55 コンビニ


 夏休みが終わった。

 長かったようで、短かった夏休み。だけど、今までで一番最高な夏休みとなった。彼女達のお陰で。

 それが終わってしまった事に実感が湧かないし、ずっと夏休みが終わらなければいいのに、と思ってしまう。

 受験勉強もはかどり、季節は秋になった。もう二学期は始まっていて、二学期が始まってから二週間ほどの月日が流れた。


 紅葉はまだ見頃では無いが、夜は肌寒い。数週間前の熱帯夜が嘘みたいだ。


 そんな少し寒い夜、妹にコンビニへ買い出しを頼まれた。勉強で忙しいのに、そんな事頼むなよ。でも、勉強で忙しいのは妹も一緒か。そう一人で自己完結し、コンビニへと向かう。


 妹に頼まれたのは季節限定のコンビニスイーツ、モンブラン。もうモンブラン出たのか、と思うが、季節関係無くどこにでも売ってそうなイメージがあった。何しろ、「このモンブラン買って来ないと殴るから」と言われて家を出された。売り切れとか許さないらしい。妹の殺意怖い。(俺、何か悪いことしたっけ?)と理玖は頭を悩ませた。


 そうして辿り着いたコンビニ。

 夜のコンビニというのはコンビニ強盗が来そうなイメージで少し怖い。今の時刻は19:00過ぎだ。店内には何人か人がいた。車も何台か止まっている。


 店に入り、スイーツコーナーへ移動する。そこには季節限定のスイーツやTheコンビニといったスイーツ、それからアイス等が売っていた。美味しそうでよだれが出そうになるのを我慢する。妹に頼まれたモンブランも勿論あった。けれど、残り一個。危なかったー殴られる所だった。


 モンブランと自分用にスポーツドリンクを持って、理玖はレジへ向かう。


 理玖は自分の前に並んでる女の子に目がいった。長い黒髪に横から少し見える丸い眼鏡。それにキャラクター物の色褪せたTシャツ。そして、動きやすそうな短いズボン。靴はクロックスを履いていた。お世辞にも美少女とは言えない。だけど、何となく知り合いのような気がした。


 その女の子にレジの順番が回ってきた。


「538円でーす」


「ご、ごひゃく……ううっ、300円しか無いよー。あと250円……。どうしよう」


「お金ありませんか? それなら、どれか一つ、返してもらえれば」


「ど、どうしよう、どうしよう。あわわ」


 その女の子は若干パニックになっているようだった。でも、この声、どこかで聞いた事、ある気がする……。ここで滞っていると列が詰まって行列になりそうだし、自分の番は一向に回って来ないし、それに見ていられなかった。だから、理玖は助けに行った。お金には余裕がある。


「これで足りますか?」


 そして理玖は238円ピッタリ出した。じゃらじゃらというお金が落ちる音がする。その女の子は300円の他に50円持っているらしいが、そこはおまけだ。お釣りが出ない方が良いだろう。

 理玖はそのまま自分の会計もした。


 そして、振り返ると――


「あ、ありがとうございますっ」


 そこにはパン屋の店員の倉科さんがいた。

 容姿はあの店員さんの倉科さんのままだ。今日はラフな格好な気がする。前髪は目元を覆うように長く、丸い眼鏡もバイト中掛けているのと同じ物。

 それが学校一の美少女の倉科さんだとは理玖は当然気づくはずもない。


「どういたしまして。でも、俺は大したことは何も……」


 すると、倉科さんはふるふると首を振った。彼女にとってはとても嬉しかった。


「よ、良かったら外で一緒にカフェオレ飲みませんか?」


(わ、私、言っちゃったよ。突然、誘われたら迷惑だと思われないかな……?)


「いいですよ」


 理玖は快く了承する。

 そういう優しさに倉科さんは心惹かれるんだ。


 ***


 そして、コンビニの外。

 虫がちらほら電柱に群がり、空は黒い。道路沿いなので、車の行き交えが激しい。


「……」


「……」


 最初は無言だった。

 理玖がスポーツドリンクを飲む音、そして、私が缶コーヒーのカフェオレを啜る音しか聞こえて来ない。

 辺りが寒いのか、白い吐息さえ見える。


 口火を切ったのは私だった。


「何で一条さんはそんなに優しいんですか?」


 理玖はハッと驚いた。人に優しいと言われた事はあっても、理由までは聞かれた事が無かったからだ。何で? と聞かれても分からない。でも、一つ信念みたいなものがあった。だから、それを口にした。


「別に俺は優しくなんてないですよ。さっきのは君が困っていたから、手を差し伸べただけ。昔から困ってたり、悩んでたりする人を放っておけないんです。それは俺の信念みたいなもので、それ故に優しいって思われるのかもしれません」


 一条くん……だから、あの時も……。あの時というのは文化祭でネックレスが壊れちゃった時のこと。その下りもあって私は一条くんのことが好きになったんだ。

 優しくないっていうけど、それを世間一般では優しいっていうんだよ。


「そうなんですね」


「はい」


「さっきのお金は後日、絶対返しますね!」


「いえ。それは毎日美味しいパンを食べさせてくれるお返しのようなものだから」


 私はその優しさで心が温まった。もう彼の何もかもがいとおしくて。謙虚さが特に良かった。私はこの場にいる事すら恥ずかしくなって、俯く。


「そんなに優しくされたら――」


 好きになっちゃうじゃないですか。そう言いかけて、躊躇った。まだその言葉は言うべき時じゃない。

 好きって言ったら驚かれる。きっと、変な目で見られる。客と店員というだけの関係なのに。本当はクラスメイトだけど。いつか告白するつもりでも、学校での私でないと。

 でも、優しい彼が好きだった。気を抜いた瞬間にポロっと好きって言いそうになるくらいに。


「何か、言いましたか? 優しくされたら……?」


「な、何でも無いですっ。忘れて下さいっ」


 それから暫くは赤くなった頬は肌色に戻らなかった。


 今度は理玖の方から話題を振った。


「好きな物って何ですか?」


 す、好きな物……何だろう、物だったら何でもいいのかな?


