第55話 河原木美晴、宣戦布告
「リュウ君、今日夜ご飯どうするの?」
「あ…」
今日の現場が終わり、事務所で全ての作業を終えて帰ろうとする俺に河原木さんがそんな疑問をぶつけてきた。
キャラクターショーの世界、朝は早く夜が遅い事が多い。何時に家に帰って来れるか分からない為、現場に入る日は夕食はいらないとデビューの日から両親には言っていた。
RAMは基本、朝食は事務所を出発して現場に到着する間にコンビニに寄り調達する。1人500円以内なら経費から落ちる事になっているのでそれを皆利用している。
昼食はクライアント側が用意した仕出し弁当を食べる事になっている。
そして夕食、昼食の仕出し弁当が毎度毎度メンバーの誰かは食べない事が多く必然的に残りが出てくる。その残りは捨てるのも勿体ないので誰でも持って帰って良いとなっているので俺はいつも持って帰って家で食べている。そういう時仕事から帰ってきた姉ちゃんや何故か俺の家に寄るアヤや穂希がその様子を眺める謎な事になっているんだけど。
以上が基本的な現場がある日の3食なのだか何にでも例外はある。今日はその例外だった。朝食はいつも通りだったが昼食はクライアント側のサービスという事でショー関係者全員施設内のレストランで御馳走になっていた。なので今日は仕出し弁当そのものが無い。
完全に忘れていた。現場終わりで夕食抜きだと空腹過ぎて寝られないかもしれない。途中のコンビニで何か買って帰ろう。
「その顔、完全に忘れてたみたいだね」
「そうですね、忘れてました。帰りにコンビニで何か買って帰りますよ」
「それだったらボクと一緒に食べに行かない?リュウ君のヒーローデビュー祝いで御馳走するよ」
「マジですか!?」
それは渡りに船だ。この提案に乗らない手は無い。
「うん、ボクとだとイヤ?」
「そんな事無いですよ。喜んでお受けします。むしろありがとうございます」
「なら良かった。じゃあ早速行こうか。リュウ君はこの後、銭湯だよね?ならボクも銭湯に久しぶりに行こうかな」
「そこまで合わせて貰って何か申し訳ないです」
「気にしなくていいさ」
微笑む河原木さん。プロコスプレイヤーとして仕事をしているだけあって元から河原木さんは相当な美女なので人によってはこれだけでイチコロになってしまう様な微笑みだった。
そのまま大広間を出ると丁度、男子更衣室で私服に着替えた叶さん、北さん、滝本さんと鉢合わせた。
「お~ハルちゃんと桐生君、今からラーメン食いに行くけど一緒に行かないか?」
「北さんの驕りらしいぜ」
「驕りとは言ってねえよ!」
北さんと滝本さんからそんな提案を受ける。俺と河原木さんも今から食事に行く所だ。丁度良いんじゃないかなと思ったら、河原木さんは意外な事を言い出した。
「すみません、この後、ボクとリュウ君はちょっと用事があるので遠慮しておきます」
「そうか。なら仕方ないな」
「じゃあ北さんと俺は行くわ。お疲れっす~」
「お疲れ様です~」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様でした」
北さん達の提案を河原木さんは俺諸共蹴ってしまった。別に目的は同じなのに断る理由なんて無いと思うけど。
あ、そういえば叶さんは行かないのかな?
