第7話 魔法少女に眠ったままのまち(1)

「ぴこぴ、なにしてるの?」


 昼休みが始まり、喧騒を取り戻した教室。

 すぐさま席を立ったぴこぴを目で追うと、教室の隅で何か作業をしているようだった。

 掃除用具入れの隣。年季の入った参考書と古ぼけた地球儀だけが収納された、背の低い本棚がある。

 上には誰が水をやっているのかわからない、一輪の青いサルビアが挿された花瓶がつつましやかに置かれていた。

 そこにぴこぴは、何か箱のような物をおそらく無許可で設置していた。

 近づいて見てみると、箱には投函口のようなものがあって、やたらにファンシーなデコレーションが施してあった。そのデコレーション類に混ざって、ひとつ見覚えのあるシールが貼られている。


「あ、錯覚シール」


 周りに聞こえない程度の声量で口にする。


「これは魔法少女七ツ道具、其の二──"懊悩おうのうボックス"……魔法少女をやっていくうえで必要不可欠なアイテムピコよ」


 ぴこぴも私に合わせて小声で説明を始めた。


「錯覚シールを貼っておくことで、ここに懊悩ボックスこれが置いてあっても誰も変に思わないピコ。錯覚シールはこういった併用が効く優秀なアイテムなんだピコ」

「それでその……懊悩? ボックスはなんなの?」

「ふっふっふ。アメ、魔法少女の使命とは何か覚えているピコか?」

「うーん……人助け?」

「ぴんぽんぴんぽーん! 大正解ピコ!」

「ぴこぴ、声大きいってば……!」

「ハッ! ごめんピコ……」


 二人で辺りを見渡すが、クラスメイトは誰一人こちらを気にしてはいなかった。

 今朝の逆叉先生が訪問してきた時といい、ぴこぴの油断に焦らされてばかりだ。


「この懊悩ボックスは、人々がお悩みを投函するためのアイテムなんだピコ。誰かが抱えている悩みや不安を、魔法の力で手紙の形にして自動収集してくれるピコよ」

「悩みの主の意思に関係なく、勝手に手紙が入れられてるってこと?

 なんか、人の頭の中を盗み見てるみたいで気が引けるような……」

「心の底から助けを求めてる人の悩みしか届かないようにフィルタリングしてるから大丈夫ピコ!

 悩みの主人たちは、きっとアメの助けを待っているピコよ!」

「そういうものかな……」


 本気で悩んでいる時に、横から私のようなやつがお悩み解決に参上したのなら、相手はどう思うだろうか。

 覚悟してなかったわけではないが、魔法少女生活最初にして最大の関門は、やはり人との交流になるのだろう。


 憂鬱な未来に想いを馳せていると、ふと疑問が浮かんだ。


「そういえば、なんで学校? 自宅うちに設置するのはだめだったの?」

「うーん。感覚的な話になるピコだけど、学校という施設は悩みの収集に向いているんだピコ。

 思春期の多感な少年少女らが干渉し合うことで、より多くの悩みが発生して、それこそ大人になってからじゃ悩めない悩みまでここには溢れてるピコ。

 有効距離があるわけではないけど、体感では学校のような悩みの発信地の方が、手紙収集の場としては適しているんだピコ」

「ふーん。でもあんまりたくさん手紙が届いても、捌ききれないよ。私簡単なお悩みでも結構苦戦する自信あるし」


 私の頼りない自信表明を聞いて、ぴこぴは生意気に笑った。


「だからこそピコ! アメでも解決できるお悩みを幅広く集めるために学校に設置したピコ!」


 失礼な話だ。


「学校や会社……人々が行きたくないけど行かなきゃいけない場所に、悩みは溜まっていくピコ」

「……わかるな〜」


 半不登校の私には非常に納得のできる理屈だった。


「あと、部屋の角とかには特に溜まりやすいピコよ」

「そんなほこりみたいな……」



 壊れた南京錠は、もはや錠前としての機能を果たしていなかった。

 幕間東高校の生徒でそのことを知っているのはおそらく私だけで、感心そうにそれを見ていたぴこぴを含めれば、この事実を知るのは私たち二人だけである。

 だからこの屋上は、居心地の悪い校内でも心置きなく居座れる唯一の場所だ。


「気持ちのいい場所ピコね~」

「そうでしょ、本当は立ち入り禁止なんだけど」


 落下防止用の背の高いフェンス、その隙間を縫って強い風が吹き抜けた。

 夏の日差しを避けて、陰になっている場所に二人で座り込んで昼食をとる。


「アメ、これ食べてみてほしいピコ!」


 ぴこぴは照れて顔をぎゅっとしながら、私に弁当箱を差し出してきた。見覚えのない弁当箱だ。食材もそうだが、わざわざ買ってきてくれたのだろうか。

 道中購買でパンを購入しようとした際に止めてきたのは、このためだったらしい。


「えっ、いいの?」

「もちろんピコ! アメのために作ったピコよ」

「え~素直にうれしいよ」


 今朝の感じを見るに、料理をすることに抵抗のないタイプなのだろうが、それでも朝から二人分の朝食と弁当を用意するのは手間だっただろう。朝食を思い返すと、期待値が上昇して空腹が加速する。


