やぶレターロマンス

尾崎中夜

やぶレターロマンス

 ラブレターを破ったことありますか?


 いやいや、冷やかさないでください。今からする話は、自慢話でもなんでもないんで。酒の肴になるかどうかも分かんないですよ?

 佐々木くん、ビールを頼んでもらえるかな。素面じゃこの話できそうにないから。

 だから課長、別に自慢話じゃないんですって。むしろ滑稽な話ですよ。滑稽な上に教訓もない。

 あのー、俺の初恋の話なんか聞いて楽しいですか? 罰ゲームなんで話しますけど……分かりました。分かりましたよ。勿体ぶるのはやめますよ。


 俺の初恋は、小学五年生でした。その子の名前は、S子ちゃんにでもしましょうか。

 S子ちゃんは……そうですね、性格は内気で、休み時間はいつも本を読んでいて、特別美人さんってわけでもなくて、どこのクラスにでもいる地味な子でした。でも、ふふ……すみません。ガキの頃の恋の話なんてそりゃ照れますよ。熱い熱い……。

 S子ちゃんはですね、笑顔が可愛い子だったんですよ。あー、恥ずかし恥ずかし。

 普段が大人しくて物静かな子でしたから、いつもニコニコしていたわけじゃないです。でも、彼女だって普通の女の子ですから時々は笑います。俺は、その極稀に見る無邪気な笑顔が好きだったんですよ。

 いえ、周りの連中はS子ちゃんのことを何とも思ってなかったです。もっと分かりやすい子達に熱を上げてましたよ。小学生なんてそんなもんですよ、男も女も。

 ……へへ、分かります? そうです。だからこそ、S子ちゃんの良さを分かっているのは俺だけだって密かに得意になっていました。男って馬鹿な生き物ですよね、ほんと。

 なんであんなことしちゃったかなぁ……。

 さすが。原田さん鋭いね。そう。俺とS子ちゃんは、実は両想いだったの。なのに俺は、S子ちゃんから貰ったラブレターを破っちゃった。それも彼女の目の前で……。

 ひどい男だと思うよ。うん、心の底から反省してる。あとでバッチリ痛い目にあった。痛い目というか俺が勝手にガックリしちゃったというか……だから、女性陣はそう怖い顔しないで。ね?


 ラブレターを破っちゃったことは今でも本当に後悔しているけど、一つ言い訳させてもらえるなら、彼女もまたなんで教室で渡してきたのかなぁ、と。

 たらればの話になっちゃいますけど、もしあの手紙が靴箱にこっそりだったら、間違いなくOKしていましたよ。

 それを、お節介でませた外野が、S子ちゃんに余計な入れ知恵をしたのか、それとも面白半分でけしかけたのか、放課後の教室の中心で愛を叫ばせたわけですよ。……実際には叫んでいないですよ。これはモノの喩えでして……あ、そうですよね。それは分かりますよね。

 えっと、とにかく俺は困りました。外堀を埋めるにしても限度ってものがあるでしょうよ。当時の俺は、クラスのお調子者で通っていましたし、S子ちゃんはS子ちゃんで、皆の前で告白だなんてそんな大それたことをするタイプじゃなかったですから、クラス中大盛り上がり。女子はきゃーきゃー、野郎はひゅーひゅーです。

 S子ちゃんは今にも泣きそうでした。……俺? 俺だって泣きそうでしたよ。あの状況でイエスノーなんか考えられないですって。頭の中真っ白。どうするどうするって、あの時の俺はS子ちゃんへの返事じゃなくて、この場をどう切り抜けるか、そのことに頭をフル回転させていました。

 言われなくても分かっていますよ。最低なガキでしたよ。

 それで、ない頭で考えた挙げ句にやったことが……これです……ビリビリ……彼女の目の前で……。 

 おっと。言わないで。俺も話していて過去の自分にドン引きしているから。

 その後はもう大変でした。S子ちゃんが泣き出したのと同時にクラス中から大ブーイング。先生にメチャクチャ怒られましたし、家に帰ったら親父じゃなくてお袋から殴られました。グーで。

