第19話:生き写し
崩れた岩山に龍神王は沈黙している。
辛うじて命に届きうる事まではなかったが、意識は朦朧としていた。
このような状態でも龍神王の覇気が人間たちと竜族を闘争へと誘ってしまう。
“こんな権能など欲しくはない”
圧倒的な力はその存在を孤独にさせる。
“誰かが担わねばならないというのなら私が担おう”
確かにそう言った。もう何千年も前の事だ。
何の拍子に誰に言ったかなど到底覚えておけるものでは無い。
「嗚呼。いつの間にか、我自身が我が覇気に呑まれていたというのか。」
人間から放たれた焔によって焼けた喉から掠れた声がか細く響く。
「闘争を我自ら選択していたのではなく…覇気にやられ、闘争という場を作るため、我自身を分割し力を抑えていたというのだろうか」
人間たちの感性は鳴り止まない。勝鬨を上げているに違いない。
「貴様ら人間の力がどれだけ合わさろうと、世界の覇権を得たこの龍神王の核には届き得てもいないのにその歓声。それが―――」
龍神王に覆いかぶさっている岩の隙間から翡翠色の光が溢れはじめる。
タタラを始めとするアルスレッド王国元王下騎士団の面々がその魔術にギョッとした目を向ける。
「どうやら…まだのようだね」
「アリアベールの…
「――――傲慢と言わずして何と言うのだ!!闘争などもうやめだ。人間どもを蹂躙してくれる!」
岩を吹き飛ばし、体を傷を癒しきった龍神王が騎士団の前に姿を現す。
人間たちの歓声は絶叫に、竜族たちの士気は息を吹き返した。
「なら総力戦さ。気にする事はない!士気を保て!誰かが死んだわけじゃない!負傷兵は後ろへ。戦えるものは前に出て盾を構えるんだ!」
タタラとマルスが感じている違和感をお互いに目線を送って確認する。
「龍神王。君はなんで弱くなった?」
「何…?」
目を細めて今にも襲い掛かってきそうな龍神王の動きがピタッと止まる。
「初めは僕たちの鍛錬とローゼンの術でどうにか追いついていると思っていた。けれど、合わせ技とはいえ、ベニーの一撃で回復の術を使わないといけないほどに損傷した。以前からそうだとしたら僕たちが手傷を負わせるのに苦労しなかったはずだよ。あの時は君に手も足も出なかった。」
龍神王は黙る。ただ内に怒りを奮い立たせながらタタラを睨む。
「私たち四賢龍神が彼から分かたれた存在だからだよ。」
そこにシャオノーゲンが口を挟む。
「元は1つの存在だったという事かしら」
モンバットが警戒を解かずに歩いてくるなり尋ねる。
「如何にも。私たちは龍神王から分たれた彼自身の生き写し。分けた分だけ龍力は低下し、無論出力も下がる。」
「そこまでして分ける意味が分からねぇな。何を企んでやがる」
ポリメロスの問いかけに、シャオノーゲンと龍神王は顔を見合わせる。龍神王が黙秘している事を察してか、シャオノーゲンは少し考え事をするように腕組みをする。
「理由は伏せておくよ、極々私的な理由だからね。ただ一つだけ言えるとすれば何かを企んでるわけじゃない。我々が小細工を必要としない事は分かるだろう?」
確かに、とタタラたちは黙り込む。
他の種族はともかくとして、龍神族は何かを企んだりするような狡猾な類ではない。
「それで龍神王が1度人間にしてやられたわけだが、てめぇはそれでも介入しねぇのかよ。」
アスベニウスは挑発するようにシャオノーゲンを一瞥する。
「ああ。君たちの王様にも宣言したからね。私は話し合いをしたほうがいいと考える。武力をもって解決しようとする龍神王の考えには賛同出来かねるね」
「生き写しでこうも意見が割れるのは、シャオノーゲンが龍神王の理性や知性を以って分かたれ、龍神王としての覇気が彼女の中にはないからかな」
タタラの問いかけにシャオノーゲンは頷く。
「対話はもう十分だろ。クソタタラ、次こそ龍神王を討つ。アリアベールさんの仇だ。」
アスベニウスのほんの僅かな体の揺れ方を察知したマルスがアスベニウスの進行を制止する。
「アスベニウス、あなたは暫く休んでいてください」
「あぁ?!俺はまだやれるんだよ!人の事舐めてんのか!セクバニア卿さんよぉ…」
「だからこそです。だからこそ、十二分に力を発揮できるように、後方で休んでいてください。」
半ば無理やりアスベニウスを突っぱね後方へと下がらせる。
「所詮、ここの力が劣る人間のような下等生物では我の命に届くわけもない」
「えぇ確かに。個々の力ではアナタに及ばないのは事実。数人程度が力を合わせたところでアナタに及ばなかったのもまた事実です。ですがアナタに立ち向かわない道理にはならない。何故なら我々セクバニアは国という名を持った家族が我々の帰りを待ち望んでいるためです。…我々へのその侮りが龍神王ともあろう存在の瓦解に繋がる事を知りなさい。アリアベールを殺されたかつての日には全力を出し切れなかった事は今でも我が恥。私の魔術が出せない状況にあったとしてもそれは私の準備不足であったことに起因する。ですが…今回は違う。」
マルスの周りの空気が張り詰める。彼の莫大な魔力が、中央の戦場にいるセクバニアの兵士たち一人一人を包み込む。
「これが…セクバニア卿の…魔力」
兵士たちを包み込んだ魔力の光が鎧や武装の形状を成していく。これこそがマルス・セクバニアが保有する魔術。まさに国の象徴たる力。
その名をマルスは目を見開き、呼称する。
「
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