46 後輩と昼飯
入学式終わりの帰り道。瑞季は先に帰っちゃったので、今日は久しぶりに倉科さんと帰る。
春風が吹いた。もう高校最後の年なんだなー、としみじみ感じる。
何か話す話題ないかな、と考えていると後ろから誰かが来る音がした。
「あ、あの! 倉科先輩倉科先輩倉科先輩っ!」
「これが例の新入生のストーカー?」
「そうよ」
井上くんは俺の姿を認めると瞠目する。
「はっ、男!? 倉科先輩、彼氏作らないって言ってたのに」
倉科さんは慌てた様子を示す。見つかってしまった、と。
「あー、この子は同じクラスの仲の良い友達よ。彼氏じゃない」
「そうです、僕は彼女の友達の一条理玖です。彼女が人気者だって事も知ってます。特別な関係ではありません」と俺も弁明するが、誤解を生んでしまった。
「か、彼女っ!? 彼女って言った! 、今」
「あ、あああ、あああわわわ……」
「ごめん、倉科さん」
何か余計な事を言ってしまった気がする。
「後ろ姿も可愛いですね! では俺はこれで失礼します。また会いに来ます!!」
そう言うと井上くんは走り去っていった。
厄介な事になりそうだな。
翌朝。
倉科さんの下駄箱とロッカーには大量のラブレターが入っていた。崩れるようにして落ちてくる手紙。彼女は慣れているけど、当然困る。
「はぁ……どうしたらいいの?」
溜め息ばかり吐いていると幸せが逃げる、とか言うがこれについては仕方が無い。同じ人からの多分同じ内容の手紙。迷惑以外の何物でもない。
教室に着くと辺りは騒がしかった。
「一条と女神様、とうとうお付き合い始めたんだって」
「お似合いだよねー」
「手繋いで帰ってたんだとか」
「一条なら文句無いわ」
何故だか悪い陰口ではなく、肯定的な発言が多かった。一条くんのクラスでの好感度は高い。それは倉科さんにとっても嬉しかった。だが、そういう問題じゃない。間違った噂が広まるのは由々しき事態だ。
「一条くんとは付き合ってないから!」
「またまた~照れてる女神様も可愛いなー」
これも井上くんの仕業だ。昨日のあれは良くなかった。
瑞季も仲裁に入ろうとしない。
ただ無表情で窓を見つめているだけ。
俺と倉科さんは噂が収まるのを待ち、気にしない事にした。
「これ、どうしよう。大量に手紙貰ったんだけど」
「捨てるか本人に返すかしかないよな」
「捨てよう。でも見つかったらどうしよう」
「ビリビリに破いて捨てるの手伝うよ。『好き』、『付き合って』、『美しい』、『可愛い』しか書いてないし。ほぼ同じ内容」
そうして全通ビリビリに破いて捨てた。
トイレに行く為に教室を出て、廊下を歩いていると井上くんに呼び止められた。
「あの、一条先輩。俺、負けませんから。倉科先輩を全力で奪い取ります。昨日から貴方は俺の敵です」
「へ……? 何の事? 敵? そうですか、俺も負けません」
俺はいきなり敵と言われた事に驚き、ぽかんと口を開けた。だが、こうして話す機会を与えてくれたのはチャンスだと思った。
「あのー、今日一緒にお昼食べませんか? あと、倉科さんに大量の手紙送り付けたでしょ。あれ、迷惑です。倉科さんも困ってました」
「手紙はすみません。以後気をつけます」
謝ってはいるが、彼は一欠片も反省してない。
「一緒に食事? 一条先輩と二人きりなら嫌ですよ」
「倉科さんも来るよ。あともう一人友達も」
「じゃ、じゃあ俺も行きます。喜んで」
こうして今日の昼、話があると称して井上くんと一緒に昼飯を食べる事になった。
「井上くんと一度ちゃんと話するために一緒に中庭で昼飯食べようよ」
井上くんにも中庭集合と言ってある。
「いいよ」と倉科さん。
「瑞季も一緒に行こうよ。倉科さんと二人きりだとまた誤解されかねないから」
「いいわよ。ストーカーの撃退方法なら私に任せて」
ストーカーの撃退。インパクトあるな。
中庭に着いた。まだ彼は来ない。
相変わらず、丁寧に手の施された白いベンチは綺麗だ。春の日差しが暖かい。入学したてで新しい環境や生活に慣れるのが大変なはずなのに、何故倉科さんにあれほど構うのだろう。
「お待たせー」
井上くんが来た。
「って、もう一人のヒロイン!? 貴方誰ですか?」
