第54話 帰り際にナンパされるアイドル達
「綺夏!今のはやりすぎよ!」
「そうよ!アンタこの間の事があったばっかでしょうが!」
今日の目的を終えた私達は洋子さんに連絡を取り迎えの車を出入口付近で待っていた。
今の私と穂希はハッキリ言って不機嫌だった。理由は写真撮影会での綺夏の行動、何せ多くの人達がいる中で大胆不敵にも連くん演じる仮面ライダーに綺夏がキスをした事だった。
多くの人達のいる中での行動、流石に会場は一瞬固まってしまった位だ。
あの後、私達は監視役の人達から大目玉を食らった。唯一の救いはそれで私達が「ディーヴァ」であると気付かれなかった事位だろう。
そして何よりいくら仮面越しとは言え連くんの口に綺夏がキスをした事実が許せなかった。
私だってまだ頬にしかキスしてないのに!仮面越しでも連くんの唇が綺夏に汚されたなら姉である私が責任をもって消毒しなければならない。
先週のデートでお互いのファーストキスを捧げるつもりだったんだから。今日改めて私のファーストキスを連くんに捧げよう。流石に映画の撮影で今回初共演の人に捧げたくはない。
「そんなに怒るなら自分達もすれば良かったじゃない。仮面越しなんだし言うほど大層な事じゃないと思うけどな」
平然と答える綺夏。この子は昔からクールな容姿の中で何を考えているか分からない所があるから油断できない。
この間の襲われた件は本気で心配したしそれが彼女の後々までのトラウマにならないか気にはしていたが、後でその夜、連くんとベッドを共にしただけでなく胸を触られせて抱きしめたという事を本人から言われた時は流石にやりすぎだとは思ったけど。
「本当に綺夏、そういう所昔っからよね~。大胆というか後先考えないというか…」
「ちゃんと後先は考えてるよ。やるかやらないかは実行力のみじゃない?」
「その割には連には告白できてないじゃない」
「連ちゃんはまだその気じゃないからね。わたしは勝てない勝負はしないよ。でも絶対に連ちゃんは最後にはわたしの所に来るから。これは余裕って奴だよ」
「余裕ねぇ~。ま、そういう事にしておいてあげるわ」
確かに連くんにその気が無いのは言う通りだ。
そもそも連くんは人間に強い興味を示した事は無い。基本的に特撮にのみ愛情を注いできた子だ。勿論、だからと言って他人を見捨てたり放っておくみたいな事はしない。むしろ逆。何かあればすぐに助けに行ってしまう様な性格だ。
でも、助けたらそれで終わり。相手と深く関わろうとしない。
今思えば連くんは穂希以外に同年代の友達とハッキリと呼べる存在がいなかったのでは無いだろうか。
別に周りに人が全くいないという訳では無かった。穂希以外の子と一緒に遊んでいる姿は見た事がある。でも、私達の様によく一緒にいるという事は無かったように記憶している。
そもそも私達がずっと傍にいたから他の子が来づらかったのかもしれないと今にしてみたら思うけど。まぁ私達以外の女の子が寄って来なかったのは良かったと言うと我儘が過ぎるかな。
今は同じクラスの穂希曰く前の席に座っている太田君という子と仲が良いみたい。
姉としては弟に仲が良い子がちゃんといるという意味では安心している。一方、女としては仲が良い相手が同じ男であっても彼がどういう人物かは分かっていないので警戒するに越した事は無いけれども。
「ねぇ彼女達!」
突然、私達は声をかけられた。こんな呼び方は洋子さんは違うな。それに監視役の人達でも無い。間違いなく連くんじゃない。
恐らくナンパだろう。昔から私達3人でいるとよく遭っていた。先週、連くんを待っている時に遭わなかったのが本当に奇跡的だったんだなと思う。顔を見る必要も無い声からして間違いなく軽薄な連中だろう。
綺夏と穂希も「またか」と言った顔をしている。本当にいい加減にして欲しい。
だから私達は無視を決め込んだ。
「ねぇ彼女達ってば~!」
無視したら引き下がるかと思ったけど相手もなかなか引き下がらない。とりあえず監視役の人達が何とかしてくれてるだろう。だから私達は下手に動かない方が良い、このつまらない嵐が収まるのをじっと待っていればいい。
「おい!聞こえてるんだろ!」
男が私の肩を掴んできた。どうも業を煮やしたらしい。
それにしても無視されたからと言って行動に移すのは流石にどうかと思う。相手が嫌がっているとか分かっていない自己中心的な考えの持ち主なんだろう。
その時だった。
「ちょっとすいませ~ん」
「あん?」
私達と男達の間に割って入る事。監視役の人達じゃない。この声、絶対に間違えない、連くんだ。
私達が声の方を向くと案の定、連くんが立っていた。上下黒のジャージ姿で大きな段ボール箱を抱えている。
「何だよお前?」
「お取込み中失礼しますけれども、こちらの方達は今日のイベントの関係者なんですよ。もうすぐ集合なのでお声掛けは控えて貰っていいですか?」
「んだよ、それ」
男達、3人はいただろうが一気に白け切った空気になる。でもそんなのはどうでもいい。
やっぱり連くんは私達が困った時には必ず駆けつけてくれる。私にはそれが嬉しかった。
「もう5分もしない内に搬出口に集合なんで早くしてくださいね。そう言う事なので本当にすみませんけど…」
「チッ、もういいわ。行こうぜ」
連くんに言われてようやく諦めたのか去っていく男達。それにしてもそんなに連くんが畏まる必要は無いのに…。
「姉ちゃん達、何してんの?」
今度はこちら側に聞いてくる。私達がいる事に心底驚いた様だった。
サプライズを狙ってわざと何も言わずにやって来たのだけど、この様子だと成功という事でいいかな。綺夏のキスはまだ全然納得いっていないけれど。
「何ってアンタのヒーローデビュー観に来てあげたのよ」
「連ちゃんすっごく格好良かったよ」
「お姉ちゃん、連くんとの写真ずっとずっと大切にするからね♡」
「というか、撮影会でアヤの顔がドアップになったのはビックリしたよ。あの時、何しようとしてたんだよ?」
「何って…。連ちゃん気付いてないの?」
「こっちは初めてのヒーローでいっぱいいっぱいだし視界が悪いから何されてるか分からなかったんだよ」
「な~んだ、残念…」
「綺夏、残念ね」
「じゃあアレは綺夏の一方通行という事ね」
連くんは綺夏が何をしようとしたのに気付いていない様だった。それを聞いてそれ見た事かと穂希が笑う。当の本人が気付いていないなら綺夏のキスはノーカンね。
私は少し安心する。綺夏には悪いがいい気味だ。
「ちょっと君、何しているんだ」
監視役の人達の一人が連くんに声をかける。
もう今更何してるのかしら。それにむしろ連くんならもっと声を掛けてきて欲しいのだから邪魔しないで欲しい。
「あっすみません。じゃあ3人共俺もまだ撤収作業あるから。また家で」
そのまま去ってしまう連くん。もっと色々今日の感想とか言ってあげたかったのに。
監視役の人達の仕事は理解しているが今のはちょっと間が悪すぎる。
何だか消化不良な感覚が残ってしまい、思わずジト目で彼らを見る。綺夏と穂希も不満そうな目つきをしている。
一方、監視役の人達は何か文句ありますか?と言わんばかりの態度だ。文句ありますー!
そしてその後、洋子さんが運転する車が到着し、私達は帰路に着いたのだった。
「あの3人、やっぱり……」
私達を1人の女の人が見つめていたのにやはり私達は気付いていなかった…。
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