第9話 学食戦争

 昼どきの学生食堂ほど人口密度の高い場所はないと僕は思っている。


 特別安いわけでもなく、うまいわけでもない。しかし大学生とはまるでそれが義務であるかのように、昼には学食に集う。


 僕の通う浪花大学では2限の終了が12時、3限の開始が13時30分となっている。


 この2限と3限の間がいわゆる昼休みというやつで、この時間の学食の混雑具合と言ったら、第四次川中島合戦の乱戦もかくやと思えるほどの凄まじさだ。


 大学図書館の地下に設置された本学最大の食堂「館下食堂」では昼休みには座席を巡って血で血を洗う戦いが繰り広げられる。戦いに破れたものはお盆を抱えてウロウロし、最終的には泣く泣く屋外で、ということになる。気候のいい季節なら青空食堂というのも一興だ。しかし今日のような梅雨まっさかりの雨天では、とてもではないが屋外で食べるなんてことはできない。


 席取りとは、すなわち戦いであり、戦いは数である。


 館下食堂で昼休みに楽しく食事をしたければ徒党を組むしかない。郎党のうち、2限が空コマの者が食堂の混みだす前に席を確保するのだ。仲間内に2限が空コマの者がいなければできない芸当だが、これが悪党になると仲間の一人が2限を早く抜け出して食堂に走るという行為におよぶという。


 僕は席取り戦争に参戦することはない。それは僕が愛と平和を信奉しているからだが、それ以上に独立独歩を信条とする僕が勝利を収めるのは極めて困難であるからというのが理由だ。昼時の学食にボッチの居場所はないのである。


 では僕は昼食をとらないかといえばそんなことはない。全国でも有数の健康優良児である僕は1日3食を欠かさずとる。

 

 学部生の頃、基本的に僕の昼食は手弁当かコンビニだった。大学院生になって講義にでることが減ってからは時間に余裕ができ、昼時を避けて学食に行くようになった。


 長らく学生をやっていれば学食が空いている時間くらいなんとなく分かるようになる。むしろ学生になって分かるようになったのはそれぐらいという説もある。


 そんな僕が雨の中、激戦の館下食堂に乗り込んだのは唯一の友、的場範一に呼び出されたからである。


「あれ持ってる?」


 そんなLINEが送られてきた時、僕は図書館の自習スペースで執筆中の論文を放り出してマインスイーパに勤しんでいた。


「持ってたら館下来て」


 的場は昨年法科大学院を修了していて、正確には既に本学の学生ではないのだが、彼はそんなことはお構いなしに研究室で勉強したり、学食で昼食をとったりしている。


 時間は12時を少し過ぎた頃、一日で最も館下食堂が混んでいる時間だった。しかし的場が居るのであれば席の心配はないだろうと思い、僕は地下に出向いたのである。


* * *


 食堂に降りてみると、思った通りの混雑具合でほとんどの席がうまっていた。


 そんななか一際異彩を放つテーブルが一つ。六人がけのテーブル。片側の真ん中に一人の男が座っており、他には誰も座っていない。他の席に荷物が置かれて席取りされているというわけでもない。ただ一人の男が腕を組んで座っているだけだ。


 そこは戦場の空白地帯。まるで大量破壊兵器が投下された爆心地に男が佇んでいるかのような異様な光景である。


 決して男が異臭を放っているとか、学内で壮絶ないじめにあっているとか、周囲に座ろうとしたものを暴力で追い払ってるとかではない。


 ただひたすらに男の威圧感によって誰も彼の周りに座ろうとしないのだ。爛々と輝く眼鏡の奥のつぶらな瞳に、皆おそれをなしてしまっている。実は男自身には他を圧しようという意図はなく、ただ自然体でそこに居るだけで、誰かが隣に座ろうが向かいに座ろうが彼は意に介しないのだが、学内でそのことを知るものは少ない。


「おーい! こっちだあ!」


 その男、つまり的場は僕の姿をみとめると両手をふって存在をアピールした。そんなことをせずとも食堂に入った瞬間に僕は彼の位置を捕捉していた。というか仲間と思われたくなくて踵を返しかけたがギリギリのところで踏みとどまった。うるわしき友情の為せる技である。


「メシ食った?」

 

 恥ずかしくて小走りで駆け寄った僕に対し、的場は悪びれる様子もなく聞いてきた。


「まだだよ」

「なら一緒に食おう」


 


 


 

 


 

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