第45話 クリオネと天使

「睦月さん、これで助けられるのは二回目ですね」

「え、覚えてるの?」

「いえ、看護師さんから話を聞いていたのと、さっきのでこんな感じで助けてくれたんだなって思ったんです」

「あ、ああ、そうか。そうなんだ」

一瞬今ので記憶が戻ったのかと期待したが、そういうわけではないみたいだ。

「わたし、ドジなのかもしれません。二回も男の子に……」

「いや、依織はなにも悪くない。悪いのは騒いでた小学生だし、本当に運が悪かっただけだよ」

「はい。でも、わたしは運が悪いんじゃないと思います。だって睦月さんに助けてもらったから」

さっきまで抱き抱えていたせいで心臓がバクバクいっていたのに、依織の幸せそうな笑みとセリフに完全に撃ち抜かれてしまった。

ううっ。

反則的にかわいい。さっきは水の精霊をイメージしたが、これはもう完全に天使だ。

それ以外の形容する言葉が思いつかない。

「たまたまだよ。たまたま」

「たまたまですか? じゃあやっぱりわたしは運が良かったんです」

「あ、周りの邪魔になるから、先に進もうか」

「はい」

依織のセリフの威力に耐えきれずに、邪魔になるほどの人がいるわけでもないのに先に進むよう促してしまった。

気を取り直して水槽の魚を見るが、先程の依織の感触が腕に残っていて、全く魚のことが頭に入ってこない。

「睦月さん、あのお魚さんかわいいと思いませんか?」

「どの魚?」

「あれです、あれ。あのアザラシみたいな丸いお魚です」

「え……本当にアザラシじゃないか? いやでも魚だな」

「はい、あんなお魚初めて見ました」

依織に言われて水槽を見ると、本当にアザラシみたいな顔の魚がゆっくりと泳いでいる。

丸い感じも、正面から見た顔、そして色までアザラシみたいだ。

「かわいい……のか?」

「はい、すごくかわいいです」

たしかにかわいいというか愛嬌のある魚だ。

魚の写真と名前がのっている案内板をみる。

「コクテンフグ。この魚フグなんだ。しかも肉にも猛毒があるんだって。英名で犬顔のフグか。依織、犬に見える?」

「う〜ん、色が違えば見えないこともない気もします。だけどこの色だとゴマフアザラシの赤ちゃんにしか見えません」

「依織もこの魚を見るのは初めてなの?」

「はい。いろんな魚がいるものですね。家にこの子がいたら癒されますね」

「依織、うちで飼うのはぜった無理だぞ。水槽もないし、そもそもこれ以上荷物を置くスペースは全くないから」

「わかっています。言ってみただけです。ふふっ」

冗談ならいいけど、依織と俺の荷物で部屋に水槽を置くスペースなど一切ない。

それにたまに見るにはいいけど、ずっとこの魚が居ると思うと、逆に見られているような気がして休まらないような気がする。

「睦月さん、クリオネがいます。かわいいですね」

「これがクリオネか。俺実物を見るのは初めてだ。結構小さいな〜」

「流氷の天使ですから」

「天使? テレビで見たことあるけど、肉食で結構凶暴だった気がするんだけど」

「睦月さん。クリオネは小さな天使なんです。夢を奪うようなことは言ってはダメですよ」

「ごめん」

たしかにデリカシーが欠けていたかもしれない。

だけど目の前にいる本物の天使に比べると天使と呼ぶのは、はばかられる気がする。

ここまで見ていて気がついたが、依織は基本かわいい魚の前で止まる。

かわいい魚を見ている依織は本当にうれしそうな顔で見ているので、その横顔を見ているとこちらまでうれしくなってくる。



あとがき

久々の更新です

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