 それからはお互いに関わり合いを持たなくなりましたね。元々お喋りしたりする仲でもなかったですけど、たぶん顔を合わせることもなくなったかな。……俺は時々チラチラっと彼女のことを見ていましたけどね。

 変な振り方しちゃったから罪悪感もあったし……S子ちゃんのこと、振る前よりも気になっちゃったんです。馬鹿ですよね。

 今更自分の気持ちに素直になったところでもう遅いのに。六年生になったら別々のクラスになっちゃいましたし、S子ちゃんは小学校を卒業する前に転校しちゃいました。「さよなら」も「ごめんなさい」も、「好き」って言葉も言えませんでした。

 これが俺のほろ苦い初恋の話です。














 ――と、ここで終わってもいいんですけど、実はこの話、続きがあるんですよ。

 ……聞きます? ですよね。すみません。ちょっとだけ勿体ぶりたくて。酔っているなぁ。……そうですね。もう一杯いただきます。おとと。どうもどうも。

 はい。この話には、滑稽なオチがつきます。

 

 半年前、俺は大学時代の友人の結婚式に呼ばれました。

 そいつとは、ここ数年はお互い忙しくて疎遠になっていましたけど、在学中は一緒によく馬鹿やっていましたし、久しぶりに大学時代の連中に会うのも悪くないかって同窓会感覚で「結婚式行くから」って返事したんです。

 それで当日。――後にも先にも、あの時ほどびっくりしたことはないです。

 友人の結婚相手が、なんとS子ちゃんだったんですよ!

 嘘みたいな話でしょ? でも、世の中は狭い。人の縁ってやつは本当に分からないものですね。彼女は凄く綺麗になっていました……。

 ええ、ええ、そうですよ。式の間、ずっと見惚れていましたよ。それはもう素敵な花嫁さんでした。ドレス姿なんか天使のように神々しくて眩しくて……。


「綺麗な人だな」

「あいつ、どんな手使ったんだ?」

「手だけじゃなくて口も使ったんじゃないの?」

「馬鹿か!」

「「アハハ!!」」


 花嫁がS子ちゃんじゃなかったら、俺も一緒になって笑っていたでしょうね。 

 ……はい。俺はあっぷあっぷでした。ガキの頃の記憶がわーっと蘇ってきたもんで。

 俺の視線がよっぽど熱っぽかったのか、S子ちゃんがふと振り向きました。

 目がばっちりと合いましたね。彼女も「あっ」って俺に気づいたみたいで、手をこんな感じに軽く上げました。それから微笑みかけてきて……ええ、綺麗でした。とっても。

 そんなことしませんよ! 俺はダスティン・ホフマンじゃないです!

 式が終わってから二次会に参加しようかどうか迷ったんですけど、やっぱり一言でもいいからS子ちゃんと話がしたくて参加することにしました。上手く二人きりになれたら、あの時のことを謝るつもりでした。

 二次会が始まって一時間ぐらい経ってからですかね。周りとワイワイやりながらも内心落ち着かない俺のもとに、S子ちゃんのほうからやって来ました。

 けど、話していてお互い大人になったんだなぁって思いました。

「来てくれてありがとう」「元気にしてた?」「仕事は何やってるの?」

 当たり障りのない話しかできなくて、あの時のことを謝ろうにも、やっぱり花嫁さんをひと気のないところに連れ出すのはまずいよなって……これは言い訳ですね。単に勇気がなかっただけです。

 そのうちS子ちゃんは別のグループから呼ばれました。

 これが最後になると思いました。だから

「結婚おめでとう。末永くお幸せに」

 そう言うので精一杯でしたけど、何か伝わったんでしょうね。

 S子ちゃんが俺の目を、じっと見つめながら言ったんです。


「私、綺麗になったでしょ?」


 結婚式の時に見せた余所行きの笑顔じゃなくて、俺が初めて恋をした、あの無邪気な笑顔で――。

 惜しいことをしたなって思うよりも、S子ちゃんの笑顔の前に完敗でしたよ。ええ、乾杯でした……。


 ね、滑稽な話だったでしょ?

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