第8話

 そうしてやって来たのはとある部屋の前だった。

 てっきり玉座の間に通されるのかと思っていたイネスは幾分か緊張が減った様な気がした。

 ソーマスが扉をノックして、

「デマントイド様をお連れしました」

 と伝えると、中から「どうぞ」と声がした。

 扉を開けて中に入ると、そこは執務室だった。隅々まで置かれた本棚にはぎっしりと本が詰まっており、日当たりの良い窓際近くに大きな執務机を置いて、その人は執務机に向かって何やら書き物作業をしていた。

 若い、三十歳前後程の年齢だろう男性が書き物の作業の手を止めてイネスを見つめる。薄い茶色の髪にアイスブルーの瞳は寝付けていないのだろうか少々隈ができていた。

 その執務机のすぐ隣にはシャーリーがいつ着替えたのだろうか、真っ赤なパンツスーツ姿で腰にサーベルを差した状態で立っていた。その姿を見て思わず顔が赤くなってしまうイネス。

 部屋に入ったイネスは執務机の正面に少々距離を置いて立ち、跪くと、じっとその机に座る人とシャーリーを見つめる。

「済まないがそうされるのは余り好きではないのでな、立って貰えると助かる」

 そう男性が言えば、イネスは立ち上がって直立不動の体勢になった。

「イネス、まずは長旅で疲れただろう。けれどいきなりで悪いが本題にいかせて貰いたい」

 シャーリーがそう言えば執務机の男性は、

「お前が見つけてきた神殺しとは彼か?」

「うん、そうだよ」

 そう親しげに話すシャーリーを見て、黙ったままでいるのは良くないと思ったのか、イネスは頭を下げ、

「イネス・デマントイドと申します、国王陛下」

 その人はイネスを興味深げにじっと見つめる。すると隣に居るシャーリーが、

「ほら、兄さん挨拶しないと」

「ああ、申し訳ない。私はバンデンブラン・クリード・レビ・クロシドライト。デマントイド殿、好きに呼んでくれて構わない」

 そう名乗ったバンデンブランはイネスをじっと見つめ続ける。

「どこで見つけたと言っていたか?」

「ザイベリーだよ、あそこは『神』信仰があるからね、罪人扱いだったところを引き取った」

 そう言うシャーリーに頷きながら、イネスは、

「本当に死刑直前に助けていただきました、感謝しかありません」

 それを聞くとバンデンブランはなにやら書類作業を再開した。

「それで、約束の時はいつだ?」

「十六月十五日」

「今が十五月十四日だから約一ヶ月後か」

 そう話が進んでいくのを聞きながらイネスは首を傾げ、

「あの、何の話です?」

「……まだ話していないのか?」

 シャーリーを仰ぎ見るバンデンブランに、シャーリーは、

「ここでまとめてと思って」

 とふふふと笑いながら言うのだった。それにはぁーとため息を吐くバンデンブラン。そして説明するように口を開いた。

「とある『神』、名をパラテルルという『神』がこのシャーリーをいたく気に入ったらしく、十九歳の誕生日に嫁として娶ると言ってきた」

「個人的には大反対だ、誰が好きでもない男のところに嫁ぐものか。それに、恨みもある……」

 そう言うシャーリーの目元は厳しく、何かを思い出しているようでもあった。シャーリーは続けるように、

「同盟国のタルウィッツに婚約者が居てそこに嫁ぐ予定だったけれど、今のタルウィッツの現状は知っているね」

 クロシドライトと同盟関係にあるタルウィッツ国は、王侯貴族の殆どがとある『神』の攻撃を受けほぼ死滅。城下の街々は混乱を極め、新しい指導者を探すべく奮闘しているが、私欲にまみれた商人達ばかりが幅を利かせ、まるで国として機能していなかったと、旅の道中で聞いた話をイネスは思い出していた。

 イネスはそれに頷きながら、

「つまり、婚約者を殺された恨みもある……と?」

「それだけじゃないが、まぁ、そういう事。だから殺したい、殺したい程憎い。けれど私には出来る事には限度がある。だからイネス、貴方の力を借りたい」

 『神』を殺したいと言っていた理由が分かり、イネスはまた頷いた。

「死刑の身を助けていただいたのです、その御恩に報いることができるのならやれることはやります」

 更にもう一度頷いてみせると、シャーリーも頷いた。

「デマントイド殿に国の外の話や旅の道中等聞きたいところだが今は忙しい。後で話を聞かせてくれないか?」

「はい、喜んで」

 イネスがそう頷くと、バンデンブランは、

「今話しておきたいことはそれだけだ、期日は十六月十五日。忘れないでくれたまえ」

 それだけ話し終えるとバンデンブランは「公務がある」と言って、イネスはシャーリー共々執務室を出た。

「……そういう理由ですか」

「……できそうか?」

「前に言った通りです、相手の力量次第ですね」

「まぁ、やれるだけの事をやろう」

「…………そうですね」

 そうだとばかりに思い出した様に、シャーリーが

「そういえば、兄さんにはキチッとした言葉を使っていたな」

「国王陛下に失礼な態度は取れませんから、シャーリー様もその方がいいなら変えますが?」

「いや、楽でいい。そのままの方が私は楽だよ」

そうしてオレンジ色のマフラー姿のイネスと、赤いパンツスーツのシャーリーが歩いていると、シャーリーが思いついた様に、

「そうだ、一緒に茶でもどうだ?疲れていなければだが」

「お茶……ですか」

「ああ、甘い物も沢山用意しよう。どうだ?」

 イネスは少々頬を赤らめながら小さくぎこちなく微笑んで、

「それじゃお言葉に甘えましょうか」

「そうこなくては」

 シャーリーはそう言うと、自分の後ろを歩いていた女性使用人に、

「という訳だ、いつもの部屋で用意を頼む。三人分な」

 それに「かしこまりました」と礼をする女性使用人はそそくさとその場を離れた。

「いつもの部屋?」

「まぁ付いて来れば分かるさ」

 と言うシャーリーの後を付いて迷路のような城内を進んでいくと、シャーリーはある部屋の扉を開けた。

 そこは壁や天井が一面ガラス張りの小さな部屋だった。植物の植木鉢が並べられたそこは小さな花や背の高い観葉植物が生き生きとしていた。天井を見ればいつの間にか止んだらしい雪が軽く積り、けれど不思議なことに室内は温かい空気が満ちていた。部屋の真ん中に置かれたテーブルに三人分の椅子が置かれていて、憩いの場所だというのが見て取れた。

 マフラー姿のイネスには少々暑いかもしれない。

「……温室?」

「よく知っているな」

「以前の依頼主に温室を持つ富豪が居まして」

「なるほどな」

「この室温どうやって保ってるんです?」

 イネスの当然の質問にシャーリーは、

「それは秘密」

 シャーリーはそう笑みを浮かべると、

「ちょいともう一人呼んでくるから席に着いて待っていてくれ」

 そう言ってシャーリーはその部屋を出ていった。シャーリーはそう言って部屋を出ていくと、残されたイネスは言われた通り4つある内の一つの椅子に腰掛けた。

 すると先程の女性使用人を含む数名がやって来て、テーブル―の上に茶の用意をしていく。温かい茶の入ったティーポットに高級そうな揃いのカップが三つ、三段重ねになっている菓子の置かれた皿が二つ用意されると、女性使用人達は礼をして下がって行った。それにイネスも軽く頭を下げると、シャーリーがやって来るのを待つ。

「悪い悪い、遅くなった」

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