56 勇気を出して
コンビニで一条くんに助けてもらった週の日曜日。今日の午前中、彼は半額クーポンを使いにヤマシタ・ベーカリーに来た。彼が店に来てくれて、早速クーポンを使ってくれた事が嬉しかった。
そんな事はさておき、私――倉科和花は明日、一条くんに「好きです」と告白しようと思っている。私は有言実行も無言実行もしない女なので、本当にするの? と思われるかもしれない。でも、大丈夫。ルーズリーフに沢山言葉、メモったから! 愛が重いって? そんな事無いよ。
私は今からルーズリーフに書いた告白のセリフを一つずつ言っていった。どの言葉がしっくりくるか。どの言葉なら、彼はOKしてくれるのか。それを一つ一つ模索して、日付が変わるまで告白の練習は続いた。
「好きです、付き合って下さい」
ダメダメ。普通過ぎる。
「ずっと前から貴方のことが好きだったの」
ずっと前? いつの事? 愛が重すぎるかな。却下。
「あの……貴方が好きです。結婚を前提にお付き合いさせて下さい!」
キャー!
一人、部屋で絶叫して終わるだけだった。自分には言えない、こんな大胆な言葉、言う勇気が無い。
「私、一条くんのことが好きなの」
この言葉が一番しっくりきた。告白というものはストレートの方がいい。付き合ってほしい、は彼の口から言ってもらうのを待つ事にした。
その後の言葉は彼の告白の返事次第だ。振られたパターンとOKされたパターンの言葉を色々とメモしていたが、あまり意味は無いと思う。
私は枕に顔を埋めて、ベッドで足をバタバタさせていた。
「えぇーどうしよう、ヤバいヤバい。私には告白なんて無理だよぅ……」
その姿はまさに、恋する乙女のそれだった。
時計を見ると日付が変わった0:00過ぎだった。
「あー、ヤバい。寝ないと」
ベッドに潜り、寝ようと試みた。が、日付が変わった事により、今日告白するんだ、と気づくと寝るのに時間がかかった。
翌朝。
私は落ち着かなかった。寝不足のせいもあるが、ずっとそわそわしていて、妹や母に心配される。
「お姉ちゃん、大丈夫? 顔赤いけど」
「そうよ。もしや、告白するとか? 違ったらごめんね」
「ふえっ!」
その正解と判断できるには充分な反応に舞花と母は顔を見合わせる。
ケチャップでハートを描いたオムレツを食べ、玄関を出た。
告白、上手くいくといいなぁ。私が自分から告白するのはこれが初めてだった。告白された事は100回以上ある。でも、そのどれも振っていた。だからバチが当たるんじゃないかと不安だった。
一条くんは私が初めて告白する相手。初めての相手。きっと喜ぶだろうなぁ。付き合ったら学園中に知れ渡る事になる。そう考えると恥ずかしかった。
「いってらっしゃい、お姉ちゃん。頑張ってね!」
「うん、頑張る!」
やけに素直な私に家族は驚いた。だって、告白するんだから、素直にならないと良くないもん。
学校に着いた。
一条くんは私よりも早く来ていて、いつものように瑞季ちゃんとお喋りしていた。
「おはよう」
でも、私に気づくと挨拶をしてくれる。
「おはよよっう、一条くっん。瑞季ちゃゃん」
「おはよう、倉科ちゃん。なんか顔赤いね。呂律回ってないけど、保健室行ったら?」
保健室を勧められた。大丈夫だから! と彼女に言い、私は席に着いて頬杖をついた。ぽやーん、と教室内を見回すが、動悸は治まってくれない。
ラブレターを机の中に入れる案も考えたが、やっぱり自分の気持ちは直接伝えた方がいいだろう、ともっと勇気がいる方を選択した。
そんな落ち着きの無い私を冷静にさせてくれる存在が現れた。
「倉科先輩、倉科先輩、倉科先輩っ!!」
