第3話

 4月15日の朝。


 俺は早速学校へ向かおうと玄関でくついていた。


(結局、あの後からは何もされなかったな)


 あの後から楓は、俺にアクションを起こすことなく、喋りかけることも無かった。


 そしてもう一つ不可解に思っていたことは、楓が両親の前では俺に全く甘えてこないことだ。

 それは4月に入ってからだったが、なぜ隠す必要があるのかさっぱり分からない。


「あら、もう行くの?」


「あぁ、余裕を持って行きたいからな」


 俺は声の主の方に顔を向け、応える。


 そこには、俺の母さんが優しく微笑ほほえんでいた。


「楓と同じ高校なんだから、一緒に行けばいいのに……」


「楓は俺のこと、良く思ってないから仕方がないだろ?」


「そうかもだけど……」


 母さんの知ってる楓は「俺に対して冷たい態度を取っている」だから、強く一緒に行けとは言えなかった。


 ここで本当の楓を知ったのなら、思わず腰を抜かして「びょ、病院に連れて行かなきゃ……」と慌てふためくだろう。


「じゃ、行ってくる」


「気をつけてねー」


 俺は腰を上げ、そのまま外へと出る。


 雲一つ無い青空から太陽の眩しい光が目を襲い、思わず目を細めてしまう。まだ冷たい風がほおで、少し肌寒くも感じた。


 何の変哲へんてつもない、いつも通りの景色を堪能たんのうしながら、俺が通っている高校へ歩を進める。

 

(今日も始まったなー……)


 まだ周りには誰も歩いておらず、静寂せいじゃくだけが辺りを包んでいた。


「おはよう、お兄ちゃん!」


「おう、おは──て、はぁ?!」


 一瞬返事をしそうになったが、止まる。


 隣を見やるとそこには、制服姿の楓が当然の様に歩いていた。


「な、何で楓がいるんだよ! 昨日まで一人で登校してただろ?!」


「えへへ、やっぱりお兄ちゃんと登校したい!」


 そう言って、また昨日みたいに腕に抱き着いて来る。


 すると、先程まで一人もいなかった道に、サラリーマンらしき格好をした人物や、犬のお散歩をしていたであろうお爺さんが、こちらにチラッと視線を送ってくる。


「か、楓よ……人目が集まるからさ、抱き着くのは止めてくれないか?」


「えー、良いじゃん! 皆に仲良しだって見せびらかそうよ!」


「知らない人からしたらカップルだって思われるから!」


「将来は夫婦になる仲だから良いじゃん!」


 駄目だこれ、話通じないタイプだ……。


 もし同級生の誰かに見られていたら、俺に彼女らしき人物がいるって拡散されてしまう。

 そして相手が妹だと判明した際、妹と一緒に登校するなんて、鶴島君ってブラコンなんだと誤解が生じる。それだけはどうしても避けたい……!


「はぁ……分かった。でも、高校が見えてきたらそこでお別れな」


「えー!? お兄ちゃんの教室に入るまで一緒にいようよ!」


「あほか! 全校生徒から変な目で見られるわ!」


 楓は頬を膨らまし、「むー……」と唸る。ここまで来ると、楓の行動力に少しビビってしまう。


「そう怒るなって。ほら、自慢じまんの妹の顔が台無しだ」


 機嫌を取るために、俺は楓の頭を撫でる。

すると、頬を膨らませていた楓が表情を緩め、くすぐったそうに目を細める。


「しょ、しょうがないなー……えへへ」


 チョロッ! 我が妹ながらチョロッ!


