第26話 発熱



 体調不良により、私は熱を出した。

 おかげで、向こう一週間の予定を全て中止するように医師から忠告されてしまった。


 予定といっても求婚者たちに会うだけだが、その中にはアルヴァンス殿との宴会も含まれているから仕方がないかもしれない。

 熱を出して二日目。始めは体調を崩したための発熱だったようだが、今日辺りからの熱は、知恵熱の部類に入るかもしれない。

 メトロウド殿の問題発言以来、私はどうも頭が痛くてたまらない。



「ライラ・マユロウ」


 今日は面会謝絶と言っておいたのに、誰が中に入れたのだろう。

 私はうんざりしながら客人に背を向けた。寝室にまで入り込んできた非常識な客人は、ルドヴィス殿だった。


「お加減はいかがかな、ライラ・マユロウ」

「……いいはずがないでしょう。ライラ・パイヴァーの御愛息殿」


 ルドヴィス殿はこのように呼ばれることを嫌っている。私は承知の上で敢えてそう言った。

 予想通り、ルドヴィス殿は黙ってくれたが、相変わらず退室してくれそうな気配はない。

 この男は華やかな容姿をしているくせに、こういう押しの強さというか図太さというか、とにかく容姿を裏切るような性格をしている。


「私はまだ熱があります。今日はお帰りください」


 一応今日はルドヴィス殿の日なので、私は少しだけ妥協してこう言った。寝台の中で背を向けているが、多少は大目に見てもらいたい。

 しかしルドヴィス殿は退室するどころか、寝台に近寄ってきた。


「そんなに熱が高いのか?」


 そう言って寝台に座り、何と私の額に手を当てる。

 慌てて身を起こして睨みつけると、ルドヴィス殿は珍しく自然な顔で笑った。


「確かに高熱であられる。ただの逃避ではないようだ」

「だから、そう申し上げています! メトロウド殿と言い、どうして素直に考えてくださらないのでしょう」


 私は半分愚痴のように言ったが、ルドヴィス殿の興味を引いたようだ。

 銀杯に冷たい水を注いで手渡してくれたルドヴィス殿は、私が嫌な顔をするのも無視して寝台に座り続けた。


「メトロウド殿は何と申された?」

「……私が、妊娠したのではないかと」


 私は最悪な表情をしていたはずだ。

 しかしついでもらった水は、非常においしく感じた。

 少し表情が緩む。気持ちも寛大になったからルドヴィス殿を見ると、何やら考え深げな顔をしていた。やがておもむろに立ち上がり、テーブルに用意されていたストールを私の肩にかけてくれた。

 こういうところは気が利いてよい方だ。


「それで、心当たりは?」

「ありません。あるわけないでしょう。会う相手によって態度を変えるほど器用な女ではありませんよ」

「そうだとよろしいのだが」

「当たり前です。お二方とも、どうして私と妊娠とを結びつけることができるのでしょうね」


 私は空になった銀杯をうんざりと見下ろす。

 ルドヴィス殿はすかさず銀杯を受け取ってテーブルに戻すと、自身も新しい銀杯で水を飲んだ。


「それで、メトロウド殿は他に何か申されたかな?」

「男女が同室で過ごせば起こりうる事態、と。男のほうは不足ないとしても、女が私ではありえないと申し上げても聞き入れてくれないし」

「……まあ、我らはライラ・マユロウに求婚している身ですからね」


 ルドヴィス殿は、ややあいまいなことを口にした。

 私は不審を隠しきれずに寝台の横に立つルドヴィス殿を見上げる。水を飲む間は明るい窓に目を向けていたが、やがて銀杯を置いて私に目を戻す。

 笑みがないので目つきは鋭いものの、その目は初めて会ったときに思ったほどきつくはないような気がする。

 そんなことを考えていたら、ルドヴィス殿はまた寝台に座った。


「……ルドヴィス殿は、意外に非常識な方ですね」

「非常識?」

「ええ、非常識です」


 私は寝室の入り口に目をやった。

 扉は大きく開いたままで、その向こうにちらりと侍女のスカートが見えている。おそらく、廊下に通じる扉も少し開いているだろう。

 作法にはかなっている。しかしやはり非常識だ。


「いかに相手が私であっても、未婚の女性の寝室に入り、寝台に座るなど。しかも私は熱を出しているのですよ」

「確かに熱はあるようだな。目も潤んでおられる」


 非常識ぶりを指摘されても全く反省の色のないルドヴィス殿は、目元に落ちてくる髪を緩やかに耳にかけた。

 わずかに目元の垂れた華やかな顔があらわになり、それを強調するように口元を歪める笑みを浮かべて低くささやいた。


「だが、メトロウド殿が危ぶまれた通り、いつそう言う事態になってもおかしくない。……そういう状況でもあるということをお忘れなのは、ライラ・マユロウ、あなたの方だよ?」

「……メトロウド殿にもお聞きしたかったのですが」


 私がそう言うと、ルドヴィス殿は人当たりのよくて驚異的に魅力的な「営業用」の笑顔を見せて先を促してくる。

 話す気も失せるというものだが、今日と言う今日は腹がおさまらないので、私は先を口にした。


「他の方との間を疑うというということは、私に対してそう言うことを考えたことがあるということですか?」

「難しい質問だな」


 ルドヴィス殿は薄く笑った。

 これも「営業用」の華やかな作り笑いだ。でもそれから急に笑みを消して、真面目な顔になった。


「あなたはいつも男装をしているし、男の欲望をあおるような言動も全くしない。それでいて魅力的だから不思議だ。今日のように頼りなく寝台にいる姿を見ると……妙な気分にならないとも限らない」


 私は十回ほどまばたきをした。

 それから寝乱れていた髪を撫で付けるように触れる。何度か口を開いたが、いい言葉は見つからなかった。

 ルドヴィス殿は私が何を言うかを楽しみにしているように見える。

 しかし……私は初めて気付いたのだが、ルドヴィス殿がもう少し身を乗り出せば、私は逃げることができないだろう。

 それにルドヴィス殿の言葉を要約すれば、女とも思えない女にも欲情するということだろうか?

 この私に? そういうものなのか?

 頭が混乱する。考えがまとまらないのは熱のせいもあるだろう。


「……何だか気分が悪くなったので、お帰りいただきたいのですが」

「わかりました。今日はもう帰りましょう。これ以上ここにいては、あなたに良からぬことをしてしまいそうだ」


 ルドヴィス殿はとんでもない言葉を口にした。その発言がどういう反応を引きだすかを知っていて、そんなことを言ったのだ。

 私は本当に気分が悪くなって、ズルズルと毛布の中に潜り込む。


 でも、ふと気付くと、寝台に腕をついて身を屈めたルドヴィス殿の顔がすぐそばにあった。

 何事かと身を硬くすると、起き上がっていた時に私がかけていたストールを拾い上げた。なんだ、また気を利かせてくれたのか。

 私は一瞬止めていた息をほっと吐く。しかしルドヴィス殿は笑みを口元に浮かべ、そのまま私の目元に顔を寄せた。

 思わず閉じたまぶたに、柔らかいものが押しあたる。

 熱のせいで反応が鈍い私は、何が起こっているかを把握できない。幸い、ルドヴィス殿はそれ以上何をするでもなく、寝台から離れてくれた。


「お元気になられたら、あなたにドレスをお贈りしよう。たまには趣向が変わって楽しいだろう」


 とんでもないことを言い、とんでもないことをしたルドヴィス殿は、やはりとんでもない提案をして部屋を出て行った。

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