お母さんになった大泥棒

お母さんになった大泥棒 1/5


「ははははははっ! お宝はこの大泥棒、ドロンボー様がいただいたぜぇ!」


 このオレはこの国で一番の大泥棒ドロンボー。


 どんなお宝も盗んじまう、大悪党だ。


 今日は大金持ちの家から、自慢のデッカいダイヤを盗んでやった。


 今は逃げている途中だが、ちょっと追ってくる衛兵どもがしつこくて困っている。


「おおっ! あそこに忍び込みやすそうな、古びた屋敷があるなぁ。あそこに隠れて、少し一休みしよう。ついでにお宝でも、盗んでやろうかな。」


 オレは、隠れるのにちょうど良さそうな屋敷を見つける。


 そして衛兵たちをやり過ごすのに、その屋敷へと忍び込んだのだ。



 ――夜の中、貴族のものだろう大屋敷。


 そこにまんまと、忍び込んだまでは良かったのだが……


「この屋敷、何か変だなぁ?」


 簡単に忍び込めたのは良い。――が、でかい屋敷なのに使用人一人いねえ。


(でも、まあいいや! ここでやり過ごそう。)


 そう思いつつ、生活感はあるのに人の気配のしない屋敷の中を、オレは周っていた。


 するとテーブルに、うまそうな瓶詰めの飲み物が置いてあるのを見つける。


 喉が渇いていたオレは、その飲み物をありがたくいただいた。


「ゴクリっ……」


(ピーチ味でうまいな!)


 そう思ってごくごくと、その飲み物を飲み干した時だった。――急に、叫び声が聞こえてくる。


「ああっ! サーラのおまじないの薬!」


 子供の、女の子の声。


 見れば、明かりの無い部屋の、そのドアの隙間から、人形のような娘が姿を見せている。


 長い髪を伸ばした娘が、暗い中でも輝く青い瞳でオレを見ていたのだ。


(チッ。人がいたのか。まあでも、子供一人か? どうってこたぁないか?)


 これ以上叫ばれないように、オレは怖い顔をして、その娘をにらみつけた……


 が、娘は御構い無しに、泣き叫んで言った!


「うわ〜んっ!

 親切な黒いフードのおばあちゃんがくれた変身の薬を、おじさんが飲んじゃったぁ!」


(黒いフードのおばあちゃん? ……って、そりゃあ魔女だろ! なんだよ、変身の薬って!? 何に変身するんだよ!?)


 オレは、手に握った瓶を見る。


 さっき自分が飲んでしまった、空の瓶だ。


(ああっ、もう全部飲んじまったよ!

 だって、喉渇いていたからなぁ……)


 そんな風に思いつつその瓶を見ていたら、オレの体にとんでもないことが起こる!


 まず胸が、ボンッと膨らんだ!


(デカい! まるで、女じゃねーか!?

 ――あれ? オレのお宝が? 男の勲章が! 金の玉が! う、嘘だろお!?)


 オレは慌てて、青い目の娘に質問する。


「あなた、私が飲んだのは何に変身する薬なのです?」


(な、なんだぁ!? オレの声や話し方まで、なんか女みたいになってるぅ!?)


「サーラね! お母さんになれるように、毎日髪の毛入れてお願いしたの! 優しいお母さんになれるおまじない、毎日毎日やったの!」


 それが娘の答えだった。


(か、髪の毛!? ――の、呪いだ! おまじないなんて甘いもんじゃねえ!

 とんでもないもん、飲んじまった!)


「ねえ? おじさんはお薬飲んだから、お母さんになったの? サーラのお母さんになったの?」


「はっ?」


「おじさん、お母さんになる薬飲んじゃったよね?

 じゃあ、サーラのお母さん?」


「何言っているのかしら、あなたは!?

 確かに私は薬を飲んで、女の体になってしまったようだけど、あなたのお母さんじゃないわよ!?

 血も繋がっていないのだし! お母さんなんて人間は、この世にいないのですから!」


(だって、そうだろう!? オレの体は女になったみたいだが、お母さんになったわけじゃねえ!)


 そんなオレの言葉を無視して、娘はオレに抱きついてくる!


「うわーん! サーラ、お母さんになりたかったけど、ほんとはお母さんが欲しかったの!

 お母さん、お母さん、お母さん! お母さんは、サーラのお母さんなんだね!」


「ふ、ふざけるんじゃありません! 私は大泥棒ドロンボー! なんであなたのお母さんなのよ!?」


「お母さ〜ん!」


(あ、この娘、聞いてない……)


 泣きついてくる娘をなんとかなだめようと、オレは娘を抱きしめる。


「なっ、泣くんじゃありません!

 ――いいでしょう! どうせ今夜はこの屋敷に隠れるつもりでしたから、一晩はいてあげます。

 だいたいこんな遅い時間、子供は寝る時間でしょう! さあ、寝ましょう、寝ましょうよ。」


「わーい! 一緒に寝よう、お母さん!」


 しょうがなく、オレはとりあえず娘を寝かしつけることにした。


 娘を部屋の中に戻し、そこにあるベッドの中に一緒に入る。


(――オレ、元の体に戻れんのかな?)


 不安を抱えたままだったが、とにかくオレは休むことにしたのだ。


(黒いフードのババァ……呪いの薬を娘に渡した魔女を見つけて、なんとかせねば!)




 ベッドの中で娘を寝かしつけながら、オレは呟く……


「子供の寝顔ってのは、可愛いものですねぇ。」


 オレは大泥棒だ。――盗みはやるが、殺しはやらねえし、寝ている子は起こさねえ。


 忍びこんだ屋敷のどこのガキを見ても、ほんとに子供の寝顔ってのは可愛いもんだ。


 大悪党のオレではあるが、子供の寝顔は好きだったのだ……


(しかしこの娘、こんな屋敷にどうして一人で?)


 そんな疑問が浮かんだが、今日はさすがのオレも疲れていたらしい。


 オレは娘の寝顔を見ている内に、うとうととして……そのまま眠ってしまったのだ。

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