魔法少女マジカルリリィ

あさねこ

第1話

『魔法ってあると思う?』

 誰に訊かれたのだろう。くだらない質問。だけど、私は真面目に答えた。

『ない』

 即答。訊かれてから一秒も掛からず、その言葉は私の口から出た。

『重力・電磁気・強い力・弱い力。この四つで世界は説明できてる。そこに魔法はいらない』

 質問に対して真面目に答えて、それで私に帰ってきた言葉を覚えている。

『つまんない』

 これは私にとっては強い言葉だった。私は科学が好きで、科学で説明される世界の面白さなんて当たり前のことだったから。そこに疑問を持ったことなんてなかった。その時の私が受け取ったその言葉は、当時の私にとってはあまりにも大きく、今でも忘れられずにいる。


 魔法がない世界は、つまらないのだろうか。私は、ずっと考えてきた。そして、それを確かめる術は唐突に目の前に現れた。

「魔法少女になってほしい」

 大学の片隅にある狭い研究室は静まり返っていて、然も壁際の本棚にひしめく学術書が音を吸うので声を出しても尚静寂であった。大量に積まれた本が防音材になるから、この部屋では少し大きな声を出しても全然響いたりしない。

 そんな研究室で私と2人きり、目の前でオフィスチェアに座っている30代前半くらいのメガネの男。彼は、若くして准教授としてここに着任している。名を赤坂あかさか聡兎そうとという。専門は弦理論で、最近は量子重力とかをやっているらしい。まだ勉強中だからよくわからないけど、彼の名前が付いた公式があるとか。

 そういう彼の口から出てきた「魔法」というワード。そのキーワードに反応して、私は思わず中学生の頃の会話を思い出すに至る。その記憶を咀嚼して、それから現在に戻ってきた。だから、ちょっと、いや、大幅に反応が遅れた。

「ごめん、唐突すぎたね」

「魔法って、」

 少しだけ会話がバッティングした。無言の時間が生まれる。互いに目を見合わせていて、それで赤坂先生が小声で「どうぞ」と言うので、それで私は続ける。

「まず、魔法って……あるんですか?」

 先生は暫し躊躇していたようで、目線を右往左往させていた。だけど、ほんの少しだけ間を開けてからキッパリと言い切った。

「ある」

 あの頃、私が即答で否定したこと。私の答えは、真っ向から否定された。

「立ち話もなんだから」

 ずっと立ち尽くしていた私に、先生は空いているオフィスチェアを示す。言われて2秒くらいしてから、ようやく私はトロトロと動き出し、ゆっくり椅子に腰を下ろした。

「強い相互作用・電磁相互作用・弱い相互作用・重力相互作用。この宇宙は、それら4つの相互作用が発見されている。これは知っているね。……ただし、それに加えて、極めて特殊なタイプの相互作用が存在する。それが、魔法」

 赤坂先生は、一つ一つの言葉を丁寧に話してくれた。

「魔法というのは難儀なもので、どうやら宇宙でもほんのごくわずかな存在しか、魔法に触れることは叶わないらしい。具体的な割合は……先行研究も何もないから適当な数字だけど……1000億人に1人とか」

 そこまで話して、先生は改めて私の目を見て言う。

「それは例えば、人類誕生以来、たった1人だけ生まれることがあるような、そんな確率になる。」

 私は、だいたい話の流れを察した。それから先生が発した次の言葉は、やっぱり私の予想通りのものだった。

函崎かんざき璃理佳りりかさん。君が、その1000億人に1人なんだ」

 改めて名指しされて、私は思わず背筋を伸ばす。

「今、この世界は終焉の危機に際していると言ったら……驚くかな。そうなんだ。物理法則を揺るがす魔物が現れようとしている。魔物に対抗する力、魔法少女がいないと世界は滅びてしまう」

 赤坂先生は、真っ直ぐに私の目を見据えていた。

「魔法少女に、なってくれないか」

 疑問は尽きない。世界の終焉、魔物、魔法少女。そもそも、これを話している赤坂先生は何者なのか。ただ、この話の内容それ自体には自然と疑念は湧かなかった。

 先生とは、この間の春から卒研のゼミをやっている。それが1ヶ月くらいだけなのだが、それ以前の講義を受けた時から赤坂先生のことは知っている。たまに冗談とかを言って授業の場を和ませるし、試験も簡単だから学生には好かれている。……私はそういう目で見たことはないが、イケメンだし。

 赤坂先生は、場を和ませる冗談はさておき、こんな変な話を冗談でするような人じゃない。それに、先生の話には何か真実味があった。嘘を言っているようには、少なくとも私は、感じられなかった。

「ちょっと、話が性急すぎたね。僕が悪かった、今の話は無かったことにして良い」

「やります。魔法少女」

 私は、でも、食い気味に答えた。私の答えを聞いた先生は、びっくりしたような、ほっとしたような、複雑な表情を浮かべていた。

「話が分かっているのかい?これは、冗談とかじゃない。君が知らないだろう魔法というものがあって、魔法少女だなんてそんな……」

「やります」

 それでも、私は言い切った。ずっと知りたかったことだった魔法というのがどんなものなのか。科学は、魔法にどう太刀打ちできるのか。魔法がある世界は面白いのか。それを思うと、なんの根拠もないのに、魔法少女でもなんでもやろうと思えた。

 先生は、何か言いたげに口をパクパクさせていて、でも、諦めたのか溜め息だけ吐く。

「せめて、もう少し説明させてくれ」

 椅子に深く腰掛け直して、先生は言葉を続けた。

「僕はずっと反対の立場だったんだ。君みたいな一人の学生を危険に晒すのは。でも……もう、時間がない。だから、仕方なく声を掛けた。この世界にはもう時間がないんだ。一つ言うべきなのは、これは本当に危険な仕事だ。危険というのは……君の命に関わるかもしれない。それでも君は……」

「やります」

 先生は再び溜め息を吐いて、小さく呟いた。物分かりの良すぎる学生も考えものだ、と。

「分かった、今の君は僕が何か説得したところで折れる気はないみたいだ。詳しいことは当日になってから言おう。……次の金曜日の午後3時。駅前に来てくれ」

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