第5話

 足元からざくざくという音が心地よく響く。しばらくのあいだ、僕たちは徒路と回顧に気を取られ、一言も交わさなかった。

 この季節の山は好きだ。秋の山とも冬の山ともつかない、おぼろげな境界にある山。紅葉は幕を下ろし、生物たちは一斉に身をひそめる。今年の営業は終了しました。また来春にお会いしましょう。そんなメッセージが肌にひしひしと伝わってくる。かといって荒涼で退屈なわけでもない。運がよければ、生殖競争から脱落してしまった虫たちの哀愁漂うアンサンブルを聴くことができる。

 ハルは優しい人だった。おっとりな性格で、頭の回りがみんなよりワンテンポ遅かった。誰の恨みも買うことはない一方、誰からもうっすらとした不快感を抱かれていた。もちろんハルはそんなことを気にしてなどいなかった。気にしていないというよりも、気づいてすらいなかったかもしれない。ハルは誰にも臆さず話しかけ、誰にも親切にふるまった。二人組になった相手が見せる一瞬の表情から言外の意味を読み取ることも、学級にはびこるカーストに思い悩むこともなかった。みんなは自分にとても優しくしてくれる。自分がみんなにとても優しくしているのと同じように。だから、彼女の言葉にも当然のようにしたがった。だから……

 「ここ」

 突然の声にはっと我に返る。彼女は分かれ道の前に立ち止まっていた。一目瞭然。どこまでもわかりやすい二股道だ。枯れ葉で塗装された地面を、常緑の草や低木が映画館の非常灯のように足元をガイドしてくれる。地面に刺さった巨大なつまようじのように禿げた木もあれば、かろうじて一握りの黄色と緑色を抱きかかえている木もある。持つ者と持たざる者の差はいったいなんだろうか。

 彼女の言いたいことはわかる。ここが文字通り運命の分かれ道だったということだ。しかしそれは僕が覚えている景色とはずいぶん異なっていた。年月を隔て季節が違えばこれほど見た目が変わってもおかしくはない。それでも……。僕は返事をしなかった。なんて返事をしていいのかわからなかった。ここじゃないんじゃない? なんて言うわけがない。そもそもどの分かれ道だったかなんてどうでもいいことなのだ。戻った人たちがいて、もう戻らない人がいるという、人智では決して越えられない区別そのものが問題なのだ。

 彼女も返事を期待していないようだった。一つ深呼吸をすると、踵を返してまた歩き出した。僕は後を追った。手足は自分の身体の一部とは思えないくらい冷たいのに、背中は汗でじっとりと濡れて気持ちが悪かった。それでも僕は必死に歩き続けた。まるで、このまま立ち止まると僕も黄泉に連れていかれてしまうかのように。

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