Thinking over

増田朋美

Thinking over

暖かくて、もう寒さなんてどこかに行ってしまったような、そんな日だった。もう春に季節は確実に変わっている。そんな時期だった。まだ桜は咲かないけど、それも、さほど遠くないかなと思われる日だった。

杉ちゃんとジョチさんが、買い物にでかけるため、富士駅で、電車を降りたところ、近くのホームに、女性が一人立っていた。どうも電車に乗ろうという雰囲気には見えない。

「まもなく、六番線を貨物列車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。」

と、駅のアナウンスがなった。それと同時に、その女性は、電車に向かって、飛び込もうと身構えた。

「おーいこら!ちょっと待ち給え!」

と、杉ちゃんがでかい声をあげると、女性は、右に振り向いた。

「そう。図星図星、お前さんだよ。早まった真似はしないほうがいいんじゃないの?」

女性が振り向くと同時に、貨物列車は、唸り声をあげて走っていってしまった。

「何をするんですか!せっかく楽になれると思ったのに!」

そういう女性に、

「自殺なんかして、誰も楽になんかならないさ。ご家族は悲しむだろうし、誰も幸せにはしないよ。」

と、杉ちゃんが言うと、女性は、ホームに座り込んで、わーっと泣き始めた。ジョチさんが彼女に近づいて、一枚の手ぬぐいを彼女に渡した。でも、その手ぬぐいは、自殺の道具になりそうな大きさではなかった。

「本当にね。自殺したいほど追い詰められていたのはわかるけどさ、でも、実行してしまうのはやめような。」

杉ちゃんが、そう言うと、

「男の人には何がわかるっていうんですか!なんで私が楽になろうとすると、こうして邪魔するんです!」

と、彼女は言った。

「だけど、自殺というのは絶対に行けないな。自殺はしては行けないという宗教もあるぜ。」

杉ちゃんは、腕組みをしていった。

「少なくとも、邪魔という言い方はしないでもらいたいな。」

「わかりました。男の人にはわからないと言うんだったら、女性に聞いてもらいましょう。少なくとも、世界の半分は女ですから、女性を見つけるのは、簡単なことです。今、タクシー手配しますから、お待ち下さい。」

と、ジョチさんが、スマートフォンを出しながら、そういうことを言った。杉ちゃんは、

「よし、なにか食べさせてやれるところに行ってくれよ。だいたいな、悪事に走るやつは、だいたい腹が減っているんだよ。」

と、でかい声で言った。

「じゃあ、いきましょうかね。さ、立ってくれ。そして、タクシー乗り場まで行くんだよ。僕、歩けないから、悪いけど、エレベーターのボタンを押してね。」

と、杉ちゃんは、彼女の肩を叩いて、彼女を立たせた。そして、着いてこいと言って、エレベーターに向かって、車椅子で移動し始める。ジョチさんに促されて、女性は、あるき出した。確かに、車椅子の人が、エレベーターを操作するのは難しいので、彼女が、エレベーターのボタンを長押ししなければならなかった。三人はちゃんとエレベーターに乗って、改札階に行き、切符を駅員に渡して、改札口を出た。

「それで、お前さんの名前なんて言うの?」

と、杉ちゃんは彼女に聞くと、

「はい、小田島美香といいます。」

と、彼女は答えた。

「ああ、小田島美香さんね。じゃあ、ここに止まっている障害者用のタクシーに乗ってください。」

と、杉ちゃんは目の前にある、ワンボックスカーを顎で示した。ジョチさんが、呼び出してくれたものだ。運転手に促されて、杉ちゃんとジョチさんはそれに乗り込む。美香さんは、ためらっているが、杉ちゃんにおい、乗れと言われて、仕方なく乗り込んだ。

「大丈夫ですよ。駅から、目的地は近いですから、すぐにラーメンにありつけます。」

とジョチさんが、にこやかに笑ってそういった。

「この近くにラーメン屋さんがあるんですか?」

と、美香さんが言うと、

「まあ、そのうちに着くよ。」

と、杉ちゃんがカラカラと笑った。確かに、数分で、目的地には着いた。イシュメールラーメンと書かれた、小さな店だった。店に入ると、

「はい、いらっしゃいませ!」

と、元気な声で亀子さんが、そう挨拶した。店の店主であるぱくちゃんが、こんにちは、でしたっけと言って頭をかじった。

「ほら、この店なら、女性がいるから、こいつに、何でも話して、楽になっちまえ。この亀子さんなら、お話を聞くのも上手だよ。」

と、杉ちゃんは、亀子さんをにこやかに笑って紹介した。亀子さんは、優しく、こちらのお席へどうぞと言って、三人を、テーブル席に座らせた。他にお客さんはいなかったので、まるで貸し切り状態だった。亀子さんは、三人にメニューを渡した。そして、

