12.1回裏
――群衆ざわつく闘技場の近くで、人目につかないように行動する影がある。
懐に大きめの布で何かを隠し、闘技場の支柱である一本に近付こうとしていた。ちょうど、近衛兵の配置が手薄な場所。
そこに目をつけたのは――先程路地裏でオービのムラサキから銀貨をもらっていた浮浪者の一人。
誰にも気付かれること無く支柱の影に隠れた浮浪者が、布に包んだものを広げようとすると、
「――花火の季節にはまだ早い」
凛とした女の声が、浮浪者の耳に飛び込んできた。
「ちっ、気付かれたか」
浮浪者が布に包んだものを床に置き、懐からナイフを取り出す。
使い古され、刃こぼれも激しく錆だらけのナイフだが、それ故に傷をつければ絶大なダメージになる。
あえて切れ味が悪い刃が、治療を困難にする傷を与え、体内に錆が入れば破傷風を発症する原因となる。
浮浪者はそれがわかっていて、ボロボロのナイフを愛用していた。その浮浪者を前に、
「やれやれ。相手を見切れぬ愚か者が今回は
浮浪者に近付いてきたのは――ヒールを履き、白いパンツスタイルで、肩からはその『
背中には女性には不揃いなほどの大剣を担ぎ、それを見た浮浪者は、面前に立つものが誰かを瞬時に理解した。
「『瞬獄』の、ホムラ。な、なんでこんなところに……」
「なんだ、ワタシがここにいることがそんなに疑問か?」
明らかに怯えている。
それもそのはず。目の前の女性は基本的に国王の近くにいる者。一般の面前に現れるのは、王国きっての一大イベントのときのみ。
そして、そのイベントこそが、たった今闘技場『コロシアム』で行われているもの。向こう側では、ちょうど第1ピリオドが終わろうとしていた。
「た、たすけ……」
「きちんと構えろ。
待っていた。腰を抜かし、戦意を喪失している浮浪者のナイフの切っ先が下がっているのをわかっていて、再び構えるのを待っている。
国を上げての一大イベントを妨害しようとしている
「この大剣が怖いのか? なら外しておこう。この杖が怖いのか? なら捨てておこう。次は何だ? このマントか? このメガネか? この靴か? どこまでがご所望だ?」
そういった女は、担いだ大剣を、腰に据えた魔法の杖を、ホルスターに収めていた短銃を、マントに仕込んでいた投げナイフを捨てていく。
身につけた礼装も武装も外し、両手の平を浮浪者に見せる。これ以上、ワタシの何を恐れるのかと、
「あ、――ああああああああああああああっ!!!」
浮浪者が女に向かって走り出す。
男としての矜持を目の前でへし折られた。丸腰になった、この王国を代表する、
「ああ。良い子だ。これでなら――ワタシにも
刹那――女の姿が浮浪者の視界から消え、通り抜ける風と共に、浮浪者の首が宙を舞った。
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