忌み嫌われるオークに転生し、旅をしながら人助けをしていたら、いつしか守り神と呼ばれるようになっていた。
春一
第1話 オーク転生
オークに転生してからの年月は、これで十五年ほどになる。
そして、深い森をさまよっているときに、一人の少女と遭遇した。
おそらくまだ十歳前後だろう、幼い少女だ。おさげの金髪、くりっとした青い瞳、粗末な服、痩せた体……。あまり裕福な育ちをしていないのは、見ただけでもわかった。山菜採りにでも来たのか、右手に籠を持っている。
その少女は、予期せず遭遇してしまった竜吾を見て、腰を抜かして震えた。
「ま、魔物……っ。しかも、オーク……っ。なんで、こんなところに……っ」
この世界において、基本的に魔物は脅威であり、恐ろしい存在だ。ほとんどの魔物は知性を持たず、特に意味もなく人間を襲い、殺したり食ったりする。この少女の反応も、無理はなかった。
(……仕方ないこととはいえ、こういう反応にはへこむな……)
竜吾は密かに溜め息をついて、震える少女の前で膝をつく。
「驚かせてすまない。人間を襲うつもりはないんだ。人間の住処に近づくつもりもない。俺はもういなくなるし、この辺りからも消える。心配しないでくれ。じゃあな」
少女を助け起こすことはしない。そんなことをしても、怯えさせるだけだとわかっている。
今の自分は、オーク。一般的には、人間を殺して食うことも、人間の女を犯すこともある、危険な存在。たとえ自分がそんなことをしないとしても、恐れられるのは当然だ。
外見としては、百八十センチを超えるそれなりの巨体で、顔は豚、体は太めの人間。一応、粗末ながら薄手の服を着ている。腰に八十センチ大の手斧を提げて、左腕にはラウンドシールド。二つの装備品は割と上等で丈夫な品だが、拾い物なので詳細はわからない。それと、背中には諸々の旅の荷物をまとめた
一応、野生のオークとは違って多少は文明的な装いをしているものの、それですぐに危険のない存在とは誰も思ってくれない。よくわからず人間の真似をする魔物も、中にはいる。
「オ、オークが、しゃべった……?」
少女が驚いている。人間の言葉を話すオークも、この世界では非常に珍しい。
竜吾は人間の言葉を理解するラミアに言葉を習ったが、普通のオークは人間の言葉を理解しない。ぐひぐひと汚らしく吠え、簡単な意思疎通を図るだけだ。
「……俺は人間の言葉を学んだ。でも、俺以外のオークはまず喋らない。それに、ほぼ全てのオークは単なる危険な魔物だ。見かけたらすぐに逃げろよ」
竜吾はそう言い残して、そそくさとその場を離れようとする。
そこへ。
「ま、待ってっ」
「……なんだ?」
「あなたは……に、人間を、襲わない、の?」
「ああ、そうだ。俺は人間を襲わない。それがどうかしたか?」
「それなら……お願いが、あるの……」
「お願い?」
「道が……わからなくて……。羽の生えたお人形みたいなのを見つけた後、気づいたら、お父さんたちとはぐれちゃってて……。村まで、連れていってもらえないかな……?」
羽の生えたお人形みたいなの、とは、おそらくフェアリーの一種。良いフェアリーもいるが、悪いフェアリーは、人間に悪戯することがある。道に迷わせるのもその一つ。群れで生活することもあれば、単独でふらりと人里近くに現れることもある。
「……俺はオークだぞ? 魔物に道案内を頼むなんて、警戒心が足りないんじゃないか?」
「それは……でも……このままじゃ、わたし……お家に、帰れない……。もう日が暮れるのに……」
時刻としては、午後五時過ぎだろうか。季節は初冬で、日の入りはだんだん早くなっているし、夜はよく冷える。オークは寒さにも耐えられるが、人間の少女には辛い。
「……俺だって、人間の村がどこにあるかは知らない。道案内を頼まれても、村にたどり着けるかはわからないぞ」
「そんな……。それじゃ……わたし、もう、お家に帰れないの……?」
少女は泣きそうな顔をする。まだ十歳前後であれば、この状況に心細さを感じるのも無理はない。
そして、こんな少女を放って置くことは、竜吾にはできなかった。
体は魔物になっても、心にはまだ人間の部分が残っている。
「……完璧な道案内は無理だ。だが、村を探す手伝いくらいはしてやってもいい。もし何日も掛かるようなら、道中の食事くらいは用意しよう」
「本当……?」
「ああ、本当だ」
でも、これは竜吾にとって危険なことだ。ここは人間の村が近い。人間は特にオークを忌み嫌うから、人間に見つかればすぐに排除の対象になってしまう。
人間に簡単に負けることはない。でも、襲われたら戦わければいけない。何かの拍子に相手を殺してしまうことだってあるかもしれない。少なくとも、怪我くらいはさせてしまだろう。それは避けたい。
そんな思いはありつつも、この少女は放っておけない。
竜吾は少女に近づき、右手を差し出す。少女は恐る恐る竜吾の手を取った。
随分と懐かしい、人間の温もりが右手に伝わってきた。
(……そういえば、人間ってのは温かいんだっけ)
そんなことをしみじみと感じながら、竜吾は少女を立ち上がらせる。
「……俺は竜吾。お前の名前は?」
「わたし……アニカ」
「アニカ、だな。年齢は、十歳くらいか?」
「今年、十一歳になるよ」
「そうか」
十一歳にしては少々発育が悪そうだが、栄養が不足しているからだろう。手足も細い。
この世界は地球と違って、十分な食料を得ることにも苦労するらしい。アニカが発育不良になっていてもおかしくはない。
「アニカ。歩けるな?」
「う、うん……。大丈夫……」
「では、行こう」
竜吾はアニカの手を引いて歩き出す。普段通りの歩調で行くとアニカを置いてけぼりにしてしまうので、いつもよりかなりゆっくり歩く。
アニカは、必死に竜吾を追いかけてきた。
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