第51話 ヒーローを観に行くアイドル達
【Side連】
時は流れて日曜、遂に昭和ライダーショー本番。もうすぐ1回目のショーの開演だ。
台本も音源も確認した。RXはかなり出番も多く主役としての存在感が要求される。
ポーズもあの後からずっと練習してリハ前に叶さんに改めて何度も指導してもらい形になった。
殺陣も叶さんや河原木さんがかなり格好いい、だが今の俺の技術に合ったものをつけてくれた。
控えのテント内で俺は着替え始める。初代、V3、RXの主題歌がBGMとして客席に響き渡り、観客席から子供達だけでなく大人の声も聞こえる。昭和ライダーという事で俺みたいなオタクも大勢来ているのだろう。という事は観客の多くは目が肥えている。今までに無い緊張が俺を包む。
マスク以外全ての衣装を河原木さんに手伝ってもらいながら俺は着た。キャラクターショーの衣装は基本一人では着られない為、誰かに手伝ってもらう事になる。いつもその時、手の空いている先輩の誰かに手伝ってもらう事になるのだが、河原木さんが一緒の時はいつも「リュウ君はボクがやるよ」と全部手伝ってくれた。俺としてもすぐ上の先輩である河原木さんが一番頼みやすい。
俺はRXのマスクを手に取ってすぐ被る訳でも無く、見つめていた。
もうすぐ俺自身が俺が大好きな仮面ライダーBLACK RXになるんだ。
「リュウ、今日はお前が本物のRXだ。それを忘れなければ大丈夫だ」
緊張を察したのか、シャドームーンの衣装を着て、後はマスクを被るだけの叶さんが俺に声をかける。
そうだ、今は俺が本物のRXなんだ!誰でも無い俺がヒーローなんだ!
「ありがとうございます!」
俺は叶さんに礼を言い、マスクを被る。それと同時に叶さんもマスクを被る。
ここからは俺と叶さんはメンバーとリーダーじゃない、RXとシャドームーン、宿命のライバルなんだ。
「よしっ!」
俺は独り気合いを入れる。
俺のヒーローデビューの幕が遂に上がる…!!
【Side水沙】
「全く…、今日の撮影、やたら3人共気合いが入っていて予定を大分巻いて終わったのはこういう事だったのね…」
呆れ気味に洋子さんが溜息を吐きながら車を運転する。
私達「ディーヴァ」の3人は公式ユーチューブチャンネルの撮影を予定を大幅に前倒しして終わらせて、一路連くんがヒーローを演じるショーの会場である大型商業施設に向かっていた。
1回目のショーは残念ながら間に合わなかったけど、2回目のショーは何とか間に合いそう。
奇跡的にスタジオからその施設までは車で10分程度と近い距離にあったから救いだ。
そういえばここはデビューしてしばらく位にインストアライブで来た事があったっけ。
あの頃はまだ観に来てる観客もまばらにしかいなくて連くんが最前列で観てくれてたんだっけ。
あの時観客側だった連くんがヒーローとしてかつて私達が立ったステージに立つ。そして今回は私達が観客側、何だかちょっと感慨深い。
「とにかくこの間の綺夏の件もあったし事務所としては本当は許容したくは無いのだけれど、あなた達の事が何が何でもという事なのよね…。でもこれだけは約束して。絶対に下手な行動はしないで」
「「「はい」」」
洋子さんからのお達しに私達3人は口を揃えて応える。
そう、つい先日、綺夏が悪質な男に襲われたのだ。
幸いにも連くんが現れて助けてくれたおかげで綺夏は最悪の事態にならずにすんだ。男はその後、正式に逮捕されたそうだ。以前にも警察沙汰を起こして前科持ちなので今回は実刑判決は免れないだろう。
この話を洋子さんから電話で知らされた時は心底衝撃を受けたし、心配になってラインを送ったが、返事は返って来なかった。よほど精神的に参ってたんだろうなと思ったら、お母さんから連くんがその日は綺夏の所に泊まると聞かされた。
正直、嫉妬を覚えなかった訳では無い。でも綺夏も私にとっては大切な存在だからその日は仕方ないと思いながら連くんのベッドで寝た。
次の日の朝、綺夏は普段通りの顔を見せていたので心の傷も連くんに癒してもらえたのだろう。やはり連くんは私達にとって絶対必要な存在だと再確認したし、改めて連くんに惚れ直した。
それもあったからか現在、私達の行動は制限される事になった。私達で自由に外出する事ができなくなってしまった。今回も本当ならダメなのだが、私達が洋子さんを拝み倒して何とか許可を貰えた。ただし一応、用心の為に監視を付けるとの事だった。監視役の人達は別の車で私達の乗る車の後を追っている。
