第11話 リーベにとってテール

「リーベさんにとってテール君はどんな存在ですか?」


「それは……」

 私はフィシの問いに対して、すぐに答えようとしたが、寸前で言葉が出ずに詰まってしまった。


「……………………」

 普通に喋ろうとしても声が出てこない。自分の喉を疑ったが、喉は枯れていないというわけではない。ただ、フィシが普段見せようとしない、このプレッシャーに圧倒されていたのかもしれない。


「一緒にいると楽しい人ですか? それとも友達ですか? それとも監視役としての監視対象ですか?」

 監視対象。その言葉を聞いて、胸の中で痛みが走るような異変があった。何か釈然としない。何か違和感がある。そんな状態が留めていた。

 そんな私を観察するようにフィシはジッと見ていた。何かを探っているような様子、何かを伝えようとしている姿がそこにはあった。真剣な眼差しのまま、続けて話した。


「……確かにテール君は、僕たちとは違います。テール君は僕たち人間ではなく、魔人族です」

「……うん」

「……ですが、リーベさんは今までギルドからの監視役として、その魔人族を見ていましたか?」

「…………」

 そう、テールは人間ではなく魔人族だ。私たちと違って、出生や住んで来た環境が違い、人間にはない小さな角が二本ある。あの時、ギルドに命じられて私は監視役として全うしようとしていた。

 はじめて会った時だって、私は魔人族として見ていた。それは私が冒険者で、あの教会にいたのは紛れもない魔物だった。

 冒険者は魔物を討伐して生計を立てる——。

 冒険者なら全員が持っている考えで日夜、奮闘している。その中で大金を稼ぐ者、装備を強化する者、夢破れた者、命を落とした者だっている。


 そして古郷を奪われた人だっている——。


 私は監視役だ。ギルドから命じられた特別業務の一つにしか過ぎない。魔物だって、魔人族だって数えきれないほど倒してきた。

 魔物を討伐したことで私の生活が成り立っている。


『そのガキ、魔族だろ』

 そうだ。テールは魔族だ。街の商店街でバリューに言われた言葉が頭を過る。その言葉に偽りはない。紛れもない事実だ。生まれ持った種族は変えることは出来ない。だからテールは今後も人間ではなく魔人族として生きていくということになる。


(それでも私は……)

 私は目を閉じて、視界を暗くする。

 ゆっくりと息を吸って、吐いて、呼吸を整える。


 私はテールと一緒に暮らして来た日々を今度はゆっくりと想い出す。


 教会ではじめてテールに会った日。

 家に、はじめてテールを向かい入れた日。

 テールと一緒に街へ出かけた日。

 テールと一緒に過ごしてきた日々を少しずつ巡っていた。しかしさっきと違って温かみがあり、それぞれの情景に感情を掘り起こしながら見れていた。


(テールと一緒にお手伝いしたの楽しかったなぁ、商店街でお買い物もしたっけ、あの子が食べてみたいって言ったものとか積極的に入れるようにしたな~そういえばアリスに家事も教えてもらった時もあったっけ……)

 いつの時もテールと暮らしていた生活は今までと違って刺激があって楽しかった。

 一人で生活してきた時よりも笑顔に溢れた生活がそこにあった。


(………………………あぁ、楽しかったな)

 自然の胸のあたりが少しずつ温かくなっていった。


(……ふふっ、なんだ簡単なことだったんだね)

 私は微笑みながらも頬に一粒の涙が流れていた。でも号泣した時と違ってどこか自然と気分を落ち着かせることの出来るものだった。


「………は、……………す」

「え……?」

 今なら言える。自信を持って。私は、今度は少し云おうとして話そうとするが言葉を発する寸前で舌を噛んでしまい、痛みと共に沿うようにして顔を下にしてしまう。みんなが「大丈夫ですか……?」という気遣ってくれる声も聞こえたが、そんな声も撥ね退けて前を向いて、手に力を少し込めて声を載せて言う。


「テールは、私の家族です」

 そう言った途端に私の内に秘める何かが力が籠った気がした。炎というか、灯というか、光を発するようなものが宿った感じがした。

 力が湧いてくる——。

 気が付くとフィシも安心したような表情を浮かべていた。すぐ後ろの方で、静かにグリュとスミレさんも喜んでいた所も見えた。その光景にクスッと笑ってしまい、ずっと手に持っていたシチューをやっと口にする。


 次の日の朝。日が差し込んで来た辺りから目を覚ました。

 体の調子も戻り、グリュが用意してくれた朝食を取って、着替えをした。武器、防具を整え、装備する。十分に馴染んだ私の冒険者の格好は今日ばかりはいつもより光っているように見えた。

 部屋から出ようとドアに手を伸ばす。ドアノブに手が触れた寸前、ビクッと手が離れてしまう。少し震えているようにも見えた。

 緊張しているのか、僅かにだが胸がしめつけられる思いがした。


(大丈夫……)

