第30話 褒美



 館に戻った私は、父の執務室に押しかけた。

 もちろんアルヴァンス殿も一緒だ。

 父は武器商人と楽しげに談笑していたが、私のただならぬ血相にやや眉をひそめ、敏い武器商人はにこやかに辞してくれた。


「カジュライア。いったい何があった?」


 父は私と、私につきあわされて息を乱しているアルヴァンス殿とに目をやる。馬を引いて早足で戻ってきただけなのにこの有様なのは、体力自慢の武人ではない人から仕方がない。アルヴァンス殿は軽く咳き込み、まだおさまらない荒い息の中でにこやかに父に対して礼をした。


「いや、ライラ・マユロウにつきあうと、私の体力は持ちませんね」

「今頃気付いたのか? まだ間に合う時期だから救いはあるがな」


 面白い冗談のつもりなのか、父は豪快に笑った。

 でも私はそれに反論しなかった。黙ってファドルーン様経由の、皇帝陛下からの密書を父に渡した。父は皇帝の紋章ミウ・トラスガーンを目にすると、さすがにどういう事態なのかをほぼ把握したようだ。軽口をやめて手紙の中に目を通すと大きなため息をついた。


「カジュライアよ。皇帝陛下が欲せられるところはわかっているか?」

「アルヴァンス殿からお聞きしました。私を、その……」

「お前に幻想を抱かれているのではないか? 美女ぞろいの都の中、さらに後宮にあれほど美姫をそろえておられるというのに」

「マユロウ伯。ライラ・マユロウは都でも引けを取らない美女であられると思いますよ。……陛下も、たまにはより刺激の強いものを欲することがあるのでしょう」


 父の失礼極まりない言葉に、ようやく呼吸を戻したアルヴァンス殿は調子のいいことを言い、さらに許しがたい言葉を返して笑った。

 私は睨みつけるがアルヴァンス殿は伊達に年を重ねていない。さらりとかわされて、行き場のない怒りを私は父に向けた。


「父上。この事態、どう収拾するべきだと思われますか?」

「……さて。恋の病には薬がないというではないか。我が娘ながら、とてもそういう対象になるとは思えなかったが、不条理なことは恋には付き物であろう」


 真面目な顔になったと思ったのに、これだ。娘に対する言葉としてはどうかと思う。

 しかしマユロウ伯という男は、こういう人物だ。美しい側室方は父のこういう面を御存知なのだろうか。少なくとも正妻である我が母は知らないような気がする。

 私は父のこういう面は見慣れてしまっていたが、私の求婚者方と接するようになって、改めて父は変わった人物だと思うにいたった。

 私の求婚者方も癖はあるが、父も十分に癖がある。

 では、父によく似ているという私も癖があるのだろうか。ないとは言いがたい。そういう女なのに、求婚者方はそこそこ熱心で、皇帝陛下まで関わっているらしい。

 まさしくこの世は不条理ばかり。あり得ないことだ。

 私が考え込んでいると、扉を叩く音がして家宰が入ってきた。


「ライラ・マユロウ。ファドルーン様がお見えになりました」


 私は深いため息をついた。今は誰にも会いたくはなかったが、いつまでも考え込んでいるような性格ではない。父に一礼すると扉へと向かう。


「ライラ・マユロウ」


 アルヴァンス殿の声に私は振り返った。アルヴァンス殿は柔らかい笑みを浮かべていたが、明るさの中に何かを含んだような複雑な表情をしていた。

 最近、彼のこういう顔をよく見ている気がする。


「私はもう求婚者ではありません。気楽な相談相手です。だから、あまりお一人で悩まれないように」

「……ありがとう。アルヴァンス殿」


 私は少し笑った。室外に出て扉を閉める瞬間、父がアルヴァンス殿の肩を叩いたのが見えた。

 アルヴァンス殿は、私のことを親身になって考えてくれる。それは確かだった。口は時としてよいとは言えなくなるが、そういう点は大目に見てもいいかもしれない。



 父の執務室をでた私は、ファドルーン様が待つ私の部屋へと向かった。

 ファドルーン様はメイドが用意した飲み物を口にしていたが、私が入室すると立ち上がって優雅な礼をしてくれた。いかにも優美な姿だが、相手が私なのでどこか滑稽に見えてしまう。

 私はドレスどころか、物々しく短剣を帯びたままの男装なのだから。

 しかしファドルーン様は微笑んだまま私の手を取り、流れるような動きで甲に唇を軽くつけた。


「お加減が悪かったと聞いて心配していましたが、今日の顔色は良いようにお見受けする。……私からの手紙は受け取っていただけたでしょうか?」

「拝見しました」


 私はファドルーン様の手を払い除け、不機嫌な表情を隠さずにイスに座った。

 表向きは皇帝陛下のあまたとおわす甥のお一人とはいえ、ファドルーン様は皇帝陛下の一番のお気に入りらしい。そういう方に対して少々無礼かとも思ったが、今の私には形式的な儀礼にこだわるほどの余裕はなかった。

 ふうっと息を吐き、私はファドルーン様の美しい顔を見据えた。


「率直にお伺いします。ファドルーン様は、皇帝陛下の御意により私に求婚しているのですか?」

「さて、どうお答えすればいいかな」


 ファドルーン様はにこやかに笑って座り直した。彫像めいた美貌は、今は隙のない目の光で妖しいほど生気に満ちている。


「私が答えたとして、どういう御褒美をいただける?」

「褒美? そんなもの、あるわけがありません」

「では、少々私には分が悪い。私がお答えしてライラ・マユロウの御機嫌を損ねてしまっては、私の半年の苦労が無駄になってしまいますからね」


 ファドルーン様はいかにも困ったふうに言うが、私はその目が楽しげに輝いていることを見逃さない。私は苦笑して銀杯を満たす飲み物を口にした。


「では、どうすれば正直にお答えしていただけるのです?」

「そうですね、ライラ・マユロウとの恋の一夜をお与えいただける……なんてのはどうだろう」


 ファドルーン様は私が顔を強張らせるのを楽しげに見ている。

 私は腹が立ってきた。

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