恋愛に疲れたときのマカロン
だるまかろん
恋愛に疲れたときのマカロン
初めてマカロンを食べた。
小さくて、可愛らしい見た目、サクサクした生地に、わたあめのような味わいで、一瞬で消えてしまう。一口サイズ、いや、一飲みサイズだ。
ある日、マカロンが食べたくなった。パン屋さんに寄った帰り道のことだった。メロンパンを買った後なのに、マカロンが食べたくなった。可愛い見た目に騙されて、一口という一瞬の幸せを買った。
人間とは、一瞬の幸せを求めてしまう生き物なのだと思う。一瞬の幸せを生み出すのに、人は人の時間を買う。
私は、マカロンの虜になった。
時は金なり、という言葉がある。私の時間は、私だけのものだ。誰かに捧げるということは、それ相応の対価が必要だ。誰かに捧げた時間が、無駄になった時、しばし絶望感に苛まれる。
対価がなかった時は、気分が落ち込む。期待してしまうと、いろいろと萎えてしまう。
だから、私は期待はしないと、マカロンに誓ったのだ。
週末には、マカロンを買う習慣ができた。週末以外にも、暇ができれば、お店に寄る。
食べることは好きだが、運動をすることは嫌いで、次第に体重も増えた。
食べることを、やめようとはしなかった。ストレスから逃れるために、私はとにかく食べた。そうしなければ、人生がつまらない。
結婚適齢期になった。彼氏がいないと最近まで呟いていたあの子が、結婚した。
私は、疲弊していた。そもそも、恋愛や結婚に興味がなかった。だから、何もしなかった。最後の望みをかけて、メロンパンにお願いごとをする。
いい人が来ますように。マカロンを食べて、時を待った。
待ちわびたが、時間が経っただけだった。別に寂しくはない。そう言い聞かせて、週末が来る。
マカロンを買う。誰か美味しさを共有してくれる人間は、いないだろうか。一人で食べているのもいいが、誰かに紹介したいという気持ちもある。
会社の自動扉が開かない。なんだ、私は存在していないのか。後で聞いた話だが、警備強化のために閉めていたそうだ。私は自動扉を睨みつけた。
「今日、飲みに行きませんか。」
と、会社の同僚の男性が言う。顔のパーツが均等で左右対称だ。私は心の中で彼を左右対称と呼ぶ。
今日、私はマカロンを買いに行く予定だ。今日に限って、無性にマカロンが食べたい。飲みに行くより、マカロンが食べたい。
「今日は、用事があるので。」
私は断った。同僚とはいえ、顔が左右対称の人物からの誘いは危険だ。マカロンが買えなくなる。終電を逃したら、何が起こるか分からない。男という生き物に、私は何度も騙された。飲みに行くと誘われて、いい思い出はない。男の目的は一つだけと、私はよく知っている。自分が求められていると勘違いをして、恋愛が始まる。
そのような展開は、漫画の中だけでいい。
私は現実には求めていないのだ。
「用事がないことは、知っていますよ。僕と、付き合ってくれませんか。」
どうしたのか。最近、少女漫画を読んでいたが、ついに幻聴が聞こえるレベルにまで達したようだ。なぜ、私の用事がないことを知っているのだ。
いや、用事はある。マカロンを買いに行くという用事が。
付き合うとは、何だ?
あ、飲みに行くのに付き合えということか。面倒だな。左右対称の顔立ちなのだから、私じゃない他の誰かの方がお似合いだ。少女漫画は、現実で起こらないから面白いのだ。現実で起こそうとすると、失敗する。
「赤坂さんのことが、好きなんだ。付き合って欲しい。」
ついに幻聴が聞こえるようになったらしい。夢なら早く覚めてくれ。
「私、今日は用事があります。マカロンを買いに行く予定です。あと三十分で、お店が閉まります。付き合っている時間はないです。」
「待ってください。赤坂さんと飲みに行きたいんだ。赤坂さんが、先週食べていたマカロン、買ってみたんだ。よかったら、食べて。」
「え、あ、ありがとう。」
私は、展開の速さに、ついていけなかった。少し気遅れした。左右対称の男は、マカロンを渡してきた。私が買いに行こうとしていたお店のマカロンだ。
「さあ、これで今日は飲みに行けるよね?今日で、十回目の告白じゃないか。赤坂さんの好きなお店のマカロンを、行動範囲から推測した。」
この男、なぜ私に執着するのか理解ができない。
「僕は、諦めないことだけが取り柄なんだ。この諦めない性格のせいで、数々の女性に振られ続けて、全く彼女ができない。周りは結婚していて、正直焦っている。顔が左右対称で表情も影も薄いとよく言われる。初めて会った時、赤坂さんに一目惚れした。だから、百回告白してみようって思ったんだ。頼むから付き合ってくれないか。この先ずっと、彼女がいなかったらと思うと、どうしたらいいのか分からない。」
意外だった。左右対称も、同じことを考えていたのか。一人暮らしは、気ままだし、楽だ。楽なはずなのに、誰もいない部屋で寂しさを感じるのだ。
今日くらいは、いいか。私は左右対称と飲みに行くことにした。だが、左右対称が案内してきたのは、居酒屋ではなかった。格式高いレストランだった。
「予約していた、草野です。いつもお世話になっております。」
左右対称の男は堂々と言う。
「コートとお荷物を、お預かりします。」
と店員が言う。
私は、どうするべきか悩んだ。今すぐ帰りたいが、気軽に帰れるお店でもない。左右対称の男は、席に座るなり、私に語りかけるのだ。
「ここのレストラン、会社の飲み会でたまに使うんだけど、赤坂さん、いつも用事があるって言って帰ってしまうよね。どうしても、二人で来たくて。」
「赤坂さん、僕と付き合ってください。僕に時間はない。だから、結婚を前提にだけど。」
そう言うと、左右対称の男は何やら小さな箱を取りだした。指輪だった。私は、悩んだ。左右対称の男は、あくまで同僚だった。今の関係が、一番楽だった。
付き合うって、そういうことなのか、と理解した。私は何も言わなかった。指輪、着けてみて、と言われて、着けた。サイズがピッタリだった。左右対称の男と、乾杯をした。久しぶりに、価値ある食事をした気がした。
私は、それからの記憶がない。夢だったような気さえする。気づくと、左右対称の男の部屋にいて、ベッドで寝ていた。服は着ていた。私は立ち上がって、部屋を見渡した。左右対称の男は、ソファの上で寝ている。私は、指輪を外そうとすると同時に、左右対称の男が起きる。
「赤坂さん、おはよう。昨日はありがとう。もう少し、近くに来てくれないか。きみが側にいないと、とても寂しいんだ。」
私は、左右対称の男に近づく。彼は、私に優しいキスをするかと思いきや、私の背後に置いていた自分の携帯電話を手に取る。
窓の外から、日の出の光が差し込む。今日は、休日だった。彼の体温を感じながら、目を覚ます。これから、幸せになるはずだった。こんなことになるなら、もう、近づかないで欲しい。
「僕は、数年前、行方不明になった彼女を忘れることができない。」
そんなことは、聞きたくなかった。私は心を閉ざした。
私は、また週末にマカロンを食べる日常に戻った。思い出すのは、あの人のこと。今日も誰かが、マカロンのように、一瞬の幸せを求めて、消えていく。そんな世界で、私達は生きている。幸せになることは、決して悪いことじゃない。
幸福のあとの不幸が、私は嫌いだ。誰かが不幸にならなければ、誰も幸福になれない。そんな世の中で、私は生きている。
恋愛に疲れたときのマカロン だるまかろん @darumatyoko
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