第15話 六月二十五日③
「さて、こんな短いスパンでこんなところに来るなんて物好きだね君は」
「病院は嫌いです」
「そうかい。まあ、たいていの人がそうさ。
「目的なしにはこない。
「君もそうだろ?」
「最初はそうじゃなかつたですけど、途中からはそうです」
「なんだよ、含みのある物言いしちゃって~
「話してごらん。それともいくつか僕が質問したほうがいいかな」
「随分この前とは雰囲気が変わるんですね」
「シゴトだからね。
「悩みを抱えているかぐらいは簡単にわかるさ」
「先生は、兄妹がいらっしゃいますか」
「四つ上に姉が一人いるよ。男女兄妹にしては喧嘩もなくよく仲のいい兄妹だと言われたね」
「僕にも七つ上に姉がいるんです。仲はそこそこ、ですかね。時にはちょっとした喧嘩もします。行動が気に食わなかったりだとか、前言っていたことと矛盾していることを指摘したりだとか、理由は様々ですけど。そんな何の変哲もない、何年も変化のない兄妹関係です。
「それが僕の兄弟についての理解です。他の家庭の兄弟関係はこれまで関心がありませんでした。僕には関係がなかったから。でも、その理解が全く通用しない状況に出会たんです。原因は情報収集を怠っていたからだと思いますが・・・・・・」
「うん、そうか、続けて」
「それは父と叔父の関係でした。些細な言い争いから発展した兄弟喧嘩は祖母や従兄を巻き込んで台風みたいに佐倉家を破壊しました。ばらばらで粉々に。
「この事件は七年前に始まっていたのに。昨日まで僕は知りませんでした。七年間も知らないで、お気楽に生きていました。
「家族の痛みも知らないで。壊れた母屋で。唯一完全に残った部屋で、幸せそうに一人いびきを立てながら寝ていたんです」
「なるほど、君の見ていた兄弟関係は君の知らないところで終わってしまっていたと。なんだかんだ喧嘩はしても関係が拗れることはあれど、完全に消えることはないと思ってきたわけだ」
「そうです。そしてそれを知らないままでいた自分の行いを振り返ってみました。そしたら僕はとても無神経な奴でした。
「これまで人間って絶対自分のことを好きでいると思って生きてきたんです。じゃないといざって時に自分を守れないから。どれだけ他人から罵倒されて、否定されて、無視されても自分が自分の味方をしてやれなくちゃ、人なんて簡単に死ぬなって、そう考えていました。
「その上で余った愛情でしか人のために使うことができないって、一番僕が知っていたはずなのに。
「先生前、僕に『泣いてるやつ見かけたらどうする』って聞いたじゃないですか。ただ隣に座り続けた僕はいつの間にか自分の分が残っていませんでした。愛と勇気さえ残らずに顔が無くなっちゃいました。
「客観的に見た自分は想像以上に醜くて、黒いクレヨンで塗りつぶしたみたいに何もない嫌な奴でした。
「青春を語る幸せ者は、頭までハッピーな邪悪なモンスターに成り下がっていて、他人の感情を踏み荒らしていく獣と言ったほうが、人間の二文字が説明してくれる生物より的を射ている。
「その上、草木すら生えてこないほど焼野原になった祖母の心に水を注ぐわけでもなく、ただそこから近いイベントのプレゼントをねだるだけ。
「昇れていると思った階段の先にあったのは、大人への階段なんて言ういい物じゃなくって人外の烙印を押された者のための奈落だったんです・・・・・・」
「そっかー、君の状況は十二分に理解できた。・・・・・それで結論から言うと、
「それは君が悪いよ」
「え?」
「だから君の言う通り、君に非があるって言っているんだ。
「精神科の医者に話せば何とかなると思っていたんだろう?
「甘いよ、あんこみたいに。人生フルーツパラダイスだ。
「他の精神科医なら心を癒してくれるような、人をダメにするような、耳心地のいい慰めの言葉を語彙力の限り並べただろうね。
「でも、それじゃあさ、その人が心を病んだ意味なんてないんだ。筋トレと一緒で筋肉痛の時が一番効果をみこめるのさ。
「だから君は自分の行いにこの機会で向き合わなきゃいけないんだ」
「・・・・・・」
「まずさ、知らないってことはほとんどの場合言い訳なんかにしてはいけないよ。
「『皆さんが○○についての知識をつけている時、私はさぼっていました』と大々的に知らせているだけに過ぎない。有ると無いでは無いほうが悪い。宿題だってやって提出したほうが賞賛に値するし、才能だってあって非難されることのほうが稀有だ。
「今回の場合だって、七年もあったんだ。どこかで気づく瞬間はそこら中に散見できただろう。それを見ていないことにした。
「そこでの君の選択が今回の原因と言っても過言ではない。君はこう考えたはずだ、『もしこのことが露見しても知識がないことにすればいいや』って。
「登校中に会った友達にも、それまで話していた友達がいたのに、君が来た途端、話し相手を強奪して先にいたそいつを無視したことも、気づかなかったんだよね?知らなかったんだよね?そうだよね
「君はさ、根本的に傷つくことに恐怖していたんだ。知らなかった恥ずかしさも時間が和らげてくれると高をくくってたんだ。
「その負債が積もり積もって今回をもってパンクしたんだ。パンクハザードってか。はっは、傑作だよ全く」
「僕は・・・・・・」
「ん?なんだい」
「僕はこれからどうすればいいんでしょうか?前の自分から己を開放するにはどうすれはいいんでしょうか」
「学ばない男だな~。そういうところが甘いって言っているんだよ。
「何もかも人が教えてくれると思うな。少しは自分で考えたのか。ただただ自分の事よくなかったの一言で処理して簡単に生まれ変わればいいと流れのままに行こうとしてなかったか?
「僕が全部説明すると思うな。欲張るなよ。僕の役割は君の思考の整理につきあう返事ができるだけの壁に過ぎない。
「欲張るなよ、考えるんだ、感じてないで。便利になりすぎたんだ、何もかも。知ることの難易度が極限まで下がり過ぎてるんだ。どこにだってゲームの攻略は載っていて、楽しみを当初からなくしてしまっている。
「どこかのプロゲーマーが言っていたよ『昔は今ほど解説動画も攻略サイトもなくて、みんな手探りで、自分がどうコントローラーを操作すればどう動くかなんて分からなかった。セットプレーもなければ、コンボも開拓しなければ手に入らない』。今、外的環境が自分を甘やかしてくれるからって、甘えていいわけじゃないんだよ。
「己を律する方法ぐらい、己で見つけろよ」
「自分が壊れるきっかけが内か外かわかればおのずと修復の手立ては見えてくるんじゃない?
「ま、知らないけど」
「・・・・・・ありがとうございました」
「いや僕はただ久しぶりにストレス発散しただけさ」
「でも、人の悩みを聞くってことにおいては、いつも通り、なんじゃないですか」
「いやいや、これは私事って言っただろ。ボランティアさ。君のニーズと僕のニーズが合致したに過ぎない」
「そうですか。じゃあ最後に一つだけ聞きたいことがあるんです」
「なに?」
「名前聞いてもいいですか」
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