15.いざダンジョンへ

 三人はギルドでもらった冒険者装備を身に纏い孤児院を出た。

 

 「ダンジョンへは馬車が出てるみたいだからそれで行きましょう」

 ハイドラはティガとシュシュミラを引きずって停留所まで歩いた。


 夜の遅い時間。

 馬車は一台だけ止まっていて御者台の上には老人が一人、暇そうにパイプをくわえていた。


 「ねえ。あんたがダンジョンまで運んでくれるの?」

 ハイドラの声に一拍送れて、のんびりと振り返る御者の老人。


 「そうじゃよ。あんたたち見ない顔だね」

 口端からプカプカと煙が漏れる。


 「そうかい。昼間聞いた新米冒険者ってのはあんたたちかい」

 一人で納得して御者台を降りて、後ろの客車の扉を開けてくれた。


 「初日の、それもこんな遅くからダンジョン攻略とはずいぶん張り切っているじゃあないか。連れてくのはかまわんが、大丈夫かね? 初心者はまず講習とか受けてから挑戦するもんじゃないんかね?」

 

 「問題ないわ。私たち試験も楽勝でクリアしたんだから」


 「そうかい? じゃあ乗りなさいな」


 三人は馬車へ乗り込む。

 老人が御者台へ座りなおし、繋いでいる二頭の馬に手綱で合図した。

 老人同様ののんびりした馬たちでゆっくりと車輪が回りだした。


 屋根のない客車の上で3人は無言で揺られる。

 こんな夜中に馬車に乗るなんてはじめてだ。

 それも大人の同行なしで。

 

 もしかして自分たちはとんでもないことをしているのではないか。

 ハイドラはそわそわと落ち着かない気持ちなってきた。

 

 「ねえ、ダンジョンまではどれくらいで着くの?」

 浮ついた気分を落ち着かせようとなんでもない会話を御者へ向けた。

 

 「三時間くらいだねえ」

 それだけ答える老人。


 「ずいぶん遠いのね……」


 思っていた以上に遠い。

 町から出たことのない3人にとってはじめての遠征となった。

 

 「あんまり近いところにあると、町にモンスターの被害が出るからねえ」


 それもそうか。

 ダンジョンのすぐ側に人里を構えるわけがない。

 着かず離れずのちょうどよい距離がこのくらいなのだろう。


 町を出てガス灯の明かりが消えた。

 前方はずっと暗く馬車に吊るされたオイルランプの灯りだけが足元を照らす。

 

 普段なら寝ている時間だ。

 夜の風がこんなに冷たいなんて知らなかった。


 ハイドラはどんどん不安になってきた。

 大見得切って出てきてしまった。

 これから本当にダンジョンへ向かうのだ。

 モンスターなど見たとこがない。

 それを子どもの自分たちだけでどうにかできるのだろうか。

 ハイドラはうつむき上着のすそを握った。


 「おい、空見てみろよ。星がたっくさん見えるぜ」


 町から離れるに応じて不安に押しつぶされそうになるハイドラとは逆に、ティガは能天気なものだった。

 

 「昔は町の中でもこんな夜空が見えたんだがねえ。ガス灯は明るすぎるんだな。あれは星の光を遮る」

 老人が独り言のようにつぶやいた。


 「楽しみだなあ。ハイドラがダンジョン行くって言ったときはコタロー怒るだろうし嫌だったけど、でもこんな夜に出かけるすごくワクワクするな。それもダンジョンに行くなんて絵本の物語みたいだ」


 孤児院では渋っていたティガだったが、いざ外に出てみるとずっとテンションが高かった。

 夜にこっそり出かけるというのが楽しいらしい。


 「オレ、お前らと冒険できて嬉しいよ。いつかこんなことできたらいいなって思ってたんだ」


 「のんきなやつね。なに急に恥ずいこと言ってんのよ」

 ハイドラはあきれたが、同時に少しほっとした。


 そう思いつめる必要もない。

 自分たちは試験を楽勝でクリアしたのだ。

 武器もある。装備もある。

 ギルドの冒険者たちも大したことなさそうだった。

 あいつらができているんだから私にもできるはずだ。

 

 「ちょっとティガ暴れないでよ。狭いんだから」

 シュシュミラはいつもどおりだ。

 いや、いつもより少し機嫌が悪いように見えるのは眠れないせいか。


 「寝るんだ。ダンジョンを攻略すれば寝れるんだ」

 こっちはこっちで思いつめた様子だった。


 「難儀なやつね」


 なんだか思いつめていた自分がバカらしくなった。

 ハイドラは肩の力を抜いた。

 そうすると空腹感がこみ上げてくるのに気がついた。


 「晩御飯食べ損ねたからお腹空いたわね」

 「そういえばもらった道具一式の中に携帯食料あったよ」


 シュシュミラが鞄をあさって干し肉とチーズを取り出した。


 「あんまり日持ちするものでもないわね。いいわ。食べちゃいましょう」

 3人で仲良く食料を分け合った。

 これでダンジョンに着く前に緊急時の食料がなくなった。


 川を渡り森を抜けて、しばらくして馬車はダンジョンの入り口に到着した。

 本当に三時間もかかった。

 三人はお尻をさすりながら馬車を降りた。


 「それじゃ私はこれで。帰りはのろしを上げてくれりゃ町から見えるんでな」

 そう言って老人はさっさと町に戻っていってしまった。


 残された3人の目の前には切り立った崖とそこにぽっかりと穴の開いた洞窟。

 この町のダンジョンというのはこの洞窟を言うらしい。


 それすらも三人は知らなかったのだ。

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