第二章~決断の時~
第48話 3大精霊 ~時の精霊ヴォルム~
やはり来たか。
驚くでない。我は時の精霊ヴォルム。そなたも知っておろう。
心配無用だ、危害は加えぬ。さぁ、そこに掛けるがよい。
さて。
諸般の事情があるとは言え、語り部が黙して語らぬままでは、そなたも気がかりであろう?
そなたさえ構わぬのであれば、語り部に代わり我が伝える事もやぶさかではない。ここまで巻き込んでしまったそなたには、知る権利もあろう。
どうであろうか。語り部の戻りを待つか、語り部が戻る間に我の語りを聞くか。
なに?
その前に、我の事が知りたい、と?
レーヌやヒスイから聞いてはおったが、なかなか愉快な人間であるな、そなたも。
承知した。
ではまず、我の事を話すとしよう。
もっとも、ごく一部に限るが、な。
※※※※※※※※※※
ヒスイより聞いておろう。ヒスイの前の我の主は、レーヌだ。
我は時の精霊。3大精霊のうちの1体。
3大精霊とは、ひとつの世界に1体ずつのみ存在する光・闇・時の精霊を指す。
この世界の3大精霊は、光の精霊ラヴァン、闇の精霊ダヴィード、そして我、時の精霊ヴォルム。
そして3大精霊は、神々の導き手であるバースと呼ばれる存在の化身でもある。
この世の命運は、各国守護神をはじめとする神々の手に委ねられてはいるが、その神々に唯一異を唱えられる存在が、バースだ。だが、バースの正体を知る神はいない。何故なら、知れば神々の中で我ら3大精霊をめぐる争いが起こるのは必定。神と言えど、邪念に侵される者は後を絶たぬ。古来より神々の争いが逸話となって語り継がれているのが、何よりの証拠と言えよう。
……レーヌを守護神の座より追い落したのも、邪念に侵された神たちだ。
3大精霊は、主を持たぬ精霊。
プライドの高さも主を持たぬ要因のひとつではあるが、力が強大過ぎるがゆえに、主を持つことを否としてきた。
精霊は、主を持たねばその能力は己の判断で自在に操る事ができる。だが、主を持った瞬間より、主の命以外には使う事は叶わなくなる。
主を持つ事のメリットを上げるのならば、己の判断で操るよりも、主との絆の強さに応じて能力が増幅できる、と言ったところだろうか。故に、3大精霊以外の精霊は主を持つのだ。
我ら3大精霊は、既に増幅不要なほどの強大な能力を持っている。主を持つ必要は無い。むしろ、主を持つことによりこの力を悪用される事のデメリットがあるばかり。
故に、我ら3大精霊は主を持たずにいたのだ。それぞれの力を守るために。
レーヌと契約を交わす前に、我は光の精霊ラヴァン、闇の精霊ダヴィードにも伝えておった。
「前例ないし。やめときな?」
「くだらん。自ら縛られるとは。そんな趣味でもあったのか?」
光の精霊ラヴァン、闇の精霊ダヴィードは、やはりどちらも良い顔はしなかった。だが、我はレーヌとの契約を交わした。若き守護神、レーヌとの契約を。
年若く、経験不足や力不足は否めなかったが、それでも溢れんばかりの愛情を注ぎ、守護する国を必死に守ろうと努力を重ねるレーヌの姿に心を動かされたからだ。
古株の神々の相手をするのは、我ら3大精霊でさえ難儀なことだ。レーヌが彼らと対等に渡り合えるとはとても思えぬ。時に剣となり、時に盾となり、レーヌの力になってやりたい。いつしかそのような想いが我の中に芽生えていた。
契約当初、我が望んでいたのは純粋なるレーヌの成長のみだった。何しろレーヌは、黙って見ては居られぬほど、あまりに未熟な女神であったからな。だが、レーヌは我が思っていた以上に興味深い神であった。