「開けていい?」

「どうぞピコ! でもあんまり期待しすぎないでほしいピコ、朝急いで作ったものだからおいしいかは分からないピコだしそれに……」

「すご!」


 ぴこぴの前説の途中だが我慢できずに蓋を開けると、彼女の言い訳とは裏腹に、とても気合の入った内容が露わになった。

 卵焼き、鶏の照り焼き、ほうれん草の胡麻和え、プチトマト、アスパラのベーコン巻き、きんぴらごぼう。小袋のふりかけが添えられている。

 品数、栄養バランス、配色、どれをとっても隙の無い完璧なお弁当だった。


「理想的なお弁当だね」

「え~~褒めすぎピコよ~。アメは健康に気を使わなそうだったから、今回は野菜料理を多めにチョイスしてみたピコ!」

「ねえねえ、食べてもいい?」

「もちろんピコよ!」


 褒められてにやにやするぴこぴを横に、プチトマトを食べる。なんとなく苦手な印象があったが、避けている間に増幅された苦手意識だったらしく、プチトマトと再開した今では難なく食べることができた。

 苦手だったものを先に平らげ、ここからはお楽しみの時間だ。

 一品一品味わって食す私を見て、ぴこぴはそわそわとしていた。明らかに感想を待っている。鶏の照り焼きと白米を嚥下すると、ぴこぴも緊張で喉を鳴らした。

 私は甘ったるいパックのミルクティーを一口飲んでから、箸を置いた。


「ぴこぴ、店だそう」

「え~~~~!! アメ、褒めすぎ! 褒めすぎピコ!」


 私の言葉に大喜びのぴこぴ。素晴らしいお弁当をいただいたのだ。彼女が満足のいくコメントをできたようで良かった。

 それから昼休みをめいいっぱい使って、私たちは和やかな昼食をした。

 学校の休み時間なんて退屈で早く過ぎてしまえとばかり思っていたから、新鮮な時間だった。



「はー……一日中勉強、勉強……学生さんは大変ピコねえ」

「お疲れさま、もう初日からやんなっちゃうよね。ぴこぴも明日から一緒にさぼる?」

「さぼんないしさぼらせないピコ!」


 放課後。慣れない授業にどっと疲れた私たちは、そそくさと帰宅の準備をしていた。

 部活動に向かう生徒、足早に帰路へつく生徒、ホームルーム終了後も教室で駄弁る生徒。逆叉先生は「あんまり寄り道するなよ」とだけ言って、急いで職員室へと向かっていった。ぴこぴの急な転入といい、仕事が溜まっているのだろう。


「……アメ、朝も言ったけど一緒に来てほしい場所があるピコよ」


 ぴこぴがそう耳打ちする。そういえばそんなことを言っていた気がする。小声で話し出したということは、まず間違いなく魔法少女に関することだろう。


「うん。行こうか」



 電車を降りる頃には、夏に入って少しだけ伸びたはずの日も没していた。


 海華わだか町。

 ゴーストタウンと化したこの町の夜を照らすのは、もはや月明かりだけだ。切れた街灯は道を映さない。青白む月光のみを頼りに歩くしかない。

 昨晩の金融ビル倒壊も、きっと世間には気づかれていないのだろう。現から隔離された町がここだ。

 ぴこぴの後をついてしばらく歩くと、一際大きな施設が夜闇の向こうから出現した。


「……遊園地?」


 地方経営のものにしてはかなりの広さであろう遊園地が、そこにはあった。


「アメ、おいでピコ。こっちから入れるピコよ」


 中途半端に開いた門扉を通り抜け、無人のゲートをくぐる。チケットもないままでの入園は、廃墟となった施設とはいえ緊張感があった。


「……」


 明かり一つない遊園地。過去となったテーマパーク。

 けれど施設内は、黄金山金融ビルとは違い綺麗なままだった。電気さえ通れば明日からでも運営再開できそうなくらいだ。

 駅からは見えなかったアトラクションの数々が、寂しそうに眼を閉じている。


「今は眠ってしまっているけど、この海華遊園地はアメの力で目を覚ますかもしれないピコ」

「? どういうこと?」


 ぴこぴが指差した先には、動かなくなったメリーゴーランドがあった。

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