「あれ?叶さんは行かないんですか?」
「あぁ、俺はハイパーステージ班が帰ってくるまで待ってるつもりだ。お前ら用があるなら俺の事は気にせず帰って良いんだぞ」
あ、そっか。今日は武田さん達が仮面ライダーハイパーステージに出てるから。
なるほどチームリーダーというのは大変なものなんだなぁ。
そういえば帰りの車内で叶さんから「初めてのヒーローとしては上出来だったぞ。その勢いでこれからも頑張れよ」とお褒めの言葉を頂いた。無茶苦茶嬉しい。
「じゃあすみません、お言葉に甘えて。お先に失礼します」
「お疲れ様でした」
「おぉお疲れさん」
そのまま叶さんに挨拶をして俺と河原木さんは事務所を出た。
「そういえば河原木さん」
「ん?何?」
「何で北さん達の誘いを断ったんですか?折角だから一緒に行ったら良かったじゃないですか?」
「リュウ君、ボクと2人だけはイヤ?」
「イヤでは無いですけどどうしてかなぁって」
「なら良かった。リュウ君と2人きりでいたいからに決まってるじゃないか」
そう言って笑顔で俺の頭を撫でる河原木さん。
もっと河原木さんは社交的な印象だったんだけど、そういう気分もあるんだろう。
その後、俺達は銭湯に寄り、繁華街のファミレスに行った。デビュー祝いと称して武田さん達と行って以来、RAMのメンバー間でちょこちょこ行っている店でもある。
風呂上りという事で河原木さんは頬を火照らせていた。こう見ると河原木さんも結構肌色白なんだな。
テーブル席に案内されそれぞれ注文をしてドリンクバーに行って何やかんやしていたら注文していたメニューが来た。
お互い食べながら今日の現場の話なんかをしていた時、河原木さんからこんな言葉が飛び出した。
「それにしても撮影会はビックリしたね」
「あぁ~僕も帰りに叶さんから言われてビックリしました」
そう、撮影会の途中、アヤが俺にキスしてきたというのだ。俺はいっぱいいっぱいだったので最初は誰か気付かなかったがアヤの顔面ドアップに驚いてそこでようやく今日姉ちゃん達が観に来ていた事に気付いたのだ。という事は俺のステージをアイドル達に観られていた事になる。ステージに立つ者同士とは言え、身内である3人から観られていたというのは気恥ずかしいものがあった。
そして公衆の面前でキスしてくるアヤの度胸に改めて驚かされた。仮面越しで触れていないとは言え、そういう事は人前でするものなのか?とも思ってしまう。アヤが変に度胸があるのは今に始まった話では無いけれど。
後、滝本さんが姉ちゃんに気付かなかったのは本当に良かった。先週のデートの練習の時と同じだったけど、人間本当に髪型が変わるだけで違って見えるものなんだなと思った。
「あの子、よっぽどRXが好きなんだね」
「そう……なんですかね」
アヤがRX好きとか全然知らなかったぞ。もしそうなら今度Blu-ray貸そう。2人でぶっちぎるぜぇっ!!
「どうやら分かってないみたいだね。それにあの子達、凄い綺麗で可愛かったね。リュウ君の知り合い?」
「え?知り合いと言うほどでは…」
「嘘。撤収の時、あの子達とリュウ君が喋ってる所見たんだよ。すぐに離されたみたいだけどね」
うわぁ、あれ見られてたのか。姉ちゃん達がナンパされてたからついつい口を挟んじゃったんだよな。あの後、恐らく姉ちゃん達の事務所の人達から注意されたけど。
知り合いとだけ言えば大丈夫か。
「言うのも恥ずかしかったんですけど、知り合いですね…」
「ふぅん、知り合いねぇ…。どれ位の仲なのかな?」
「仲ってそこまで言う必要あります?」
「ボクはリュウ君の姉だからね。弟の交友関係は知っておくべき事なのさ」
いやいや俺達は先輩後輩であって姉弟じゃないですよ。正直、姉は1人で充分です。
いつも河原木さんは俺の姉気取りでいる。弟が欲しかったというのと俺が初めての男の後輩というので揶揄ってるのかな?
「弟ってまた揶揄って」
「別に揶揄ってないよ。本気でボクは君を弟だと思ってる。ボクは呼んで欲しいのに君はいつまでたっても『ハル姉さん』とは呼んでくれないけどね。で、仲は?」
河原木さん、目がマジ過ぎて怖い…。マジか?マジで?マジックだショータイム。
「身内ですね。姉と従姉と幼馴染です」
「姉…?リュウ君、お姉さんいるの?」
河原木さんの眉がピクッと動く。え?何?地雷踏んだ?スーパーダイナマイト?
「えぇはい。高3で今年18になる姉が一人」
「18か。ボクが22だから年下か……」
ブツブツ言っている河原木さん。
「あの?河原木さん?」
「ん?あぁ大丈夫。じゃあ彼女とかじゃないって事だね」
「それは絶対に違います」
俺が彼氏とか例え顔は知らない同士でも勘違いされるのは姉ちゃん達も困るだろう。
だからそこは即座に否定した。
あ、でも河原木さんもプロコスプレイヤーで芸能界でも仕事してるから姉ちゃん達とは同業者だからどこかで顔を合わせている可能性もあるのか?
