gift

籠の中の鳥。


逆らうことも檻を飛び出すことも考えなければ、ただの従順な駒で一生居られる。主人のためにピーチクパーチク鳴いていれば、最低限の衣食住が保障されている。

邪な心を持ってはいけないと、同期のような先輩方が教えてくださったのは、果たしてどれほど前のことだっただろうか。



屋敷に入った最初の記憶は、純粋な好奇心と新たな生活への期待。今になって振り返ってみれば、年端も行かぬ少女で、かつヤンチャしてた頃の輝かしい瞳は隠れて姿も見せてくれなくなった。


産まれた瞬間に映ったはずの母親の顔など、十数年もすれば潰えて忘れてしまう。

どちらかというと苦労していたのはこどもを成した保護者の側で、莫大な資金と引き換えに売った娘のことも、そもそも存在すら身に覚えがないとでも言って誤魔化しているのだろう。頭の悪い変な子供のような大人に育てられるのとでも比べれば、幾分かマシではあったのかもしれない。


養女というより女中のように、振り回されては年月が過ぎていく。

背丈も胸も、サイズの合わない服はだんだん大きくなってきた。意識が向かないほどゆっくりと髪も伸びていった。昔の、子供だった頃の価値など忘れさせられるような暗い屋敷の中で、そんなことに気づくはずもなかった。

年増になるのを側から嫌がったか、優しい人が髪を結ってくれたのを覚えている。



同時期に連れて来られた仲間たちと自分はどこか異なっていて、主人の傀儡として生きていないのは、もはや自分だけなんだと。聞かされていなくても何となく理解したのは、見上げていたはずの主人の背中を軽々しく見下すようになってからだった。


主人は、悪魔で天使の、吸血鬼なお花。

身寄りのない自分を悪夢から逃してくれたのは主人。そもそも地獄に突き落としたのもあの女だ。屋敷に来て最初に笑顔を向けてくださった主人。対面したときにナイフを握って刃先を向けただろうに。それからというもの、そばで見守って正式な一員として迎え入れてくださったご主人様に逆らうことなんてできやしない。監禁されたところで報道されるほど知名度のある貴族のもとで産まれたわけなんかじゃない。

ご主人様の仰せのままに、あのお方を愛さなければ、生かさなければ。愛したまま殺してしまえ、自分が死ぬより早くに殺せ。


あたまがおかしい。

同僚が言った。もう仲間でもなんでもない。傀儡になんてなりたくもない。手にも、足にも、目にも口にも、なってやるもんですか。



足りないものは、飛べるつばさとはね。

逃げたいのか? 逃げじゃない、救済だ。見捨てる気か? 見殺しにするんだ、何もかも。


彼女の部屋では、足りない人間に羽が植え付けられていた。すっかり意識も自我も無くしてしまった彼らに、生を希うか問える手段なんてものはない。生命が続いているかも定かではない。

贋作や失敗作は、どう足掻いたって飛べる訳がないらしい。せいぜい見せ物になるか、主人の糧になるか。


ナイフを握った女の瞳に涙が浮かんでいる姿は、さぞ滑稽だったろうな。



何も叶わなくなった身に、一体何が残ったのか。

空を飛びたいと願うのは、もうやめたはずだった。

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