴らばかりだがな!」
「それが・・・」
イザークは言い淀んだ。
「もっとも当たり前の人間に見えるアキルという少女です。
黒い瞳と黒い髪をしていたので、銀灰は、彼女が闇姫オルガだと断じておりました。
ですが、実際には違ったそうです・・・壊乱帝自らがそれを確認しています。」
「何ものなのだ? その女は。」
「それが・・・本人及び踊る道化師どもの話では・・・異世界人だと。」
「ほう・・・・それは珍しい存在ではあるな。」
「神によってこの世界に導かれた『勇者』であると。」
クリュークとマヌカは顔を見合わせた。
異世界人だけでも稀少なのに、千年ぶりの「勇者」を自称するのか。案外とんでもない食わせ物か・・・
「彼女を召喚したのは邪神ヴァルゴールであると。」
どこまでぶち込んでくるのだ!
流石に、与太話だろうと言いかけたマヌカだったが
「・・・・ミランが懐いていると言ったな。」
「はい。」
イザークは頷いた。
「見たところ、いえ、やることも当たり前の人間以外、何者でもありません。
にもかかわらず、ミランはまるでヴァルゴールその人に仕えるがごとき、敬虔な態度で、アキルに仕えています。
まさかとは思いますが、本当にヴァルゴールが招いた勇者だったとすれば、あの態度は頷けます。」
「おまえは、予定通り壊乱帝と共に、銀灰に還れ。」
クリュークは考え込みながらそう告げた。
「どのみち、踊る道化師から目を離すわけにはいかないようだ。一緒にそのアキルとかいう少女も観察させてもらう。」
「かしこまりました。では通信はこれにて。」
球が暗くなり、クリュークとマヌカは、また顔を見合わせた。
「地獄の蓋でも開いたのか?」
「開いたのだろうさ。魔王宮という名のな。」
二人の魔人は、顔を見合わせてため息をついた。
彼らがここで療養生活を送っている間にも世界は動いている。
そこに、割って入る力はないにせよ、観察だけは続けなければならない。
「リヨンは、ダメよ。」
マヌカは言った。
「無理に行かせようとしたら、あの子はここを抜けるわ。間違いなく。」
「冒険者を雇うしかあるまい。」
真面目くさって、クリュークは言った。
「誰を!
相手は『踊る道化師』なのよ?」
「まあ」
クリュークは自分で自分のアイデアが気に入った、とでもいうように、にんまりに笑った。
「依頼を受けてくれるかはともかく、心当たりがないわけではない。」
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