「ご注文が決まりましたら、お申し付けくださいね。」

と、明るく笑った。杉ちゃんとジョチさんは、じゃあ、担々麺にしようといった。美香さんは、好きなものを頼んでいいよと杉ちゃんに言われて、チャーシュー麺をたのんだ。亀子さんは、担々麺2つと、チャーシュー麺と言って、水を持って三人の前にやってきた。

「はい、お水をどうぞ。無理しなくてもいいから、ゆっくり話してくれればそれでいいわ。」

と、亀子さんがそう言うと、美香さんは、それでやっと安心してくれたらしい。はいと小さい声で言う。

「それでどうしたの。どうして電車に飛び込もうと思ったんだよ!」

杉ちゃんが急いでそう言うと、

「はい。保育園の他のお母さんたちに言われたのが、辛かったんです。」

と、彼女は言った。

「はあ、つまり、ママ友と揉めたのか?」

杉ちゃんが聞くと、

「はい。私、友達がいなかったので、保育園の他のお母さんたちと仲良くなりたかったんですが。」

と、彼女は答えた。とても悲しそうにしゃくりあげながら、

「でも、みんなからバカにされてバカにされて、仕方ないんですよ。」

と、話を続けた。

「はあ、つまりなにかバカにされる理由でもあったのか?」

杉ちゃんがそう言うと、

「それより、お子さんはおいくつなんですか?」

と、ジョチさんがそう聞いた。

「保育園に通い始めたのは、いつ頃なんですかね?」

「はい。まだ、一歳にもなっていません。はいはいもちゃんとできなくて。」

と、彼女はしゃくりあげながら答えた。

「はあ、つまり、僕みたいに歩けないってこと?」

杉ちゃんがそう言うと、

「そ、そういうことではありません。障害があるとか、そういうことではないんです。ただ、産んだときに、息子が逆子だったから、帝王切開で生まれただけなんです。」

彼女は言いたいことを一気に話した。

「なるほど。それで、息子さんに後遺症が残ったとか、そういうことですか?」

ジョチさんがそう言うと、

「いえ、その可能性は無いと、お医者さんには言われました。ですが、他のお母様方は、痛みを経験していないから、変だと言うんです。それで私は、孤立してしまって。」

美香さんは、申し訳無さそうに言った。

「そんなことで、電車に飛び込もうとしたのか?ちょっと、母親としては、おかしいんじゃないの?」

杉ちゃんがそう言うと、

「まあ杉ちゃん。客観的に言うとそうかも知れないけど、彼女には深刻なのよ。だから、そんな事言わないであげてよ。」

と、亀子さんが優しく言った。

「まあ確かに、出産の痛いのは、想像以上だっていうけど、それを経験してないからと言って、仲間はずれにしてしまうのは、おかしいわよね。」

「チャーシュー麺、先にできたよ。」

ラーメンの丼を持って、ぱくちゃんがやってきた。そして、大盛りのチャーシュー麺を、美香さんの前に置いた。

「僕から見ると、日本人は、考えすぎだと思うな。なんかね、日本人は、細かいところを気にしすぎというか、余分なことまで考えていると思う。ちなみに、僕らのウイグルの間では、子どもが生まれるというと、隣近所で大騒ぎしたもんだった。みんなで、お産したお母さんに、食べ物くれたり、服を分けたり。そういう事して、お祝いをしたもんだ。」

ぱくちゃんは、呆れた顔をして美香さんに言った。

「そうですね。イシュメイルさん。あなたが住んでいたところは、たいへん貧しいところですから、ものがない世界で、そうやって、盛大にお祝いする文化がまだあるということですね。」

ジョチさんがぱくちゃんに言うと、ぱくちゃんは話を続けた。

「はい、もちろん。僕も隣の家に赤ちゃんが生まれたことでお祝いに参加したことあるけど、みんなでポロを食べて、歌を歌って、踊りを踊ってのどんちゃん騒ぎだった。日本ではさ、お金はくれるけど、そういうお祝いはしないんだよね。つまんない。」

「なるほど、イシュメイルさんの言うとおりであるならば、そういうどんちゃん騒ぎをしてくれることによって、母親の実感が持てるのかもしれませんね。そうやって、母親になったことが、近所中に知られてしまうわけですからね。」