突如、教室のドアが開き、まだあどけない顔立ちの青年が姿を見せた。そう、彼こそが倉科さん大好き人間――井上來雨だ。井上くんは私の机の前に来ると両手のひらを机にバン! と叩いた。
「あら、何の用? 私は貴方に用などこれっぽっちも無いんだけど」
私は井上くんにだけは態度が冷たい。少し自覚しているけど、これも暑苦しい彼が悪いんだと、結論づけた。
「あのっ、夏休み、倉科先輩の家でパーティーして海や花火で遊んだんですよね!? 何で俺を誘ってくれなかったんですか!」
いや、パーティーはしてないけど。
「忘れてた」
単純に頭の中から抜け落ちていた。別に誘っても変わらないし、それに井上くんとは仲が良いわけでもない。今思えば、井上くんがいた方が明るくなったのかもしれない。だけど、人数多かったし、容量オーバーな部分もある。
「忘れてたって酷くないですか!?」
「……」
何で彼に伝わってしまったのだろう、と嘆く。
「無視しないで下さいよー」
「何で知ってるの?」
「りりか先輩とゆり先輩に聞きました!」
心の中でりりかとゆりを呪い、彼女らを睨んだ。
聞かれた事は答えてしまうのだろう。二人は優しいし。
「そう。……でも、ありがとう」
「へ?」
突如、言われた「ありがとう」の言葉に彼は物凄く驚いていた。それもそうだろう。井上くんは何もしてないのに。でも、井上くんは「今日、死んでもいい! 今日俺、死ぬんじゃね?」と喜びを露にして、走っていった。
私は冷静にしてくれた事に対してだけ、彼に感謝を述べたのだ。
それでも、その冷静さは長くはもたなかった。
昼休み、一条くんに告白する。
その時は刻一刻と迫っていた。今は四時間目で授業になんて、集中出来る筈がない。授業中は俯せになって耐えた。そして、授業は終わってしまった。
キーンコーンカーンコーン。
一条くんが購買のパンを買いに行く前に彼の腕を掴んだ。
「何? 倉科さん」
何でもっと前に言わなかったんだ、と後悔する。こんなギリギリに呼び止めて。
「あのっ、大事な話があるから、これから屋上に来てくれない、かな? パン買ってからでいいから。一緒に食べようよ」
言えた! でも本当は一緒に食べる為じゃない。それはただの口実だ。
コンビニで好きな気持ちを再確認出来た。だから、私は今日、彼に告白するんだ。
理玖は少し鈍感な所があるから、(大事な話って何だろう……)と怪訝そうに首を傾げていた。
「いいけど」
そう言って、彼は遅れて屋上へと向かった。
***
倉科さんは屋上で呼吸を乱れさせ、心臓をどくんどくんと暴れさせて、待っていた。もう限界だ。顔は真っ赤で手足も震える。歩き回っても落ち着かない。
告白も緊張するけど、何より、告白の返事が不安だった。
理玖には好きな人がいる、と言っていた。それが、私なのか、そうじゃないのか。それは、告白してみないと分からない。
フェンスに背を預け、風に吹かれながら、指を組んでいると、屋上の扉が開いた。出てきたのは理玖だった。理玖は告白される覚悟を持ってやって来た。
「遅れてごめん。大事な話って何?」
倉科さんは弁当箱を地面に置いていた。理玖はパンを手に持ったまま、じっと彼女を見つめる。
倉科さんは「ちょっと待って」と言って、深呼吸をしてからその言葉を口にした。
「私……その……一条くんのことが好きっ……好きなの」
言えた。言っちゃった。
告白の練習の時みたいにスムーズに言えず、噛んじゃったけど、それでもちゃんと想いを告げられた。彼の耳にも届いている事だろう。
十秒ほどの長い沈黙が流れる。
この沈黙が嫌だった。
お互いの心臓がバクバクと脈打つ。