そんな俺の答えに河原木さんが笑みを浮かべている。
「即答か。じゃあ本当に脈なしだね。良かった…」
「脈なんかある訳無いですよ」
ホッとした顔で胸を撫で下ろす河原木さん。
流石に美少女で鳴らしていて現役バリバリのアイドルである姉と従姉と幼馴染だ。
姉ちゃんは実の姉弟だから絶対無いとしてアヤと穂希どちらとも俺は釣り合いは取れないし、3人にも誰かを好きになる自由はある。それを俺は束縛する気は毛頭ない。
「ところで弟の事を苗字由来のあだ名で呼ぶのは変だね。これからは連くんって呼ぶけど良いかい?」
いやだから弟じゃないですって。それに連くんって呼ばれると姉ちゃんに呼ばれているみたいで何だかムズムズする。ただ河原木さんの提案を否定する理由も無いんだよな。
まぁ別に良いか。
「まぁ別に良いですよ」
「嬉しい。じゃあこれからはもっと連くんを弟として可愛がっていかないとね」
「いや俺ら先輩後輩ですって…」
「先輩後輩なんて姉弟みたいものさ。だからボクの事は遠慮なく『ハル姉さん』って呼んでいいんだよ?」
流石に論理が飛躍し過ぎてませんか?
それに実の姉以外は姉と呼ぶのはやっぱりどうかと思う。
昔、保育園位の頃にアヤから「わたしはれんちゃんよりおねえちゃんだからあやねえちゃんってよばなきゃだめなんだよ」と言われてそういうもんかと思って「あやねえちゃん」と呼んでいたらそれを知った姉ちゃんが「あやかをねえちゃんってよぶのはだめーっ!!れんくんのおねえちゃんはわたしだけなのーっ!!」とブチ切れたなんて事があったな…。
まぁ流石に姉ちゃんもRAMでの事までは口を出さないとは思うけど…。
いずれ呼ぶ様になればいいか…。
「善処します」
「まだ今はダメか…。でも善処って事は期待してて良いんだね?」
「それはご想像にお任せします」
「ご想像ねぇ…。フフ、分かったよ」
また河原木さんは笑みを浮かべた。その笑みはどこか妖しさを感じるものだった。
「いや別にそこまでしなくて大丈夫ですって」
「高校生を夜道に一人歩かせるのは危ないからね。遠慮しなくていいから」
ファミレスを出た後、俺は河原木さんに家まで送られていた。
姉ちゃん達の事があるから俺はかなり遠慮して断ったのだけど、「ボクの家も近所だし」と言われ無理やり御同行相成る事となった。
ちなみに河原木さんの家は俺の家から数十mの所にある20階建てマンションの20階だという事だった。マジで近所だった…。
いや確かにこの間アヤが襲われたりしたけど、俺を襲う奴とかいないって。
このまま家に来られるのはヤバい。姉ちゃん達と河原木さんを鉢合わせさせたくない。
そんな事を思い必死に引き下がっていたのだが何時の間には俺の家の前まで来ていた。
現実は非常なり。
「あ、もう僕の家ここなんで」
「あぁここ。何だ本当にボクの家のご近所さんじゃないか」
「そうですね。じゃあ僕はこれで」
「あっ待って」
俺が家に入ろうとしたその時、河原木さんの手が俺の頭を掴んだ。
目を閉じた河原木さんの顔が俺に近づく。
それと同時に家のドアの開く音がする。
チュッ
刹那、河原木さんの唇が俺の唇に触れる。
何だこれ?あぁ聞いた事がある所謂キスという奴か。キスかキスねぇ…。キス!?
河原木さんが俺にキス?え?何で?何してるの?
混乱する俺は何か刺さる様な視線に気づき、ふと目をそちらに向ける。
「「「…………」」」
姉ちゃん、アヤ、穂希の3人が固まっていた。
しっかりバッチリ俺と河原木さんのキスシーンを見たらしい。
3人は表情で人を殺せるなら間違いなくそれをしている凶悪殺人鬼だっていう様な顔をしている。とりあえず美少女とかアイドルとか呼ばれる類の人達が絶対しちゃいけない表情をしているのは分かる。
「フフッ、キス、しちゃったね…」
河原木さんは俺とそして姉ちゃん達に対してやはり妖しげな笑みを浮かべていた。
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