「ほんなら、僕達がお祝いしてあげる。ここでラーメン食べて、赤ちゃん産んで、お母さん一年生になったことをお祝いしよう。」

ぱくちゃんとジョチさんがそう言うと、杉ちゃんが口を挟んだ。

「あ、それとも、ラーメンよりもケーキのほうがいいか。」

杉ちゃんは、カラカラと笑った。それと同時に、ぱくちゃんが、担々麺を持ってきた。三人の前にラーメンが出されると、

「よし!食べよう。いただきます。今日は、美香さんのお母さん一年生を祝って、君の瞳に乾杯!」

と、杉ちゃんは水の入ったグラスを、高らかにあげた。ジョチさんも、それに応じた。美香さんは、ありがとうございますと言って、三人のグラスは、カンといい音を立てた。そして、美香さんは箸を取り、ラーメンを食べる。ラーメンは太麺で、なんだか黄色いさぬきうどんのような感じのラーメンだった。ぱくちゃんが、ウイグルの伝統的な麺は太いのだと解説した。美香さんは、美味しいと言って、涙をこぼした。

「ええ、家のラーメンは、手打ちだからね。替え玉もできるから、食べられるだけ食べてって。」

ぱくちゃんは、にこやかに言った。

「そういうことだから、もう、自殺を考えるのはやめようね。それに、友達がほしいんだったら、他の手を考えることだな。どうしてもさ、ママ仲間というのは、粘っこくなっちまうからな。」

杉ちゃんがそう言うと、美香さんは、どうしたら、友達ができるでしょうと聞いた。

「そうですねえ。なにかのサークルや、精神疾患を持つ方の勉強会に参加してみたらどうでしょう?インターネットで、そういうサークルを探してみるのもいいと思いますしね。それとか、公民館や、女性センターなどに聞いてみるとか。」

と、ジョチさんは、彼女に提案した。

「ありがとうございます。あたし、こんなふうに提案してくれるとは思ってもいませんでした。」

美香さんはそれだけ言ってくれるだけでも嬉しそうだった。

「それよりも、もっと早くターゲットが見つかるところがあるじゃないか。製鉄所の利用者さんであれば、そういうところを知っているかもしれないよ。ちょっと誰かに教えてもらったらどうだろう?利用者さんでも、子どもさんがいる人もいるだろう?」

杉ちゃんがそう提案した。

「そうだそうだ。それがいい!僕も製鉄所で聞いてみるのが一番いいと思うよ。利用者さんは、みんな優しくて、いい人ばっかりだ。きっと、サークルとか教えてくれると思うよ。」

ぱくちゃんも、なるほどという顔をした。美香さんが製鉄所とはなんですかと聞くと、訳のある人達が、勉強や仕事をするための場所を貸しているところだとジョチさんは言った。美香さんは、ちょっと怖いと言ったが、

「大丈夫だよ。皆いい人ばかりだから、心配はいらない。変なところへ勧誘されるとか、そういうことは考えなくていいんだよ。」

と、杉ちゃんが言った。

「なんなら、今から行ってみて、見学してみるか?どうせ、自殺をしようまで考えるんなら、時間もありふれているくらいあるんじゃないの。それなら、ちょっと、製鉄所を、見学してみるといいんじゃないの?」

杉ちゃんにそう言われて美香さんは、わかりましたと言った。

「まだ、保育園に迎えに行くには時間が早すぎますし、施設を見学してみようと思います。」

「よし、それじゃあ、ラーメンを食べて、新しい場所へ行こう!」

と、杉ちゃんが言ったので、三人は、ラーメンを完食した。ジョチさんが、ペイペイを利用してお金を払って、三人はイシュメイルラーメンをあとにして、製鉄所に向かった。

一方その頃、製鉄所では。

何故か、華岡が来ていて、水穂さんと話をしていた。もし、水穂さんになにかあったらたいへんと、利用者の一人が水穂さんのそばに着いていた。

「本当に、彼女が、虐待をしたとおっしゃるんですか?」

と、水穂さんは華岡に聞いた。

「ああ。もちろんだ。俺たちは、岡田美和子の犯行であることは間違いないと思っている。だから、早く彼女と話をしたいと思っているので、早く帰ってきてくれないかなと思っているのだが。」

「そうですが、なにか、具体的な証拠はあるんですか?」

華岡に、水穂さんは言った。

「ああ、赤ちゃんの腕に、根性焼きのあとがあると、保育士から報告がある。それに、保育園ですぐに泣くので困っているそうだ。特に、若い女性を怖がるので、保育士は、間違いなく虐待だと言っている。」

華岡がそう言うと、

「そうなんですか。岡田美和子さんが、そんなことをするなんて。ここでの美和子さんは、とても優しくて親切ですよ。」

水穂さんは、信じられない顔をした。

「だけど、虐待を止めるには、そうするしか無いんだ。確かに美和子さんは、温和な正確に見えるけど、子どもを虐待しているのは、間違いないんだよ。だから、彼女を、逮捕しなきゃ。」