「貴方に名乗る義理は無いわ」
「冷たっ」
「こいつは俺の幼馴染み、佐渡瑞季」
すごく瑞季に睨まれる。怖い。
「それで、このストーカーを撃退すればいいのよね」
「俺はストーカーなんかじゃ――」
「あんたみたいな存在を世間一般ではストーカーっていうの。井上くん井上くん井上くぅん~なんて言われたらキモいでしょ? 言ってて鳥肌立ったわ。だからそういう言動、やめなさい。見苦しいから」
瑞季は井上くんの発言を制止し、暴言を吐いた。
「瑞季ちゃん、言い過ぎ。私、井上くんのこと、好きよ」
「「えっ?」」
何を言っているか分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「その元気で前向きでパワフルな所、すごく好き。好きだけどね、しつこくて暑苦しい所は嫌い。同じ内容のラブレターを送ってくる所も。はっきり言って今の貴方は総合的に嫌い。だから少しでも好かれる言動をしなさい。じゃないと、やがて学園全員の人から嫌われちゃうわよ」
「は、はい……」
気づけば井上くんは泣いていた。ハンカチで涙を拭う。
その背中を倉科さんがさする。嫌われた事があまりにもショックだったのだろう。
「そうだ。倉科さんの言う通りだ。倉科さんが嫌がるような事はしないでやって欲しい」
だけど、彼はめげなかった。
「俺は倉科先輩と恋愛する為だけにこの学校に入学したんだ! 俺の恋路を邪魔するな! 倉科先輩は俺のものだ!」
「なんか妄想が酷いわね」
「ええ」
「こういうのヤンデレって言うんだっけ?」
「まだ病んではない」
井上くんの暑苦しい声を無視して、女子二人は小言を言う。
「何か言いましたか?」
「「何でも?」」
まだ井上くんは冷静じゃない。けれど、倉科さんは彼への説得を諦めたようだ。もう充分説得できただろう。
「話し合いで遅くなったし、そろそろ食べましょうか」
「そうだね」
彼が居ても、いつも通り「あーん」をしたりしてイチャイチャする。井上くんは俺と同じような黒い弁当箱で、倉科さんは女の子らしいピンクの弁当箱、瑞季は中性的な弁当箱だった。井上くんの弁当箱は俺の予想通りだった。しかも中身も日の丸弁当で俺の弁当と酷似していた。
「何か一条先輩とお弁当似てますね。嫌です」
これを機に仲良くしようと考えたが、相手にその気は無いらしい。
「あーん」
ポケーっとしていると、倉科さんがあーんしてきた。俺は大きく口を開けて、彼女からのあーんを受け取る。
「倉科さんもあーん」
彼女にあーんを返す。やっぱり倉科さんの口は小さくて可愛い。
それを見ていた井上くんが呆然としている。
「なっ、貴方達。今一体何をしました?」
「あーん、だけど」
「二人にとってこれは当たり前なのよ」
「当たり前っ!?」
井上くんは当然あたふたし出す。
「俺にもあーんして下さい、倉科先輩」
そう言うと思った。
「無理」
バッサリと切った倉科さん。
倉科さんは井上くんに対して少し冷たい所がある。
「こういうの、一条くんにしかしないし……」
何やら倉科さんがボソボソ言ってる。けど、何て言ってるかは分からない。
「もう分かったでしょう。私との関係を深めて出直して来て。貴方の彼女になるのは不可能だから」
「それなら倉科先輩の弟子にして下さい!」
「で、弟子っ? ……いいけど。でも教えられる事なんて何も無いわよ?」
「それでもいいんです。それじゃあ、失礼します。皆、ありがとう」
お弁当をさっと完食して、井上くんは去っていく。
こうして倉科さんの弟子が新たに誕生した。
「なんか暑苦しいけど、憎めないわね」
「存在感ありすぎて私たちの影の薄さが痛いほど分かるわ。あ、倉科ちゃんは影薄くないけど」
「あの子は俺の友達に入るの?」
「入らないでしょ」
グサッ。
瑞季の言葉が心臓を貫通する。しかも即答だった。
「そろそろ私たちも教室戻ろう」
丁度、昼休み終了のチャイムが鳴った。中庭を後にして、少し遅れて教室に戻る。不意に吹いた春風が心地よい。蝶は仲良く中庭の奥へと飛んでいった。
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