7.嫌われもの

 子どもたち3人が冒険者ギルドの前で騒ぎ出す少し前。

 コタローは同じ建物の扉をくぐった。


 入ると広いエントランスが広がり奥に受付と掲示板がある。

 左に進むとちょっとした酒場になっており冒険者たちが食事をしながら情報交換やパーティーメンバーの勧誘をしている。


 元来荒事の多い職業のためか冒険者たちは基本的には男性が多い。

 ガタイがよく剣だ斧だの武器も担いでいる野郎どもがスシ詰めになっているのが冒険者ギルドだ。

 

 席ではおのおのが大声で好き勝手にしゃべり大笑いし、たまに喧嘩も起こる。

 ただ基本的には同業者たちの社交の場であるため揉め事は多くない。


 それがコタローが酒場へ入った瞬間、空気が凍った。


 先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、誰もがコタローに視線を送る。

 それは睨むといってよい表情であり視線だった。


 途中冒険者の一人が席を立とうと腰を浮かせたが、コタローと視線が合うと静かに座りなおした。

 コタローはテーブルの間を縫って進み、奥の部屋へと消えていった。


 奥の部屋は応接室になっていた。主にギルド長が町長や町外の重役たちと面会するのに使っている部屋だ。なのでさらに奥にはギルド長の執務室がある。


 応接室にいたのは受付係のケイトだった。

 ゆるくウェーブのかかった軽やかな金髪に白を貴重としたスーツがよく似合う美人だ。

 年齢は聞いたことはないが、なんとなく自分と同じ20代なのかなとコタローは勝手に考えている。


 「あらカザマさん。お早い到着でしたね」

 やわらかい笑顔で出迎えてくれるケイト。


 カザマはコタローの姓だった。

 母国では一般的な苗字だがここでは聞かない響きだ。

 先ほどのまでの冒険者からの指すような視線で冷や汗をかいていたので、彼女を見て少しほっとした。

 

 「裏口から入ってくればよろしかったのに」

 「そうすればよかったです。入ってから気がつきました」


 「なんじゃい? 相変わらず嫌われ者かの」

 執務室から顔を出した老人はギルド長のバルトリアだ。


 若い頃は自身も冒険者だったらしくボスモンスター討伐の実績もある凄腕とのことだ。

 禿頭に白くて長い髭。腰は曲がり小柄なケイトよりもなお小さく見える。それでも皺に沈んだ両の眼の鋭さは冒険者時代の名残か。


 「しかたありません。それだけのことをしましたから」

 コタローは答えた。

 

 「もうコタローさんは悪い人ではありませんよ」

 ケイトが頬を膨らませる。


 「ケイトくん、お茶をおくれ。この嫌われ者にもな」

 「はい。喜んで」

 

 乳白色の石のテーブルを挟んでバルトリアが座り、コタローにも手振りで座るよう勧める。

 革張りの一人掛けのソファーに浅く座る。


 バルトリアがテーブルの隅の小箱を開けて煙草を取り出す。一口深く吸い込んで全身の力を抜くようにして紫煙を吐いた。

 コタローの側に小箱をずいと押しやると彼は一礼して一本取った。


 「で、どうじゃね最近は。あの3人は」

 

 バルトリアがマッチを擦ってあげて、コタローは会釈してその火をもらった。

 久しぶりの味だ。灰皿の端に煙草を置いてコタローは答えた。

 「元気ですよ。元気すぎるくらいに」

 

 老人は満足そうに頷いた。


 「これは孤児院ではやってないじゃろうな」

 バルトリアは煙草を振った。細く天井に伸びる煙が揺れる。


 「吸ってませんよ。あの子たちに悪影響だからって禁止したのはあなただ」

 「当然じゃ。こんなもんは不良が見栄のためにやる虚勢みたいなもんじゃ。身体に悪いしの。まねして覚えさせたらかわいそうじゃわい」


 「同感です。吸いながら言うことではないとは思いますが」

 バルトリアが一本目をもみ消した。コタローも合わせる。

 

 「もう何年になるね」

 意図を汲んでコタローは答えた。

 「3年です」

 

 「そうじゃったな。お前さんに最初に預けたのはハイドラだった。エルフの子。海を越えた遥か遠くの地からやってきた千年を生きる者。あれはとても気位が高い。けっして人には懐かないと思っておったが、うまくやっているようでよかったよ」

 「懐いてくれているかは、どうなんでしょうね。あまり言うことは聞いてくれませんね」


 「次の年にティガだったの。獣人の子。冒険者だった両親を亡くした哀れな子じゃ。最初はひどく塞ぎこんでおったので心配じゃったが、最近は町の子らと遊んでいる姿をよく見るようになった。あの子が笑顔を取り戻せて本当に嬉しいよ」

 「はい。彼は家の手伝いもよくやってくれます。少々お調子者のきらいはありますが、とても良い子ですよ」


 「そして最後にお前さんに預けることになったのが……」

 「シュシュミラですね。彼女はまだ傷は癒えていないように思います。今は好きにさせるのがよいかと思っています」

「そうじゃな。母親が愛人を作って家を出て、捨てられた父親は酒に逃げた。彼女の面倒を見る者はなく、わしらが彼女を見つけたときはそれはもう酷い状態じゃった。やせ細って、体のあちこちに殴られた痕があった。トラウマなのじゃろうな。暗闇と孤独を酷く怖がる」

 「今も一人では眠れないようです」


 「まあ、そこまでなら……。こう言うのもなんじゃが、よく聞く虐待の被害者じゃがの。あの子は特別な素養を持っておった」

 

 「魔法の天才。大魔導師にもなれる天賦の才」

 「保護した当時、彼女の心は不安定じゃった。大人を怖がり、特に男を怖がった。父親の面影と重なったのじゃろうな。感情が振り切れるたびに魔法を使い誰彼かまわず攻撃した。この町にはいくつか孤児を保護する施設があるが、どこへやっても手がつけられなかった。そうしているうちに腫れ物のように扱われるようになって、シュシュミラは実父だけでなく、大人全員に心を閉ざすようになってしまった。お前さんに預けても駄目なようなら次はなかっただろうの」


 「孤児院3回が吹き飛びましたけどね。ハイドラとティガの援護もあって何とかやれてますよ」

 「ほほ、さすがエルフに獣人の子。タフじゃのう」

 「僕は死にかけましたよ」


 「それでも生きておる。エルフに獣人に天才魔法使い。子どもとはいえ普通の大人では抱えきれん。お前さんに面倒を言いつけたわしの判断は正しかったのう」

 「身体は頑丈なほうだと思いますよ」

バルトリアが2本目を手にとり、コタローも続いた。


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