(俺は怖かった。振るのが。彼女の想いに応えてあげられないのが。いつかこの時が来るって分かってた。分かってたから、なるべく彼女を傷つけないように必死だった。振ってる時点で、傷つける事に変わりないのに。距離の取り方を間違ってた。瑞季にあれほど言われたのに。俺は恋愛に不器用だから)
「ごめん。倉科さんとは付き合えない。俺、好きな人いるから」
(倉科さんには好きになって欲しくなかった。こんな残念で鈍感でみっともない俺なんて)
「えっ」
倉科さんはハッと目を瞠った。
瞬間、彼女の瞳から一線の雫が頬を伝う。
(やっぱり好きな人、いたんだ。でもそれは私じゃない。この事が知れてハッキリして嬉しいはずなのに、涙が止まらない。好きにさせないように、優しくしないで欲しかった。失恋がこんなにも悲しくて、つらくて、苦しい事だって身をもって知った。それは想像以上だった)
例え振ったとしても、倉科さんとは変わらぬ関係でいたい。そんなの、無理な話なのに理玖は願ってしまった。
それから彼女は激しい剣幕を見せた。
「私と距離近かったし、今まで沢山仲良くしてくれたじゃない。ずっと私のそばに居てくれた。なのに、私よりその子のことが好きなのっ?」
「ああ。今もそうだ。高校一年の頃から好きで片想いし続けている」
理玖は正直に言った。
「あまり踏み込むのも良くないけど、告白したの? 告白するつもりなの? その子とは付き合える間柄なの?」
「告白はしてないし、倉科さんには申し訳ないけど、付き合えるかは分からない。告白はまあ、いつか、な」
「いつかって……」
その不確定要素に倉科さんは渋い顔をし、胸の内に何とも言えない不信感とモヤモヤが渦巻く。そんな恋に夢中になってるなんて……。でも、理玖の気持ちを貶してはいけない。
「それと、俺が好きな子と倉科さん、どこか似てるんだ」
雰囲気とか匂いとかが似てて、そういうのもあって、学園のマドンナである倉科さんにお近づきになりたくて、調子乗ってた。叶わない恋より、すぐそこにある幸せを手にしたいと思ってしまった。最低だ。
(一条くんの好きな人と私が似てる……?)
倉科さんは理玖のその一言で心の中にあったモヤモヤが吹っ飛び、疑問だけが残った。
(この近くに私と似てる人、居たっけ?)
考えを張り巡らせるが、答えは出てこない。似てるという事は理玖の好きなタイプに倉科さんも入るという事だ。
「そうなんだ。だけど、仲良くしてくれて嬉しかった」
それは理玖も同じだった。倉科さんと紡いだ思い出は一生忘れない。
「でもフラれても私の気持ちは変わらないから」
「一条くんのことが好き、それだけは変わらない」
「だって、一条くんは私の初恋の人だから」
倉科さんは続けざまに告げた。こんなに一途な思い、他にあるだろうか。でも、理玖は彼女が次の恋に進んでくれないのが嫌だった。
理玖は生唾を飲み込む。自分が初恋の人っていう事実に驚きが隠せない。やっぱり学校一の美少女ってモテるけど、全然恋愛出来てないんだな、と改めて感じる。初恋って実らないっていうけど、振ってしまった事、叶えてやれなかった事に罪悪感と後悔が押し寄せる。
「そうだったんだ。勇気出して告白してくれて、ありがとう。じゃあ、またな」
理玖は別れを告げる。
もう昼休みはとっくに終わっている。教室に戻るのが、気まずくて億劫だった。
「さようなら」
いつもの彼女なら、バイバイとかじゃあねって挨拶するのに「さようなら」なのが気になった。もう二度と関わりを持てないような気がして。
結局、一緒に弁当は食べられなかった。
理玖も泣いていた。パンを握りしめたまま。
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