 私は自分に願掛けをかけるように、言い聞かせる。

 もう迷いは――。

 私は何かの答えを見つけたように気を引き締めて、ドアの方を見る。


「……みんな」

 ドアを開けた先にはアリスたちが待っていた。少し不安そうな顔をしていたことから、心配してここまで来たのかもしれない。


「……あれ? さっきまで何か行き詰ってた?」

「いや!? そんなことないよ! アリス!」

 家事を教えてもらった件からアリスは私の心でも読んでいるかのような勘が鋭さがあった。実際、さっきまで緊張に駆られていたことを見透かされている。


「本当ですか~?」

「……ほ、本当よ」

 アリスは私の言ったことを信じてないのか、顔を近づけて来て私の表情を伺い始めた。


「……あ」

 私はアリスから詰められている途中にコハクがこちらに近づいて来ているところを目にした。

「コハク……」

「……!」ジー

 コハクはしばらく私を見つめた後、気合いを見せつけるように私に小さいガッツポーズを取った。


「コハク、いいねぇ~頼りにしてるよ!」

「……!」コクン

 コハクは大きく頷き、笑顔を見せた。この眩しさがコハクの強みなのかもしれないとその時思った。


「……リーベさん」

「フィシ……!」

 軽い足取りでフィシの側まで行った。

 フィシには昨日お世話になった。だから改めて、お礼を言おうと思ってフィシの方を見る。


「フィシ……その……昨日はありがとね。おかげで色々助かったよ」

「あ、いえ、そんな、自分は何も……」

 そう言うと、フィシは少し照れくさそうにしたのか、顔をこっちに向けず隠した。フィシとしても自分らしくない姿を演じたことに恥ずかしかったかもしれない。それでもこうやって気づかせてくれる人がいて良いと思った。


「あの、私の彼氏なんですけど?」

 妙に『私の彼氏』の部分を強調してアリスが割って入ってきて言った。


「ア、アリス……! これは違くて……」

「ふ~ん?」

「あの、アリス……?」

「もうリーベさんには家事教えてあげない」

「え……?」

 本格的にアリスの機嫌を損ねてしまったことに焦り、何とか誤解を解こうとあれこれとアリスに言ったが、アリスは不機嫌なままだった。


「……元気、出たみたいで良かった」

「そうだね~」

 その様子を見てルナとグリュは微笑みながら眺めていた。

「おっと、そうだった」

 そう言って、ルナは一つ拍手をして自分に注目させた。


「……えぇと、これからテール君を救出しに行くわけだけど……フィシ、何か預かっているものあるんじゃなかったっけ?」

「あぁ、はい、リーベさん、スミレさんからこれを渡して欲しいって……」

 フィシはそう言うとローブの中から黄色の便箋らしきものを出して私に渡した。後ろから独特の明け口があることと、ギルド用の少しオシャレな切手があるからしてこれは手紙だとわかった。

 私はその手紙を開けて中にあった長文の綴ってある紙を取り出し、黙読を始める。


「……なるほどね」

 私は意味深に一言言い、手紙を折りたたんだ。

「リーベさん、一体……」

 アリスはそう言うと、私は静かに瞬きをしてため息をついた。

 手紙の内容について話すことにした。


「……ギルド長からの手紙だった」

 コハク以外の一同が「えぇ!?」と驚きの声を上げて、驚いた顔をしていた。

「内容は……」


 ——謹啓。

 此度はこのような形で冒険者リーベ・ワシントンと魔人族ソリ・テールに手を煩わらせたことをここにギルド長、ゴート・グランドとして謝罪を表明する。

 大規模パーティである『貪欲の宝玉』と冒険者リーベ・ワシントンと魔人族ソリ・テールの騒動についてギルドからは認知していたが、『貪欲の宝玉』と上の決定によるこの街のギルドの買収によって対処が出来ない状況にあった。

 上からの指令では、このギルドが買収された後の権利は『貪欲の宝玉』を輩出させた街のギルド長に付与される。あの街は人民が少ない上でこちらの街の人々を過酷な強制労働の資源として扱い、自国を発展させることが目的だ。

 このような立場として失礼のことを承知で申し上げる。この街の人々と安寧の為、『貪欲の宝玉』を討ち、ギルド買収の破棄を願いたい。ギルド、そしてギルド長であるゴート・グランデ共々、よろしく頼み申し上げる。

 敬白。


「……」

 私がギルドの手紙を読み上げると、アリスたちは唖然と表情となってその場で静まり返った。


「……なにこれ」

 ルナが口にした。アリスにとって信じられないことだったのだろうか、両手を口に当てて驚いた顔をしていた。


「……う~ん」


「ギルドはリーベさんたちのこと知ってて、こんなことをやったんですか!」

 アリスがギルドが取った行動について、感情に身を任せて訴えかけるように大きな声を出した。


「…………う~ん」


「ギルドの買収ですか……」

 フィシはこの街のギルドが買収されるという事実に絶句に満ちたような表情をしていた。


「………………う~ん」


「う~んだけじゃなくてリーベさんも何か言ったらどうですか!」

 と、私はアリスに言われてしまった。


「いや、今回はこんな感じで来たんだなって」

「え?」

 私の発言に対して、みんなが私に注目した。


(あ、そっかみんな知らなかったんだっけ?)

 私は、今までギルドから無理難題と言われるような依頼を受けさせられていたことについてアリスたちに話した。ギルドから敢えて、難易度の高いクエストを受けさせられていたこと。寝ている時に召集を突然招集をかけられたこと。深夜に音も立てずにこの街を守り切れという無茶振りに近いものもさせられていたことについて話した。


「なんで今までそんなこと黙ってたんですか!!」

 一通り話した後、私はアリスに怒号を浴び去られるように怒られてしまった。

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