第29話 書状
メトロウド殿は性格的には正反対だが、容姿はハミルドと似通っている。特に笑ったときの顔は、少しどころか慌ててしまうほどハミルドに似ている。
似ているから絶対に夫にしたいとは思わないのは、メトロウド殿のせいではない。私が、やはり女として欠けているものがあるからなのだろう。
それを言うのなら、ルドヴィス殿のような厳格な方に優しくされるという特異な地位を独占しているのに、それでもいわゆる夢中になるという感情が沸き上がらないのは……やはり私の感情に欠陥があるような気がする。いや、絶対にそうなのだろう。
ぼんやり考えていると、アルヴァンス殿がのぞき込んできた。
あまりにも私が黙り込んでいたので、心配してしまったらしい。
「やはり熱を出された後なので、調子が良くないようですね」
言葉だけ聞くと、その優しさにうっとりしてしまいそうだが、アルヴァンス殿という人物を知る私としては、珍しい事態だとからかわれているのがよくわかる。
むっとした私を笑ったアルヴァンス殿は、一通の手紙をとりだした。
「ファドルーン様から預かってきました。見つけたら渡して欲しい、と」
私は横になったまま受け取り、ベルトに装着していた小刀を取りだして封を切った。怠慢にも仰向けになったまま中身をのぞく。中にもう一通の封書が入っている。
それを何気なくとりだした私は、すぐにアルヴァンス殿が驚くほどの勢いで起き上がった。
「ライラ・マユロウ?」
「これは……
私が硬い声をあげると、アルヴァンス殿も愕然とした顔で身を乗り出してきた。
急いで封を切る私の肩越しにのぞき込んだアルヴァンス殿は、背後から書面に目を通したようだ。唸るようにため息をつくと、がっくりと私の肩に頭をのせてしまった。
「なんてことだ……」
「重いですよ、アルヴァンス殿」
「……失礼。ちょっと力が入らない」
そう言いながらもアルヴァンス殿は私から離れない。
それどころか、まるで逃がすまいとするように、まだ書状を見ている私に背後から腕を回した。
細く見えてもアルヴァンス殿は男だ。率直に言って重い。どうやって引き離してやろうかと考えていると、アルヴァンス殿はため息混じりに低くつぶやいた。
「……ファドルーン様の名が上がったときは理由がわからなかったが、そういえばあの方は皇帝陛下のお気に入りだった」
「アルヴァンス殿。できれば離れて欲しいが、そのままでも構わないから、これが何を意味しているかを教えてください」
書状には都に招待する旨が書かれていた。署名は皇帝陛下個人のものだ。公式の文書ではないが、私的な文書としては最高に属する皇帝陛下の手書きなのは間違いない。
しかもアルヴァンス殿の反応を見ると、これはただの儀礼的な招待状とは違うように思える。平凡な文言が連なっているだけのように見えるが、どこかに暗喩的な言葉が混じっているかもしれない。もしかして、強制力のある召喚状なのだろうか。
アルヴァンス殿はしばらく黙っていたが、酒に酔ったときにときどきするように背後から私を抱き寄せたまま口を開いた。
「…………ファドルーン様は、皇帝陛下の甥のお一人だ。帝位継承権は別としても、資質的には皇族の中で最も優れていると言われています。それはライラ・マユロウもおわかりになったはずです」
ファドルーン様は計り知れない雰囲気の方だ。でも、それはあくまで擬態に近いもので、真の資質はマユロウである私を一瞬呑む雰囲気がある。まさに大きな事件、……例えば、帝位継承権を飛び越えるような事態が起きれば、皇帝になるかもしれない。そんなことを私も思っている。
だから、書状をしまい込みながら先を促した。
「それで?」
「普通ならば皇帝陛下に疎まれるのでしょうが、陛下も並外れて度量の広い方です。ご嫡子である皇太子殿下よりも気に入っているようにさえ見えました。だからファドルーン様は……陛下のお気に入りだからライラ・マユロウに求婚しているのです」
「なぜ? マユロウ家はそれほど豊かな家系ではないですよ」
「相変わらずライラ・マユロウは謙虚だな。十分に豊かですよ。いや現実としては、そんなことはどうでもいいのかもしれません。ライラ・マユロウ。あなたは自分で思っている以上に有名になってしまったのですよ。……美貌と、地位と、悲劇を合わせ持った女性としてね」
美貌……?
私は首をかしげようとしたが、アルヴァンス殿の手が邪魔になってかなわなかった。いい加減に離れてもらいたいが、無理やり引き離すには何となく憚られる雰囲気がある。
密かにため息をついた私は、話の続きを聞くことを優先した。
「それで、どうしてファドルーン様が私に求婚ということになるのか、まだわからない。この都への招待状は、何を意味しているのですか?」
「わかりませんか?」
ようやくアルヴァンス殿は顔を上げ、至近から私を見る。笑っているようだ。むっとした私が腕を押しのけると素直に離れ、それから急に真面目な顔をした。
「いいですか? ファドルーン様を夫にするということは、皇帝陛下のお召しを受けるということを意味するのですよ」
「……は? どうしてそうなる?」
私は正直にそう聞いた。アルヴァンス殿は忍耐強く言葉を続けた。
「ファドルーン殿が夫になると、皇帝陛下が『お気に入りの甥の配偶者』に会う理由ができます。どういう経緯かは知りませんが、皇帝陛下はあなたに興味を抱かれた。しかしあなたは次期マユロウ伯となる人物。軽々しく後宮に召し出すことはできません。いかに地方貴族とはいえ、そこまで力に差があるわけではありませんからね。まして、マユロウは中央も手を焼く大豪族だ。だから『お気に入りの甥の配偶者』にして、近くに招く理由を欲しているのです」
「あの……よくわからないのだが、つまり、私を……」
「ライラ・マユロウを御寵愛したいようですね」
「わたしを?」
「そう、あなたを」
「寵愛……?」
「おもてになりますね。断るためには、陛下を納得させる人物と結婚する必要がありますよ」
アルヴァンス殿は微笑んだ。しかしその目は微塵も和んでいない。
私はばたりと草の上に倒れこんだ。事態は急激に切羽詰まってきた。優雅にハミルドのことを思いだして感傷に浸っている場合ではない。
私の「夫」は、急激に現実味を帯びた存在となりつつあった。
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