26.時間稼ぎ

 子どもたちが逃げたのを見送り、レッドオークと対峙するコタローたち。

 巨体のボスモンスター、レッドオークは不気味なほど動きを見せず、じっとコタローたちを見下ろしている。

 互いに間合いをはかり仕掛け時を探る。


 救出組サイドの武装はコタローは短刀と投げナイフを数本。前衛が盾に片手剣。後衛の魔法使いが使えるのは火の魔法。


 対してレッドオークは素手。しかしその巨体から振り下ろされる拳は盾で受けてもなぎ倒されるほど強力だ。


 わかりやすいほどのパワータイプ。搦め手はないだろうが……。

 コタローは分が悪いと感じていた。


 先の一撃で短刀はレッドオークの肉を切れないとわかってた。

 硬質な表皮は刀の刺突を滑らせる。

 斬ろうとしても分厚い脂肪が阻み致命傷とはなりにくいだろう。

 

 打撃武器も同様。

 堅い皮膚と柔らかい脂肪の二重の防壁に防がれてしまう。


 可能性があるとすれば魔法による攻撃か。

 火の魔法で焼き尽くせば殺せるだろうか。


 先に動いたのはコタローたちだった。


 前衛が盾を構えつつ突進し片手剣を振り上げる。

 レッドオークが反応する。


 振り下ろされる剣。

 レッドオークはこれを腕で受け止める。

 刃は表皮を裂くがその下の脂肪に沈み込むようにして止まってしまう。刃先は数センチも入らない。


 レッドオークが雄たけびを上げる。

 空いているもう一方の腕を力任せに殴りつけた。

 

 直撃すればそれで終わりだ。

 その巨体から繰り出される遠心力の乗った一撃は到底人体が耐えられるものではない。


 前衛は受けることはせず後ろに飛び退いて回避する。


 その隙にコタローが背後に滑り込む。

 身を落として地面を滑るように走り、逆手持ちにした短刀を横一文字に振り抜く。


 狙いは足。アキレス腱だ。

 モンスターであろうが二足歩行の人型。

 筋肉や腱、筋の構造は人体と似ているはず。


 ブシュッと血しぶきが上がる。

 皮膚の硬さは他と同じだろうが、脂肪のつきは悪い。

 骨までは断てなかったが肉を深くえぐる感触はあった。

 

 レッドオークが悲鳴を上げて膝をつく。


 この隙は逃さない。

 コタローは振り抜いた刀を返して首に突き立てようとする。

 

 ぐるりとレッドオークの首が回り脂肪に埋まった目玉の眼光がコタローを捉える。


 「フクロウかよ」


 人型であっても可動域も人と同じとは限らない。

 レッドオークの首は180度回って背後の敵に噛み付こうと大口を開ける。


 こちらの刺突が入る前に顔半分食い千切られる。


 コタローはレッドオークの背中を蹴って飛び退いた。

 コタローの頭があった空間をレッドオークの大顎がガチンッと鳴る。


 「二人とも下がって」

 後衛の魔法使いだ。

 近接組が時間を稼いでいる間に魔方陣を組み立て術式を発動する。


 火の魔法。

 火球を飛ばして対象を焼き尽くす魔法だ。


 人の頭ほどの火球がレッドオークに直撃する。

 火の玉は当たったと同時に弾け、無数の縄のように広がってレッドオークのに絡みつく。

 そうして燃え広がると一瞬にして全身を火だるまにしてしまう。


 レッドオークが鳴き叫ぶ。

 ダンジョン中が震え上がりそうな声量に思わずコタローたちが距離をとる。


 レッドオークはもがいて振り払おうとするが、炎はまるで全身に油を被ったかのようにまとわりつき、猛々しく燃え上がる。


 火力も継続時間も魔方陣に込めた魔力量次第。

 一分にも満たない攻防の隙に組み立てた魔法。これでどれだけの効果があるか。


 黒煙と肉の焼ける匂いとが洞窟に充満していく。


 「限界だ。3、2、1……」


 魔法使いのカウントダウン。魔法の効力が切れる合図だ。

 炎は掻き消えて後には水分の蒸発するようなブスブスという音が残る。


 立ち上る黒煙。

 レッドオークはどうなったのか。

 身構える三人。


 瞬間、黒煙を破りレッドオークの巨体が突進してくる。


 全身黒こげになりはしたがダメージは見た目ほどではない。

 レッドオークの頭に血を上らせただけだったか。


 狙いは魔法使い。

 雄たけび上げを四速歩行で駆ける姿は猪のそれだ。

 猛然と突撃してくるレッドオークに魔法使いは反応できない。


 前衛が間に飛び込んでレッドオークの体当たりの直撃を食らう。

 人一人の力で受け止めきれるものではない。

 前衛は吹き飛ばされ、魔法使いも轢かれて踏みつけられてしまう。


 興奮して荒い鼻息を繰り返すレッドオーク。


 踏み潰された魔法使いが血を吐き、全身を痙攣させているのが見えた。

 レッドオークは魔法使いの息の根を止めようと手を伸ばす。


 「こっちだ化け物!」


 コタローが懐から抜いた投ナイフを投擲。

 レッドオークの炭化した皮膚に刺さる。


 レッドオークの手が止まり、その注意がコタローに向く。

 上体を起こしたレッドオークがコタローを睨みつける。


 魔法が有効ダメージにならなかった時点でもう勝ちはない。


 コタローはレッドオークの背後で倒れる仲間の状態を見る。

 二人とも意識はないだろう。

 まだ息があるかもわからない。


 子どもたちが逃げる時間を稼ぐ。

 そして倒れた仲間からこいつを引き離さないといけない。

 コタローは短刀を構えレッドオークと対峙する。


 「こい。お前の相手は僕だ」

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