 どうやら楓は頭を撫でたら許してくれるらしい。これは帰ってメモしなきゃな……。




 そうして歩いていると、目的地の学校が見えてきた。そこで俺と楓は約束通り別れ、俺が先に学校に入ることとなる。


 都立藍宮あいみや高等学校。

 都内でも有名な偏差値が高い高校であり、毎年の倍率は群を抜いて高い。


 俺は校門を潜り、下駄箱で上履きを履いてから3階にある自分のクラスへと向かう。


 教室前に辿り着き、後ろの扉から入る。

 そして窓側から3番目一番後ろの座席へと向かい、座る。


「…………」


 今はまだクラスメイトが少ないからいいが、これで35人ぴったりいたならば、俺は寝たフリをしていただろう。


 ……俺は新クラスになってから、友達を1人も作れないでいた。


 最初の5日間でクラスメイトとコミュニケーションを取り、そのまま友達へと発展していくかが大事なのだが──


 見事、失敗に終わった。


 一年生の頃には親友と呼べる程の存在がいたのだが、二年生になってから引っ越してしまった。

 他の人とコミュニケーションを取らなかったせいで、友達はそいつ一人しかいなかったのだ。


(そういえば……)


 俺は右隣にチラッと視線を向ける。


 そこには蓮村穂紗季はすむらほさきが、本を読みながら座っていた。


 紺色こんいろの肩まで伸ばした髪に、見ていたら吸い込まれそうになる似紫にせむらさき双眸そうぼう


 そして、本当に俺と同じ十六歳なのかと思わせるような美貌びぼうの持ち主だ。


 穂紗季のことは1年生から知っていた。


 定期テストでは毎回学年順位1位であり、運動神経も女子の中ではトップ。

 さらに、学年別けへだて無く全男子生徒から人気が出る程の美人なのだから。


 まさに才色兼備さいしょくけんびという言葉は、穂紗季のためにあると言っても過言では無いだろう。


(……蓮村もクラスに馴染んでないな)


 周りからは孤高の存在として崇められているが故に、皆は「話しかけるなんて恐れ多い」や、「いつも無表情だから、気軽に声を掛けれない」と思っていると耳にした。


(はぁ……俺も友達作らなきゃ……)


 結局、俺はホームルームが始まるまで寝たフリをしておくことにした。



 キーンコーンカーンコーン、と聞き慣れたチャイムが鼓膜を震わす。


 4限終了の合図……今から昼食タイムだ。


 俺はこの昼休みが一番嫌いだ。何故なら、一緒に食べる友達がいないからである。


 孤食している時に、クラスメイトはそれを見て俺のことをどう思っているのか……それが怖かった。


「今日の授業はここまでだ。家に帰ったらちゃんと予習をしておくように。それと──」


 刹那──世界史の先生の声を途切れさせるように、教室の扉がバンッ! という音を鳴らしながら、開く。


 そこには、一人の少女が息を切らしながら立っていた。


 その少女の正体は──


「お兄ちゃん! お昼ご飯一緒に食べよっ!」


 楓だった。


(何で楓がここに来るんだよおぉぉぉぉ!)


 いつも友達と食べていると聞いてたのに、どうしてここに来たし!


 すると、クラスメイトと先生の視線が楓に釘付けにされ、周りからヒソヒソと話し声が聞こえてくる。


「おい……お兄ちゃんって誰だよ……」


「あの子、後輩? 物凄くタイプなんだけど……」


「え、あの子かわいい!」


 非常にまずいと思い、俺は楓とは反対の窓側の方を眺め、なるべく視線が合わないようにする。


 ここで俺が楓の兄だってバレたら、嫌でも目立ってしまう。とりあえず、返事だけは絶対にしないよう──


「あ! いた!」

 

「……?!」


 なぜバレた?! 座席の位置は教えていなかったはずなのに?!


 いや、まだだ。もしかしたら楓が間違えている可能性がある……!


「お兄ちゃん! 無視しないで一緒に食べよ!」


 可能性すら否定されました。


 すると、さらに周りからざわつく声が聞こえてくる。


「おい……鶴嶋の妹だぞ……」


「くっ……! あんな妹がいるだなんて羨ましいぜチクショウ……!」


「鶴嶋君にあんな可愛い妹いたんだ……」


 あぁ、明日から変な噂が流れてしまう。アーメン。


 楓の方へ、顔を向ける。


 そこには片手にお弁当を携えながら、満面の笑みを浮かべている楓が立っていた。


「ど、どちらさまで?」


「お兄ちゃんの妹、楓でーす! 一緒にご飯を食べるために来ました!」


 はぐらかそうとするも、意味を成さなかった。



 ……俺の想像していた学園生活じゃないのだが。


 

 

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