 少しして私は答えを出した。


「猫とパンケーキです」


 バレちゃうかな……

 言ってから気づいた。学校での倉科和花と好きな物が似ている事に。同一人物だから仕方ない。けど、理玖はいつもの私を知っている。だから、気づかれてもおかしくない。


「女の子らしいですね」


 女の子らしい、つまり一人の女の子として見ている。そう考えると顔が一気に赤くなり、湯気が出そうなほど、熱くなる。


「そ、そうですか……」


「それに俺の友達と何か似ています。そう考えてみると面白いですね」


 それ、私です。

 似ていて当然です。でも、まだ友達なんだ……それはそうだよね。友達だと思ってくれてるだけで嬉しいのに、友達以上を求めてしまう自分がいた。足掻あがきたいのに足掻けない。


 夜は更に深くなっていき、気温はもっと下がってきた。時計を見れば20:00を過ぎている。もう30分以上はここで喋っていた。

 すぐに話題は切り替わる。


「ヤマシタ・ベーカリーで働いてる理由、聞いてもいいですか?」


 私は迷わず答えた。答えは一つしか無かった。


「そ、それは……私の居場所だから」


 私には居場所が無かった。家にも学校にも塾にも。友達も居なくて、今は解消されているけど、家族とも不仲だった。地味で人と関わるのが苦手で、勉強も運動も出来なくて。そんな自分を変えたかった。だから、必死に努力した。そして、変わった。変わったけど、バイト先での地味な格好は昔の名残だ。

 家のルールでバイトは禁止だったけど、反論して全力で自分の意見を押し通した。家族に反論するのはこの件が初めてだった。喧嘩しちゃったけど、何とかバイトを許可してくれた。

 ヤマシタ・ベーカリーの人たち、それからお客さんは本当に温かくて親切な人たちだった。ありのままの自分を認めてくれる。頑張った自分を褒めてくれる。そんな人たちに囲まれて自尊心や自己肯定感が芽生え、それから私も人に優しくしようと思えるようになった。

 パンが元々好きだったというのもあるけど、やっぱりこうして働けてるのはそこが私の居場所だからだ。


「居場所か……居場所があるって大事ですよね。俺にとってもヤマシタ・ベーカリーは居場所の一つです。一緒ですね。あの場所、落ち着きますもんね」


 一緒と言われて嬉しかった。同じ居場所を持てた事がとても嬉しかった。

 そんな思いを胸に口元が緩み、ウキウキしていると、理玖に心配された。


「さ、そろそろ遅いですし、帰りましょうか」


 理玖が先を歩く。それに続き、私もついていく。

 家からは遠かった。だけど、彼に送ってもらうのは申し訳ない。


 別れ際、私はこんな事を告げた。


「あ、あのっ、今日助けてくれたお礼として、パンの半額クーポンをどうぞっ。無料クーポン持ってなくてすみませんっ」


 私はポケットの中に二枚入っていた半額クーポンの一枚を取り出す。良かった、入ってて、と心から安堵する。これで悪い気持ちせず、帰れる。


「お礼は結構ですけど、……一応貰っておきます。ありがとうございます」


 そして、理玖は帰っていった。


(やっぱり、好き……)

 その後ろ姿を見えなくなるまで、私は見つめていた。


 ***


 日曜日、早速俺は半額クーポンを使った。クーポンが貰えて、めっちゃハッピーだった。半額クーポンのお陰でフランスパンが二本も買えた。お得過ぎる!


 あの倉科さんとコンビニで遭遇するなんて、びっくりした。しかも、彼女を助けられて本当に良かった。きっと好感度も上がっている事だろう。


 店を出る時、彼女から再度礼を言われた。


「この間は助けて頂いて、ありがとうございました! またのご来店をお待ちしていますっ!」


 倉科さんの笑顔が見れるなら、俺はいくらでもここに来るよ。



あ*と*が*き

最終回近いです。嬉しい事に全59話で完結保証です。

afterstoryは書かない事にしました。詳しい理由が知りたい方はお手数ですが、近況ノートまでお立ち寄り下さい。なので、本編完結後、完結とさせて頂きます。

あと、電撃大賞応募の為、改稿するのと文字数調整をしたいので、文化祭の話(21~31話まで)を非公開にします(※暫くは公開しておきます。非公開は来年)。

あと、これから(完結までの間)は水・金・日更新にしたいと思います。ストックがあるのに更新出来ないとウズウズしてしまうからです。待つのが苦手な性格なのです。

次の目標は本作と女子寮を完結させて、読み専になる事です。

それでは、最後までお楽しみ頂けると嬉しいです!


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