我を時の精霊と聞けば、大抵の神は上辺だけでも恐れを成すものだ。だがレーヌは全く物怖じなどせず、我に食って掛かる事もあった。そして何より驚いたのは、突拍子もない行動力。若々しく瑞々しい感性ならではのものだ。古株の神々には到底考えも及ばぬものだろう。
そのようなレーヌと接しているうちに、我の心も次第に変化していったのだ。
願わくば、いついかなる時もレーヌの隣に寄り添い立つ存在でありたい、と。
いつの間にか、我はレーヌを愛おしく想っておった。
レーヌの成長には目を見張るものがあった。
彼女の守護するギャグ王国、ロマンス王国は、他の国には到底及ばぬほどの温かさと優しさに包まれていた。それもそのはず、このふたつの国は、レーヌの愛情を一身に受けてきたのだから。他の神からの邪な力が入らなかった訳ではない。だが、事前に察知したレーヌからの依頼を受けた我が、尽く跳ね返してきたのだ、時の力を用いて。
レーヌの守護する王国は、我にとってもこの上なく居心地の良いものだった。だが、我は気づくべきであった。
そのような居心地の良い場所を狙う者が、いつか必ず現れるということに。
「レーヌよ、何を考えておるのだ?」
各国守護神の集まる場には、我も同席しておった。だが、この日は何故か我の同席は許されず、レーヌの命に従い、レーヌが戻るまでの間我は時の部屋に控えていた。時の部屋とは、我だけの時間が流れる場所のこと。この場所は他のどの場所の時間にも影響はされぬ。代わりに、この場所からは他のどの場所も見る事は叶わぬ。よって、我はレーヌがこの日各国守護神に何を言われたのか、知る術が無かったのだ。
……プライドなど捨て、光の精霊ラヴァンや闇の精霊ダヴィードに教えを乞えば知る事は可能ではあったのだが。
「いえ……何も。少し疲れただけです」
レーヌは弱々しい笑みを我に向けた。
本当に疲れているだけなのではない、ということはもちろん我にも察しは付いたが、本人が望まぬ事を無理に口にさせる訳にもいかぬ。
「そうか。では、ゆっくりと休むがよい」
「はい。しばらくひとりになりたいので、私が呼ぶまであなたは時の部屋に控えていてくださるかしら?」
「承知した」
主の命に従うのは、契約した精霊の責務。
我は、レーヌの命に従い、再び時の部屋で控えていた。
そして、レーヌの呼びかけに応じて戻った時には……既に、レーヌは己の力を王国の民に分け与えた後だったのだ。
神の力を人に分け与えるなど、決してあってはならぬ事。
「レーヌ、そなた何を!」
「守りたいのです」
我を見たあの時のレーヌの真っ直ぐな強い眼差しは、今でも我の胸に焼き付いておる。
「私は私の愛する国を、命に代えても守りたい」
我は守る事ができなかったのだ、レーヌを。
若き守護神を。
否。
今考えれば、我の軽率な思いつきで交わした契約こそが、レーヌを窮地に追い込んだのであろうな……
その後のレーヌや王国については、そなたが既に聞いておるとおりだ。
国を想うレーヌの想いは今も変わらぬ。
そして、我の想いも。
我はずっと探していたのだよ。我の望みを叶え得る存在の出現を。
そして、ようやく見つけたのだ。
それが、前主の、ヒスイだ。
※※※※※※※※※※
疲れてはおらぬか?
そうか、ならばよい。
レーヌもヒスイも語り部の責を放置するとは、語り部を名乗る資格など……
なに?
ヒスイは現主ではないか、と?
あぁ、そうであったな。そなたにはまだ話してはおらぬが、我の現主はヒスイではない。
今日は時も随分と過ぎた、そなたもそろそろ帰る頃合いであろう?
この話は、そなたが望むのであれば、またの機会に話すとしよう。
では、な。
気を付けて帰るのだぞ。
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