第2話 前世

 竜吾が前世で命を落としたのは、三十歳のときだった。


 死因は交通事故。ろくでもない人生を歩んでしまった自分には、相応しい死に様だ。竜吾はそう思っている。


 ただ、生まれたときからろくでもない人生を歩んでいたわけではない。


 人生が暗転したきっかけは、自分の部下が自殺してしまったこと。


 竜吾の指導に何か重大なミスがあったわけではない。その女性社員が自殺した直接の原因は、結婚の約束までしていた彼氏に浮気され、こっぴどく振られたこと。


 それ以来、彼女は会社でも酷く塞ぎ込むようになった。竜吾はそれなりに気を遣ったつもりでいるけれど、会社は心療内科ではないから、できることは限られている。そして、どれだけプライベートで辛いことがあっても、最低限の仕事はこなしてもらわなければならない。


 そう考えたこと自体は、誰にも責められるいわれはない。


 でも、彼女に向けて励ましのつもりで言った一言は、良くなかったと今では反省している。



「まぁ、世の中恋愛が全てってわけでもないし、世界にその男しかいないってわけでもない。今は別のことに目を向けて、頑張っていこうよ」



 彼女にとって、これは自分の辛さを過小評価する、酷い言葉だったらしい。


 彼女は恋愛を人生において最も重要なことだと考える性格だったようで、竜吾の言葉に激昂した。



「私の気持ちなんて、何もわからないくせに!」



 そう言い放って、彼女は勤務時間中に会社を抜け出した。


 気分が落ち着けばまた戻って来るだろう、と竜吾は思ったけれど、彼女は会社に戻らず、その日の夜に遺書を残して自殺した。


 その遺書には、竜吾に対する罵詈雑言や、ありもしないパワハラやセクハラ発言が記されていたらしい。


 竜吾には、彼女がどうしてそんな嘘ばかりの遺書を残したのか、理解できなかった。自殺の原因は、自分を裏切った元彼だろうに。


 でも、その遺書がきっかけで、竜吾は会社に居場所をなくした。


 客観的に見て、竜吾が彼女に対して責められるようなことをしていないのはわかるはずだった。だが……言ったもの勝ち、というべきか、竜吾は実は危ない人間だという噂が流れ始めた。


 さらに、娘の遺書を信じた彼女の両親から、慰謝料請求の裁判まで起こされる始末。


 竜吾は、結局会社を追い出される形になった。慰謝料請求は流石に証拠不十分だったし、逆に名誉毀損で訴え返せるような状況だったが……とにかく、竜吾の生活はそこから荒れた。


 世の中の理不尽に、うんざりしてしまった。


 仕事もせず、貯金を食いつぶしてダラダラと過ごし。


 いつしか、SNSで他人の悪口を書くことに熱中し始めて。


 それが原因で、今度こそ名誉毀損で訴えられ。


 借金をしたり、食い詰めて万引きなんかにも手を出したり。


 そして、バイクのスピード違反で警察に追われている最中に、交通事故で死んだ。


 死の間際に、ふと彼女に掛けた言葉を思い出した。


 人生において何を一番大事にするかは、人によって違う。


 竜吾も、漫画やアニメが好きで、それを他人にけなされたり、過小評価されたりするのは嫌だった。


 同じように、彼女も、一番大事にしている恋愛をけなされたり過小評価されたりしたのは、耐え難かったのだろう。


 彼女が自殺した原因は失恋だけれど、最後の一押しをしたのは、竜吾だったのかもしれない。



(……どんな形でも、もう一回人生をやり直せるなら……今度こそ、道を踏み外さずに生きてぇなぁ……。理不尽に憤ってばかりじゃなくて……その理不尽を踏み潰して、人を救えたら、いいなぁ……)



 最後に、そんなことを思った。


 次に目を覚ました時、竜吾は異世界でオークに生まれ変わっていた。


 その世界において、人間に最も忌み嫌われる類の、醜悪な魔物だ。


 一度道を踏み外し、他人を傷つけてばかりだった自分には、相応しい再スタートだ。竜吾はそう思った。

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