第46話 ペンネグラタン
「依織、これからイルカのショーがあるみたいだけど見に行く?」
「はい、見にいきたいです」
「それじゃあ向かおうか」
館内放送でイルカショーのアナウンスが流れたので、屋外の会場へと向かおうとするが、その時、依織が俺の手を引いた。
「あ……」
俺の手を通して依織の手の体温と柔らかさが伝わってくる。
「いきましょう」
「うん」
俺たちはそのまま手を繋いで、イルカショーの会場へと向かうが、俺の心臓は、振り切れるんじゃないかと思うほどに速く脈打ち、頭の中が真っ白になる。
「睦月さん、あそこが空いていますよ」
「あ、うん」
依織に導かれて、空いているシートに腰掛ける。
「空いていて良かったですね」
「うん」
シートに腰掛けたけど、手は繋いだままだ。
緊張のあまり手に汗をかいている気がする。
依織に変な風に思われてないだろうか。大丈夫なのか?
小学生の時も女の子と手を繋ぐ機会はなかったので、女と手を繋ぐのは幼稚園以来、ほぼ十年ぶりだ。が、もちろんその時手の感触の記憶なんかあるはずもないし、あったとしても、依織と比べることなんかできるはずもない。
「睦月さん、ショーが始まりますよ」
「うん」
座ってまもなく、イルカのショーが始まったが、目の前をイルカが飛んだり跳ねたりしているのはわかるが、正直、それどころじゃない。
ずっと繋いでいる手が気になってしまい、イルカはただの流れる風景でしかない。
「睦月さん、イルカさんすごいですね」
「うん」
「くす玉割りましたよ」
「うん」
「イルカさんかしこいですね」
「うん」
「あ〜次で最後だそうです」
「うん」
「睦月さん楽しかったですね」
「うん」
「それじゃあ、中に戻りましょうか」
「うん」
あ……イルカショー終わったんだ。たぶんすごかったんだろうな。うん、依織も喜んでるみたいだしよかったんだ。うん。そういえばイルカクルクル回ってたな。うん。
依織の手が柔らかい。女の子の手ってこんなに柔らかいのか? いや依織の手が特別なのか?
「睦月さん、よかったらそろそろランチにしませんか?」
「うん」
「この水族館にカフェがあったはずなので、そこでもいいですか? たぶん今もあると思うんです」
「うん」
ランチか。もうそんな時間なんだ。依織と一緒にいると時間の感覚がなくなってしまう。たしかに少しお腹が減ってきたような気もする。
手を繋いだまま、ランチへと向かうが、大きな水槽の脇にテーブルが並んでいて魚を見ながらご飯が食べられるようだ。
水族館でのランチだから簡易なフードコート的なところかと思ったら全く違う。
完全におしゃれスポットだ。
空いている席に座るタイミングでようやく依織が繋いでいた手を離した。
さっきまでずっとドキドキしていたのに、手を離してしまうともっと繋いでいたかったような変な感覚が襲ってくる。
「睦月さん、どれにしますか?」
そう言って依織が俺にメニューを見せてくれる。
水族館のおしゃれスポットだけあってどれも結構いい値段をしている。
「そうだな〜。じゃあこのランチプレートで」
「あ〜おいしそうですね。わたしはこのペンネグラタンにします」
俺はメニューの中では比較的リーズナブルなランチプレートを頼むことにした。
二人でオーダーを済ませて、大水槽を眺めるが、これだけ間近で見ると大迫力だ。水槽の中には小型のサメが悠々と泳いでいる。
「なんか、ここでランチってすごいな」
「本当ですね。ずっと見てると水の中に引き込まれてしまいそうです」
しばらく二人で眺めていると料理が運ばれてきた。
「あっ、2つともこっちでお願いします」
なぜか依織がお店の人に二品とも、依織の方に置くようにお願いしている。
「依織、それ俺のランチプレート」
「わかっています。ちょっと待ってくださいね」
そういうとランチプレートのチキンソテーを手際よく切り分けて、こちらへと差し出してきた。
値段ばかり気にしてよくメニューの写真を確認していなかったが、どうやら片手では食べるのが難しい料理が含まれていたようだ。
「はいどうぞ。あ〜ん」
昨日も、俺の手を気遣ってやってくれたけど、ここでか。
もちろんお昼時なので他のお客さんもいる。
うれしいけど、かなり恥ずかしい。
「どうかしましたか?」
怪訝そうな顔で依織が聞いてくる。そんな顔で料理を差し出されたら食べないわけにはいかない。
「いや、なんでもない。あ〜ん」
うん、おいしい。恥ずかしくて顔が熱い。
「それじゃあ、こちらも食べてみてください。熱いので気をつけてくださいね」
そう言って今度はペンネグラタンをスプーンで取り分けてくれた。
「あ〜ん。熱いけどおいしい。依織も冷めないうちに食べてよ」
「はい、じゃあいただきます。うん、おいしいです」
依織は、何事もないように俺が使ったスプーンでグラタンをすくって口に運んだ。
依織、そ、それって、間接キスというものでは……
「それじゃあ、今度は睦月さんに。あ〜ん」
「う……あ〜ん」
依織は全く気にする様子もなく俺の口へと運んでくれる。
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