華岡は、急いで言った。

「逮捕する、、、。なんとも可哀想な。彼女をそうしないで、虐待をしない方向に持っていくことは、できないんですか?」

水穂さんは、ガックリと肩を落とした。

「そうだけど、お前も優しすぎるなあ。それよりも、子供の命を考えてくれ。虐待がエスカレートしたら、子どもが死んでしまうかもしれないだろ。だから、早く捕まえたいんだよ。」

「でも、彼女がそういうことをする、動機があるんでしょうか?彼女はご主人もいますし、経済的に不自由と言うわけでもありません。なぜ、岡田美和子さんは、息子さんを虐待しなければならないんです?」

水穂さんがそう言うと、

「ウン、直接的な原因になるのかは不詳だが、岡田美和子は、息子を出産する前に長期入院を強いられていたとご主人から聞いた。」

と、華岡は説明した。水穂さんは、その話を最後まで聞こうとする前に、咳き込んでしまった。

その直後。

「こんにちはあ。今日は製鉄所の新しい利用者さんを連れてきたよ。」

と、杉ちゃんのでかい声がする。

「何だ、杉ちゃんか、てっきり岡田美和子かと思ったよ。」

華岡がそうつぶやくと同時に、こちらの部屋にいるのが、ここで雑用をしている磯野水穂さんです、と説明しながら、杉ちゃんがやってきてしまった。随分間がアイてしまったようだ。

「岡田美和子さんがどうしたの?」

さすが杉ちゃん、聞くのが早い。

「ああ、彼女を児童虐待の被疑者として取り調べたいんだ。保育士から、通報があってね。それで自宅に行ったらこっちにいると言うことで。」

華岡もストレートに答えた。

「待ってください。彼女が本当にやったという理由がまだないじゃないですか。せめてそれがはっきりとわかってからでなければ。」

水穂さんは咳き込みながらそう言うと、杉ちゃんが、無理して喋るなよと、彼に言った。水穂さんは、頷いて、枕元にあった水のみの中身を飲んだ。そうしなければ、咳き込むのは止まらないのだ。

「まあ、理由はねえ、ちゃんと聞いているぞ。なんでも、出産する予定日より、二ヶ月早く、、、。」

と華岡がいいかけると、美香さんが、

「そんな、私と同じ様に、痛さを経験していないから、虐待をしたときめつけるんですか?」

と聞いた。華岡がそうだよと言うと、

「いえ、それはきっとありません。その人だって、赤ちゃんを愛してはいると思うんです。でも、周りの人達に、あなたは、産んだようで実は産んでいないとか、そういう嫌がらせをされることによって、それで赤ちゃんに当たりたくなってしまうんだと思うんです。」

と、美香さんは言った。確かにそうだけど、と、杉ちゃんがそれに応じる。それと同時に、只今戻りましたと言って、今度こそ岡田美和子が、帰ってきたのがわかった。華岡は水穂さんが止めるのを無視して、すぐに、岡田美和子のいる玄関先へ行った。華岡の顔を見ると、岡田美和子は、何が起こるのかわかったらしく、

「申し訳ありません。」

と一言言った。

「いや、俺に謝っても困ります。息子さんにちゃんと謝罪してください。」

華岡がそう言うと、

「あたしも、同じことで悩んでました。産んだようで産んでいないとか、他のお母さんにすごく言われました。本当は、大喜びすることなのかもしれないけど、そう言われてしまっては、喜べないですよね。」

美香さんは、岡田美和子のそばに駆け寄った。そういうことは、女ならではのできることなのかもしれなかった。

「それで、どうしようもなくて、他の人に相談することもできなくて、それで、子どもさんに当たっていたのでしょう?私も、そうでした。もう、誰も打ち明ける人もいなくて、死んでしまおうとさえ思いました。でも、それは失敗しました。今思えば、良い失敗だったわ。こうして、仲間に会えたもの。」

できるだけ優しい感じで美香さんは言った。美和子さんも、美香さんの顔を見てそれが嘘ではないことを知り、

「ありがとう。」

と、涙をこぼして泣きじゃくった。もしかして、この二人、本当に感じすぎていただけなのかもしれないけど、二人にとってはものすごく重大なことであることに間違いはなかった。

「それでは、岡田美和子さん、息子さんに対する虐待の容疑で、ちょっと警察署へ来てもらえませんか。」

と、華岡が言うと、玄関先にいた杉ちゃんが、

「悪いのは誰でも無いからな。あんまり厳しい取り調べはだめだぞ。」

と、美和子さんを養護する様に言った。ちょうどその頃、ジョチさんが、小薗さんと一緒にやってきた。美和子さんを警察署に連れて行く車を用意できたというのだ。




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