「それとあなた達、変装してるつもりかもしれないけど、本当に大丈夫?」
怪訝そうに聞いて来る洋子さん。
一応、私達はバレない様に変更をしている。と言ってもウィッグだけだけど。
サングラスとかマスクとかもいるかなとは思ったが、却って胡散臭くなるかもしれないし、それに連くんの晴れ舞台。サングラス等無い状態、自分の目でしっかりと見届けたかった。
「大丈夫ですよ。だってこのウィッグを被れば実の弟である連くんは分からない位でしたし」
「それに監視役の人達もいますし」
「正直アタシ達もお互いをすぐに認識できませんしたし」
私は前に連くんとのデートで被っていた黒髪のウィッグを被っている。
綺夏は明るい茶髪のウィッグを被り、三つ編みにしていて穂希は濃紺のショートのウィッグを被っている。正直、穂希の言う通りぱっと見で2人を2人と認識するのも私でもかなり時間がかかったから大丈夫だろうとは思う。
「あなた達ねぇ…ちょっとは危機感持ちなさい……」
また溜息を吐く洋子さんだった。
「また終わったら連絡しなさい。私は一旦スタジオに戻るから」
その後しばらくして会場となる大型商業施設に到着した私達は出入口前のロータリーで車から降ろしてもらった。そのまま走り去る車を見送る。
「そういえば会場ってどこだっけ?」
「確か、センターコートの特設ステージ。ほら、前にわたし達がライブやった所」
「しっかし、アタシ達が立った場所に今度は連が立つなんてぇ~」
そう言いながら、私達はステージに向かう。監視役の人達も到着していた様で私達の少し後ろを歩いている。この人達には申し訳ないけど、今日は気にしないでおこう。
「何だ水沙達じゃないか」
「お爺ちゃん達!?」
向かいから来た4人に声を掛けられ私達は驚いた。
その4人とは私の父方の祖父母――
父方である敏夫お爺ちゃんは中堅企業の社長をしている。お父さんとお母さんはそこで役員として働いている。母方の健三お爺ちゃんは財界の大物であり、芸能界にも影響力が強い。私達「ディーヴァ」の躍進と色々な問題から守られているのにはこの人の存在が間違いなくある、私達の後ろ盾になっている人だ。
そして、美津子お婆ちゃんに静お婆ちゃん、この4人はとても孫に甘い。そして両祖父母を早くに亡くした穂希にも優しいので穂希も実の祖父母の様に4人を慕っている。
後両お爺ちゃん、両お婆ちゃん共にウマが合ったのか非常に仲が良い。よくお互いの家に行くらしい。
特に連くんは溺愛レベルで極甘と言っていいレベルだ。連くんの部屋には大量の玩具や本、Blu-rayがあるが、それらを今年の春に高校1年生になった連くんの財力ではとても賄える代物じゃない。でも賄えているのは一重に両祖父母の存在があるからだ。4人共連くんの欲しそうなものを予め探して買ってきてくれるのだ。
連くん自身は昔は無条件に喜んでいたが今は「欲しかったのは欲しかったけど、ここまでしてもらうのもなぁ…」とちょっと困惑気味だったりする。お母さんも「いつまでも連を甘やかさないで!」と両祖父母が来る度に注意してくる。
特に健三お爺ちゃんは他人の前ではいつもしかめっ面で威圧感を与えてくる“怖い人”なのに連くんの前ではそんな顔もどこへやらいつも甘い顔をした“好々爺”になってしまう。
そんな4人が連くんがヒーローデビューとなる会場に居る。となれば理由は私達と同じだろう。やはり可愛い孫の晴れ舞台が観たいんだろう。それは私達も同じだけど。
「お爺ちゃん達もやっぱり連くんを観に?」
「勿論だ。何たって可愛い孫が主役を張ると理沙から言われたんだ。観に来ない訳が無いだろう」
「いや格好良かったわ、連ちゃん。仮面を被っていても凛々しいのが分かるわ~。流石私の孫!」
健三お爺ちゃんと静お婆ちゃんがとても嬉しそう。そっか、そんなに良かったんだ連くん。
私の中の期待が高まった。
「今から2回目始まりますけど観られるんですか?」
「観たい所だが、4人共この後用があってな」
「そう残念だけどね、代わりにあなた達が観ておいてね」
穂希の疑問に心から残念そうに敏夫お爺ちゃんと美津子お婆ちゃんが答える。
そっか帰るんだ。久しぶりにお爺ちゃん達に会えたのに入れ違いはちょっと残念かな。
「それじゃあ、3人共またな」
健三お爺ちゃんの言葉で4人は出入口に向かって行った。
「あ、もう開演まで15分切ってる。急ごう」
綺夏の言葉で私達は会場に向かう。
「人がいっぱいね…」
穂希の言葉通り、会場はかなりの観客で賑わっていた。仮面ライダーの主題歌がBGMとして鳴り響く。よく連くんが歌ってる歌ばかり。
エスカレーターの前にステージがあり、上手側に音響担当のスタッフらしき人が2人PAブースにいて、下手側にテントがある。そしてビニールシートが客席となっていて、家族連れや大人の恐らくファンの人達がひしめき合っていた。
ステージ自体は私達がやった時と同じだけど、客席はあの時はスタンディング形式だったからこんなブルーシートは無かったなとふと思う。
それにあの頃の私達はデビューしたてだったから観客もまばらだったが、今は違う。大勢の観客がいる。ここは吹き抜けになっていて、2階や3階にも人が集まっていた。
「あ、ここ空いてるよ」
綺夏が丁度ビニールシートの真ん中より後ろ辺りの端に空いているスペースを見つけて、私達は靴を脱いでそこにしゃがむ。靴はどうも持っていないとダメらしい。まぁ確かに脱いだままだと間違って履いてしまう子供もいるから仕方ないか。
「そういえばアタシ達、自分からヒーローショーを観に来るなんて初めてね」
「言われてみたらそうだね。連ちゃんに付いて行って一緒に観るっていうのはあったけど」
「恐らくこれからそういう機会は増えるわ。だって連くんが出るステージだもの。本当は全部観たいけどできる限り観に行きましょう」
「確かにそうかもね」
「でも何だか不思議。今まで連ちゃんがわたし達のステージを観に来てくれていたのにこれからはその逆が何度もあるなんて」
「連くんはある意味、私達の推しよ。推しのステージを沢山観たいのはファンとして当然の心理だわ」
そう連くんはスーツアクター、だからステージに立つ連くんは私達にとっては愛する人であり推しでもある。私達は既に桐生連という人の熱狂的ファンなのだから。
「えっ?」
「どうしたの?水沙」
「ん、ちょっと…。そんな訳無いわね」
その時、私達と全く逆方向に座っている女性を見かけた。帽子を被った濃緑のボブカットで眼鏡をかけている人だ。
あの人、どこかで見た事がある気が…。
でも多分人違いだと思う。だって私の知っているあの人はオレンジの先端がふわふわにカールしているロングヘア―で裸眼だから。
「は~い!皆こんにちは~!今日はご来場いただきありがとうございます!」
音響ブースから一人の女性が現れて前説を始めたので、私の意識がそちらに向けられた。
スタッフと思っていた人、MCだったんだ。
あ、あのMCの人、会った事がある。別の事務所で最近デビューしたアイドルの人だ。ヒーローショーのMCってアイドルの仕事でもあるんだ…。
なら私もヒーローショーのMCの仕事、したいなぁ…。そうすれば連くんと同じ現場にいられるかもしれないのに…。でも無理だろうな。私達の予定はかなり先まで埋まっているし、私達がこういったイベントのMCをやったらたちまちパニックになってしまうだろう。
それ位の事は私でも分かる。でもやっぱり連くんと同じ現場に入れるあの人が羨ましい。
MCのアイドルの人から色々な諸注意が伝えられる。やっぱりアイドルのイベントやライブとヒーローショーって色々違うんだなぁなんて事を改めて思った。
「それじゃあそろそろ仮面ライダーを呼びたいんだけど、皆大きな声で呼んでくれるかな~!?」
「「はぁ~いっ!!」」
会場に居る子供達から元気な声が響く。中には大人の人達も大きな声を出していてちょっとビックリしてしまう。私達のイベントやライブだとこんな光景見ないから。
「それじゃあまずは練習、行くよ~!仮面ライダー!!」
「「仮面ライダー!!」」
「ダメダメ!そんな小さな声じゃあ仮面ライダーには届かないよ!それじゃあもう一回練習!仮面ライダー!!」
「「仮面ライダー!!!」」
観客の声が更に大きくなる。そういえば連くんも昔は大声を出してこうやってヒーローを呼んでたっけ。
「オッケー!!それじゃあ本番!!皆行くよぉ~。せぇ~の!仮面ライダー!!」
「「仮面ライダー!!!!」」
子供達の声が更に大きくなる。
「仮面ライダーショースタートです!!」
ショーの開演を高らかに宣言してMCが音響の方に引っ込む。
いよいよ始まるんだ…っ!
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